インタビュー

2026.10.14


グローバル時代の日本コンテンツをどう支えるか――中村伊知哉氏と考える「産学官連携」と次世代人材の育成
配信プラットフォームの普及により、日本のコンテンツが世界中で親しまれる一方、制作現場の人手不足やグローバル展開を担うビジネス人材の育成など、産業全体で解決すべき課題も顕在化しています。
本インタビューでは、iU学長やCiP協議会理事長として教育・産学官連携の最前線に立つ中村伊知哉氏をお迎えし、クリエイターが持てる力を最大限に発揮できる環境づくりや、次世代のビジネスプロデューサー育成に向けた具体的なアプローチについて、お話をうかがいました。

(以下、敬称略)

 
 
 

◆挫折から始まったプロデューサーへの道:官僚からMIT、iU起業での体験と産学連携の原点

 

VIPO専務理事・事務局長 市井三衛(以下、市井)  中村さん、本日はお忙しい中ありがとうございます。まずは、これまでのご経歴からおうかがいできますでしょうか。
 
中村伊知哉氏(以下、中村)  元々はミュージシャンになりたかったのですが、挫折しまして(笑)。そこから1年間勉強して郵政省(現・総務省)に入りました。当時は周りにすごいロックをやっている連中がいて、こいつらには敵わないなと思ったんです。それならば、彼らがフルスイングできるような場を作るプロデューサーや、ルールメイキングをする側に行こうと考え、郵政省を選びました。
郵政省では、郵便の仕事ではなく、主に通信や放送の担当に携わりました。通信衛星を使ってケーブルテレビを全国に広げるプロジェクトなど、当時からコンテンツ業界に近いところで仕事をしていました。
ただ、その後に省庁再編を担当することになり、橋本龍太郎政権のときに郵政省の存続についての話が浮上し、それに反対する活動をやっていました。
結果的に郵政省は総務省に統合されることになったのですが、反対運動をしていたことについて誰かが責任を取らなければならなくなって。「あれ、俺が取るの?」ということになって退官しました(笑)。
 
市井  辞められたのは中村さんだけだったのですか?
 
中村  結果としてはそうなりましたね。フリーの身になり、とある集まりに参加した時、当時セガの会長だった大川(功)さんが声をかけてくださいました。ちょうどセガがドリームキャストを立ち上げている最中で、大川さんがMIT(マサチューセッツ工科大学)に寄付をして「子どもとメディアの研究所」を作るという構想があったため、そのプロジェクトマネージャーとしてMIT Media Labに送り出されました。
 
市井  MITにはどのくらい行かれていたのですか?
 
中村  4年間です。MITでは客員教授という肩書きで、今では世界中で使われているプログラミング言語「Scratch(スクラッチ)」を開発したチームと一緒に仕事をしました。
そこで生まれた大きな成果のひとつが、「100ドルパソコン」の開発・普及プロジェクトです。アスキー創業者の西 和彦さんがリーダーとなって提案をし、「世界中の子どもたちに1人1台の安価なパソコンを提供して学習に活用してもらう」デジタル教育にかかわるもので、アメリカ発のプロジェクトとして教育運動へと発展しました。
しかし、まったく同じ構想を日本に持ち帰り、文部科学省へ提案したところ、「何をバカなことを言っているんだ」と一蹴されてしまいまして(笑)。当時の日本は、教育とデジタルの連携という面でまだ理解が得られず、大きな格差を感じましたね。それが2001年頃のことです。
その後、経済産業省OBの依頼でスタンフォード大学の日本センター所長に就任しました。MITでもスタンフォードでも、アメリカの大学が民間企業のビジネス支援などを積極的に行っている様を目の当たりにし、「日本にはこうした産学連携モデルがないなぁ」と痛感しました。
そんな折、慶應義塾大学がメディアデザイン研究科(KMD)を創設するというのでお声がけいただき、帰国して3年かけて立ち上げ、そこから10年教鞭を執りつつ、かかわりました。
 
市井  大学院の立ち上げには3年ほどかかったのですね。そこからさらにiU(情報経営イノベーション専門職大学)の設立へと動かれたきっかけは何だったのでしょうか?
 
中村  KMDは半分以上が留学生という非常に国際的で素晴らしい大学院になったのですが、エスタブリッシュメントな大学であるがゆえに、新しいことを自由にやろうとすると限界もありました。
「これはもう、自分で自由にやれる大学を起業するしかないな」と思ったのが10年ほど前でした。
 
市井  そして、実際に3年かけてiUを作られたのですね。
 
中村  はい。一から大学をつくるのは本当に大変でした(笑)。


 

◆大学の枠を超える「超大学」構想――インターン・起業教育で拓く新たな産学連携モデル

 

市井  実際にご自身で大学-iUを立ち上げてみていかがでしたか?
 
