インタビュー

2026.09.18


日本映画はまだ面白くなれる ― 企画力と国際共同製作で切り拓く、国境を越える映画の作り方とは
映画をつくるだけでは、映画は届かない――。『羊の木』『楓』などを手がけたアスミック・エースのプロデューサー井手陽子氏が、キャリアの原点から国際映画祭マーケットでの経験、日本映画界の課題と可能性について語っていただきました。企画を形にする力とは。世界へ挑戦する意味とは何か。これからの時代を担う映画プロデューサーに贈る、映画の未来を切り拓くためのインタビューです。
(以下、敬称略)

 
 
 

映画の仕事は偶然から始まった
学生アルバイトで知った「宣伝の力」とプロデューサーを志した理由

サイバーエージェントから映画界へ、現場で叩き込まれたビジネスの基礎

 

VIPOグローバル展開事業部部長 森下美香(以下、森下)  まずは、井手さんのこれまでのキャリアからお聞きしたいのですが、映画の世界に足を踏み入れたきっかけは学生時代のアルバイトだったそうですね。
 
アスミック・エース株式会社 企画製作部プロデューサー 井手陽子氏(以下、井手)  はい、学生時代に「クロックワークス」という映画会社でアルバイトをしていました。ちょうどその時に『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)の宣伝のお手伝いをして、そこで「宣伝の力は映画の届きかたをこんなに変えるんだ」と実感したことをすごく覚えています。アルバイトは楽しくて、映画の仕事に就きたいなと思ったのが最初ですね。
 
森下  宣伝の現場から映画を見た経験が今につながっている。
 
井手  はい。そのあと就職が決まっていたサイバーエージェントに新卒一期生として入社しました。上場したばかりの時期で、若い社員しかいなく、活気があって楽しかったです。とにかく忙しくて、2年半くらいほとんど寝ずに夢中で働いていたような時期でした。ある日、クロックワークスの当時の福社長(現社長)と偶然、恵比寿駅のエレベーターですれ違ったんです。その時の私の顔が、あまりにも疲れきったひどい顔をしていたみたいで(笑)。少しあとに、欠員が出たから来ないかと、心配して声をかけて頂いたのが、クロックワークスに入社できたきっかけです。
 
森下  そこから本格的に映画業界でのキャリアが始まるわけですね。
 
井手  クロックワークスでは配給営業、宣伝、パッケージ制作・営業、買付まで色々な現場を経験させて頂きました。その時期での経験が今の私の力になっています。
 

 

「企画がすべて」~プロデューサーを志した理由

 

森下  その中でも特に大きかった経験はなんですか?
 
井手  営業ですね。洋画も邦画も、買付や製作から二次利用まで手掛けていた会社だったので、営業をやることで“ビジネス”として映画を理解でき、事業として成立させることの難しさと大切さを学びましました。その経験は今のプロデューサー観にもつながっています。製作は完成させるまでがゴールではなくて、劇場公開や二次利用を展開し、観客や視聴者に届けて、製作費を回収することまでが大事です。
 
ヒットは、多くの人に作品を見てもらうことに他なりませんが、クリエイターや自分たちを次のチャンスへと繋げます。そして、「企画」がその原点でもあるので、とても重要だと思いました。企画の段階でターゲットはもちろん、回収プラン、宣伝戦略など設計できてないと、どんなにいい作品でも届けることが難しいこともある。だから、その映画の原点に携わりたくて、プロデューサーをやりたいと思いました。


 

『のぼうの城』が教えてくれたプロデューサーの覚悟と震災を経て感じた映画の価値

突然託された大作映画の現場

 

森下  そこから現在の会社(アスミック・エース)に転職されて、プロデューサーとして活動されていますが、最初から順風満帆というわけではなかったんですよね。
 
井手  全くです(笑)。製作がやりたくて入社しましたが、経験はありませんでしたから。入社して『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』(2009)という企画を会社に提案しました。そしたら、「とにかくやってみなよ」と。最初は分からないことばかりで、一緒に企画を進めてくださった当時共同テレビのプロデューサー稲田秀樹さん(現東宝チーフプロデューサー)に多くのことを教えていただきました。監督やスタッフ、社内外の方々に助けられて実現できた企画でした。

 

東日本大震災と公開延期へ経験して

 

森下  2本目に担当された『のぼうの城』(2012)は、いかがでしたか?
 
井手  クランクイン直前のタイミングで、急遽担当になりました。2本目で、かなり大きな作品と向き合うことになりまして、撮影が始まると、現場では日々様々な問題が起きていました(笑)。でも、C&Iエンタテインメントの久保田修プロデューサーと共同プロデューサーの田中美幸さんも、経験が浅い自分の意見にいつも耳を傾けてくれまして、一緒に乗り越えていくことができました。元アスミック・エース社長でプロデューサーとして大先輩の原正人さんとも、この作品がきっかけで色々お話する機会を得ることができました。監督お二人(犬童一心氏、樋口真嗣氏)の熱量にも圧倒され続けましたが、何より和田竜さんの脚本が面白かった。何かあると、多くのスタッフから「脚本は面白いんだから!」と、日々厳しくも熱い言葉をかけられながら、仕事していた毎日でした。東日本大震災も経験し、大変なことも多かったですが、この映画を絶対に世に届けたい、という関わった全員の強い思いが、いつも前に進めてくれたと思います。クリエイティブの力こそが、現場を突き動かす原動力だと実感しました。

 
 


©2011「のぼうの城」フィルムパートナーズ

 
 

映画をつくることの意義、プロデューサーとしてのモチベーションとは

 

森下  プロデューサーとしての井手さんのモチベーションはなんですか?
 