中村  当初やろうとしていたことの半分くらいは実現できました。全員に起業に挑戦させ、産業界と密接に連携する新しいモデルは達成できたと思います。ただ、iUは学生数が800人規模と小さいため、これを大きくスケールさせることはまだできていません。達成するにはまだまだ時間が必要です。
そこで、私は近々いったんiUの学長を退任し、新しいことに挑戦しようと、大学や産業界をBtoBでつなぐ役割を果たそうと考えています。iUはビジネスとデジタルが主な大学のため、金融や製造、観光業などさまざまな進路がありましたが、私が長年かかわってきたクリエイティブ、コンテンツ産業でもっとそういうことができたらなと思っているんです。
 
市井  コンテンツ産業の中でもジャンルによって違う部分と、ジャンルをまたがって同じ部分と2つに分かれますよね?現段階で考えられているのはどちらかというとかぶる部分、全体に適用される部分ですか?それとも両方?
 
インタビューを受ける中村伊知哉氏中村  コンテンツ産業全体に適用されるOSというか、プラットフォームというか、そちらに興味があります。たとえば、そういう分野の人材育成とか、コンテンツ業界共通のテクノロジー、AIみたいな話ということです。
その準備のために立ち上げるのが、学校法人の枠を超えた「超大学」というプロジェクトです。
 
市井  「超大学」では、具体的にどのようなことを提供していくのでしょうか?
 
中村  iUで培った「全員が起業を経験し、全員がインターンに行く」というノウハウの提供です。すでに京都大学、金沢大学、スタンフォード大学などから、「学生をバイトではなく、正式な大学の単位となるインターンに出したいが、やり方や企業との付き合い方がわからない」という相談を受けています。その管理や評価のサービスを「超大学」としてパッケージ化して提供していきます。
もう1つは「起業教育」です。iUは3年連続で日本一の学生起業率を達成しましたが、これは「学生のうちに一度失敗しておけ」という“失敗教育”によるものです。
世の中に出てから失敗すると大変ですが、学生のうちなら失敗しても痛手は少ない。しかし、ガチの起業となると、大学の枠組みを超えた社会人教育が必要になります。そうした社会人向けのガチな起業コースも設計していく予定です。
 
市井  VIPOでも、省庁の委託事業や自主事業で人材育成プログラムを行っていて、日本の学生さんを海外の大学に派遣したりもしています。その過程で、海外で行われているトレーニングを日本に持ってきて講座をやろうと考えたときに、日本の大学と組もうとすると、なかなか皆さん忙しくて余裕がない。
 
中村  そうなんですよね。アメリカで仕事をしていたこともあり、海外の大学から日本の大学と提携したいが、なかなか話が前に進まないという相談を受けることがあります。
ロサンゼルスのサンダーバード・グローバル経営大学院の日本誘致や、ミラノ工科大学のデザイン・ビジネススクールなどとの連携も、この「超大学」のプラットフォーム上で展開できたらと考えています。海外の大学にとっても、日本のクリエイティブ市場やコンテンツ企業との受け皿がないことが課題だったので、そこをつなぐ存在になればと思っています。
 
市井  海外だと、人材育成のシステムがわりとかっちりしていて、産学連携や留学制度など整っていて結果的に国際映画祭などで受賞する作品が生まれています。
ただ、一方でそういったシステムがあるからか、いわゆる「天才」が生まれにくいとも指摘されています。人材育成についてどのようにバランスを取っていったらいいと思われますか?
 
中村  確かにフランスやアメリカ、韓国など、教育機関がきちんとしていて、10年以上かけてやっとアカデミー賞受賞監督が誕生したという経緯があります。
日本の場合、いきなりマンガ家のアシスタントなどの現場に放り込まれて、そこから数々の天才が生まれています。大友克洋さんもそうですよね。官民連携の教育基盤などがなかったところが功を奏したところもあるかもしれませんが、限界もありますよね。
 
市井  きちんとした教育基盤と、天才を生み、育てる─その両方をどううまく融合していくかっていうのはすごく重要ですよね。
 
中村  映像の世界だけではなく、ゲームや音楽でも、同じようなところまで来ているんじゃないですかね。


 

◆日本の強みは小学校の図工・音楽にあり――クリエイター育成と「プロデュース人材」の強化

 

市井  人材育成については多面的に行う必要がありますよね、そういう意味で言うと、いまコンテンツ産業ではどの領域について教育が足りていないと考えられますか?
 
カンヌ監督週間in Tokioのポスターを見る中村氏と市井中村  クリエイターを育てる部分については、私はあまり心配していません。日本にはものを作る天才がもともとたくさんいますし、美大や専門学校、大学のコースも十分にできてきています。
業界全体の課題としては、彼らが「打席に立つ回数(作品を作る機会)」をどう増やすか、そして「彼らの処遇をどう改善するか」という産業政策としての資金流入の仕組みが重要です。
そして、もっと国として長期的に育てなければならない領域は2つあると考えています。
1つは、初等中等教育(小学校・中学校)です。 日本がこれだけクリエイティブの分野で世界的に強い大元は、実は小学校の「図画工作」と「音楽」の授業にあります。全国民が縦笛を吹けて、ある程度絵を描けるなんていう国は、世界中どこを探しても日本くらいしかありません。
この豊かな土壌があるからこそ、高校に漫画クラブや軽音部があり、コミケがあり、そこから天才が生まれてくるエコシステムになっています。私は文科省に「この授業数を倍にしてください」と言い続けていますが、「やめてくれ」と言われています(笑)。
デジタル教育においても、ただ学力を上げるためではなく、子どもたちがデジタルを使って映像や音楽を作るといった「クリエイティビティの向上」に最も期待しています。
 
市井  もう1つの長期的な育成領域は何でしょうか?
 
中村  「作る人」ではなく「売る人」の育成です。 国は2033年に海外売上20兆円という高い目標を掲げました。しかし、20兆円を売るためには、100億円を売るマネージャーやプロデューサーが2,000人必要になります。現状、そんな人材は日本に全然いませんよね。
ビジネス、プロデュース、ライツ、契約、知財管理などを体系的に教えるエンタメに特化したコースが日本の大学にはほとんどありません。VIPOアカデミーでやっていらっしゃる「コーポレートリーダーコース」や「プロジェクトリーダーコース」、リーガル、ビジネス、英語などのグローバルコースは、まさにそこを狙った素晴らしい取り組みです。これをさらに大規模化し、全国の大学で単位化されるような仕組みを作らなければなりません。
 
市井  ビジネスを理解する人と、コンテンツを作るクリエイターの間に壁があるのも事実です。そこをどううまくつないでいくべきでしょうか?クリエイターとコミュニケーションを取って理解してビジネスにしていくというのは実は大変なことだと思います。
 
中村  そういう意味で私は、ビジネスの勉強に関心がある人にコンテンツのことを勉強してもらうよりも、「コンテンツが好きで、ファンでたまらない連中」にビジネスを勉強してもらう方が圧倒的にモノになると思っています。
私自身もミュージシャンになれず、「彼らを応援したい、プロデュースしたい」という推し活のようなマインドで社会人をスタートしましたし、注力すべきはそっちじゃないかという気がしています。
 
市井  そういえば、エンタテインメント・ロイヤーとして著作権分野で活躍されている弁護士の福井健策先生も、もともとお芝居をやられていて「応援する側」として弁護士になられた経緯があるとうかがっています。
 
海外の成功事例を見ても、Crunchyroll(クランチロール)の創業者の一人はカーネギーメロン大学院卒の優秀なビジネスマンですが、根底にはアニメへの深い愛があります。
VIPOの事業でアメリカのインディーズ音楽事務所に派遣した方からのレポートでは、デジタルの結果を非常にロジカルに細かく分析していましたが、彼らもやはり根底には音楽が好きな気持ちがあります。
「好き」だからこそ、論理的に分析し、ビジネスとして説明できるハードルを克服していけるのだと思います。


 

談笑する中村と市井

 
 
 

◆海外売上20兆円への勝機――「利益の回収率向上」とIP主体の多角展開

 

市井  海外市場を3倍の20兆円という目標に伸ばしていくにあたり、日本コンテンツの勝機はどこにありますか?
 
中村  嬉しいことに、これまではアニメとゲームが主役でしたが、最近は実写映画でも『ゴジラ-1.0』がアカデミー賞を受賞し、ドラマ『SHOGUN 将軍』がエミー賞を席巻するなど、全コンテンツに世界的なチャンスが広がる時代になりました。
ただ、最大の課題は、経産省の報告書にもある通り「回収率を上げること」です。売上全体の中で、どれだけ日本側に利益を還元できるか。これまでは海外の配給会社に権利を渡して終わるケースが多かったのですが、いかに自分たちでビジネスを組み立てて利益を取ってくるか、という「どう作るかよりも、どうビジネスをするか」の経営戦略の勝負になります。
 