井手  映画は、生きるために絶対必要なものではありません。でも、ときに見た方の心の支えとなったり、人生を豊かにすることもあるのではないか、と考えさせられる経験を多くしてきました。作品から色々な思いを感じてくれる人がいることを、何本も映画を作っていく度に知れました。映画を作ることの意義を実感できたことが、プロデューサーを続けている理由です。
 
もちろん、大変だなと思うことは正直たくさんあります(笑)。でも、才能あるクリエイターや、プロフェッショナルなスタッフたちの熱い思いに触れながら、完成した映画を見ると、楽しいと思うことの方が勝ってしまうんです。だから、監督やスタッフ、俳優が、最大限力を発揮できる環境を整え、最後までプロジェクトに責任をもつ人間が必要です。それがプロデューサーだと思うし、そこにやりがいも感じています。これまでタイプの違うプロデューサーの方々とご一緒できたことも大きいです。プロデューサーの形に正解はないと思うんですが、それぞれがポリシーを持って仕事をしていることを見てこれたことも、この仕事を続けていきたいと思えることにつながっていると思います。


 

邦画の未来を探して~ロッテルダム・ラボで学んだ「信じることから始まる」国際共同製作

邦画はこのままでいいのか?日本市場の限界を直視

 

森下  2022年時に「Rotterdam Lab*」(以下、ロッテルダム・ラボ)若手映画プロデューサー派遣事業に参加された動機についてお聞かせいただけますか?
 

*「Rotterdam Lab」とは、「ロッテルダム国際映画祭(IFFR)」が、1983年に世界で初めて立ち上げた映画企画マーケット「CineMart」により、2001年から運営されている新進プロデューサー対象のワークショップ。産業としての映画製作の現場で活躍するプロデューサー養成の場として、実践、現場主義を基本とし、映画やテレビの世界からの実務プロフェッショナルで組織された指導者陣が熱心に指導を行っている。VIPOは、経済産業省「クリエイター・事業者支援事業費補助金(クリエイター・事業者海外展開促進)」の一環として将来の映像産業を担うプロフッショナルの育成を目指すとともに、日本の映画企画の国際化を推進することを目的とし、「Rotterdam Lab」(プロデューサー養成ラボ)に若手プロデューサーを派遣する活動を行っています。

 
井手  「ロッテルダム・ラボ」に参加する数年前から、このままの邦画の作り方では、立ち行かなくなるという感覚がずっとありました。日本のマーケットは小さいのに、作品本数は年々増えていて、1本あたりの公開期間は短くなっている。プロデューサーとして、事業として映画を成立させ続けるには、どうしていけば良いか考えていく中で、マーケットを広げることを考えるようになりました。ちょうどその時期に、『君と100回目の恋』というオリジナル作品を手掛けていたときの経験も大きいです。原作があるわけでもなく、監督もキャストもアップカミングな企画でしたが、中国の会社が純粋に興味を持ってくれ、中国公開が実現しました。同時期に、『羊の木』(2018)という作品で、初めて自分が携わった作品で映画祭に参加する機会がありました。映画祭の観客たちが、監督に熱心に感想を伝えにきたり、多くの質問を投げかける様子は印象的でした。日本の映画市場は限界があるように思えても、世界に目をむければ「映画ファンはもっといる」と思えたんです。そう考えたら、世界的に通用する視点が必要だと思いました。
 
 


©2018「羊の木」製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社

 
 
世界には、オリジナル作品、作家性が強い作品、もちろん商業性の強い作品もあります。海外のプロデューサーたちがどうやって資金を集め、回収しているのか、そして、どう次の作品へつなげているのか、その仕組みを知りたくて応募しました。
 
クロックワークス時代に映画の買い付けの経験もさせてもらったのですが、どの作品を買うか検討するときに、もちろん監督やキャストのバリューでも判断しますが、最終的に一番大切にしていたものはシンプルに面白いかどうかで。人の心を揺さぶるものは、国を選ばない。海外の方が日本の作品をみるときも、同じだろうと思いました。だから海外の監督やプロデューサーがどんな視点と思考で、作品を企画するのかも知りたかったんです。

 

世界のプロデューサーたちの熱量の違い、短い言葉で人を動かす力とは

 

森下  「ロッテルダム・ラボ」には最初はオンラインの参加でしたよね。次の年、Alumni Program(過去2年でのオンライン開催の参加者の中から選抜されたプロデューサー向けのプログラム)でも参加されましたが、いかがでしたか?
★「Rotterdam Lab 2023」若手映画プロデューサー派遣 実施報告はこちら
 