これには、マーチャンダイジング(キャラクターグッズ展開)の強化や、コンテンツと「食」「観光」「ファッション」など他産業を連携させて大きくビジネスを回す仕組みが不可欠です。
しばらくは揺れる時期が続くと思いますが、これからは漫画、ゲーム、映像、アニメといった業界の壁を崩し、「1つのIP」という軸で多面展開する変化が起きてくるはずです。
 
かつての任天堂やソニーのように、世界的な配給網やプラットフォームのインフラを自前で持っているゲーム業界は強いですが、音楽や映像はまだそこまでのグローバル・ディストリビューションとプロモーションのインフラがありません。アソビシステムさんのような新進の事務所がアーティストを海外に売ろうと奮闘していますが、単独での規模の限界もあります。
グローバルでしっかりと回収できるインフラと体力を備えたプレイヤーがドーンと出てくるか、あるいはそうした機能を束ねて面倒を見られる仕組みを作れるかが、20兆円達成への本当の勝負所になります。


 

◆縦割りを崩すゆるいコミュニティ「PPP」が果たす役割

 

市井  中村さんが主導されている「PPP(Pop Power Project)」は、多くのコンテンツ産業の方が参加されていますが、立ち上げてみてどのような手応えを感じていますか?
 
pppのロゴ中村  経産省、総務省、文化庁がコンテンツ振興を訴えても、行政は縦割りでバラバラです。そこに民間側から横串を刺し、漫画、アニメ、ゲームなどのジャンルを超えて緩やかに連携できるプラットフォームを作ろうと声をかけたのがPPPです。
代表も置かず、あえて「ゆるいコミュニティ」としてスタートさせたのが逆に良かったようで、年度末で2年を迎えますが、参加企業全員が「このまま続けたい」と言ってくれています。
お互いの利害関係がないからこそ、官民の政策提言を出したり、AIのいい事例を集めて「これならクリエイターも安心して使える」という安全なアプリの提供を検討したりと、フレキシブルに動けています。
 
市井  VIPOもコンテンツのジャンルにこだわらずに全体をまとめたいという発想からスタートしましたので、PPPの活動は非常に共感しますし、素晴らしいことだと思います。
 
中村  性格として一番近いのがVIPOさんだと思っています。 今後、イベントやセミナーを共同開催する、といったコラボレーションは非常に面白いと思います。
また、PPPとしては、次の世代を担う10代、20代の若い連中にどんどん入ってきてもらい、かつて文化庁の予算で実施した「デジタル漫画キャンパスマッチ」のように、プロの編集部とマッチングしてデビューさせるような、若い才能の「バッターボックス」を増やし、育成を回し続けるエコシステムを作りたいと考えています。


 

◆異業界からの人材流入と、これからのキャリア形成

 

市井  近年、VIPOアカデミーの受講生を見ても、中途採用(転職組)が非常に増えています。しかも、バックオフィスだけでなく、他業界からコンテンツ業界のキーポジションに転職してくる事例も目立ちます。
 
中村  それは非常に面白い、良い変化ですね。他業界からの人材の流動が起こることで、業界全体のビジネス感覚や多様性がアップデートされます。
これまでは「企業内(社内)で人を育てる」のが日本の伝統的なスタイルでしたが、今のコンテンツ業界、特に映画界などは完全に「外の教育機関やプラットフォームで育てる」過渡期にきています。
 
iUのような専門職大学も、ただ手に職をつけさせる「即戦力」を謳うだけでは足りなくなってきています。ゲーム業界を例にとっても、今や専門学校を出てすぐに入れるほど甘くはなく、大学院クラスのコンピュータサイエンスやデータ分析、AIの素養を身につけていなければ通用しないレベルになっています。
学校側も、業界の第一線で活躍しているプロを教授として招き、最先端のビジネススキルを本気で教えていかなければなりません。
 
市井  中村さん、本日は日本のコンテンツ産業の未来、そして次世代育成に対する非常に情熱的で、具体的なヒントが詰まったお話をありがとうございました!
 
中村  こちらこそ、ありがとうございました!


 

 
 
 

中村伊知哉氏

中村伊知哉氏 Ichiya NAKAMURA
iU 初代学長
 
国際公共経済学会会長、CiP協議会理事長。
1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。
MITメディアラボ客員教授、スタンフォード日本センター研究所長、慶應義塾大
学教授を経て、2020年にiUを開学、2026年9月まで学長。
東京大学研究員を兼任。
内閣官房、内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省などの参与・委員を歴任。
著書に『超ヒマ社会をつくる』(ヨシモトブックス)、『コンテンツと国家戦略』(角川EPUB選書)など多数。
1961年生まれ。京都大学経済学部卒、大阪大学博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。

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