井手  最初スピードマッチングといって順番を決めずにオンラインでひたすらピッチをするんですが、一番感じたのは海外のプロデューサーは「みんなよく喋るな」ということですね(笑)短い時間で自分の作品の魅力をものすごい熱量で伝えてきて、アピールの仕方もダイレクトです。私は、英語がそこまで流暢ではないので、その姿に圧倒されました。でも、話すのが得意じゃないなんて言っていられなくて、ログラインと企画で大事なポイントを伝えて、その作品を観たいと思わせないといけない。ピッチはプロデューサーにとってすごく重要なスキルだと思いました。

 

プロデューサーのためのメンタルトレーニング

 

森下  「ロッテルダム・ラボ」のピッチトレーニングのコースは大変好評です。中には、プロデューサーの心得というか、メンタルケアのプログラムもありますね。プロデューサーは多くの人と関わるし、いろいろな要求もされるから落ち込むこともあるじゃないですか。プロデューサーの仕事は孤独なことも多いかと思います。参加されて、どんな効果がありましたか?
 
井手  プロデューサーって、基本的に全体を見るポジションなので、ある意味客観的でなければいけないし、時には厳しい判断をしなければいけないことも多いです。だから、孤独を感じることもあるとは思います。プログラムでは、その点に言及しながら、結果それがうまくいかなかったとしても、「次にどうするか」「どう回収するかを考える」という、常に考え、行動し続けなければいけない、というメッセージは響きました。
 
うまくいかないときは、プロデューサーももちろん落ち込みます。でも、私は幹事会社の立場のプロデューサーでもありますから、最終的に責任を持ってリクープさせることを考え続けなければいけない。うち(アスミック・エース)は配給や宣伝機能もある会社なので、コミュニケーションは密にとり、とことん議論しています。預かったお金で映画を作っている以上、どの段階にも執着をせざるを得ない。届けることまできちんと考えることも、このプログラムでも強調されていました。新人プロデューサーだった頃に、このプログラムを受けたかったですね(笑)。

 
 


「ロッテルダム・ラボ 2023」現地の様子

 
 

国際共同製作における「信頼」と「ネットワーキング」の大切さ

ピッチ資料とビジュアルは企画の未来をつくる

 

森下  ロッテルダムの企画マーケットに参加して、ご自分の中でブレイクスルーしたことや変化はありましたか?
 
井手  企画マーケットへの参加は、貴重な経験となりました。世界中からプロデューサーが参加していて。様々な企画のピッチを聞きました。まず、企画の段階からクオリティの高いピッチ動画が作られているんです。ビジュアルや動画は、言葉だけでは伝えづらい映画の世界観などを、よりイメージしやすく相手に伝えるものだと、あらためて感じました。どの監督もプロデューサーも、企画に対する率直な反応やフィードバックを求めていて、自身の企画を信じていながらも、質問や意見に真剣に耳を傾けていました。ピッチングしている彼らから、逆に質問も受けることも多かったです。企画マーケットは、プレゼンの場だけでなく、企画をブラッシュアップする上で、作り手が多くの意見をもらえる、凄く刺激を受ける貴重な場だと思いました。
 
森下  ピッチ動画は大事ですね。私もピッチ動画をまず見て、ミーティングに臨むんですが、ただボソボソ喋っているだけのもあるんです。字幕も一切入らずに。その場合は言葉も聞き取れないのでもう見ないですよね。演出が凝っていると、そういう人には会いたいなと思います。私が見た中では、紹介動画にたくさんパペットがでてきて、女性二人が凝ったコスチュームで登場するんですが、それがとても楽しかったんです。それで実際会ってみると、「あー!あの動画のあなたね!」ってなります。相手の印象に残る、会って話を聞いてみたいと思わせるって重要です。
 
井手  日本人はプレゼンが苦手な人も多いと思います。海外のプロデューサーは「え、なんで私の映画に出資しないの?」くらいの自信と勢いがありました。この映画に投資する価値があると思わせるための熱量が、とにかく高い。そもそも作り手が自信のない企画には、誰も心を動かされないですよね。これは、営業も宣伝も一緒だと思います。劇場や媒体に、作品の面白さを伝えるために普段からピッチしていますよね。映画の魅力をきちんと伝えることは、大事なことです。
 
そういえば、営業を始めた頃に、「絶対、観たら面白いんです!試写に来てください!」と言ったら、「観て面白いじゃダメなんだよ。観る前に、面白そうに見えないと、お客さんは映画館に来ないでしょ」と言われたことを思い出しまして。その通りだと思いました。

 

「まず相手を信頼する」から始まる国際共同製作

 

森下  企画ピッチのほかに「ロッテルダム・ラボ」で学んだことはありましたか?
 
井手  ネットワーキングですね。日本も映画業界は狭いですが、海外も実は同じで、映画祭を行き来している人は限られているように見えました。マーケットに来る人も映画祭のプログラムを考える人も、行き着く相手は一緒だというのが見えてきました。そういった方々といかにきちんとコミュニケーションを取って信頼関係を築けることも大事と学びました。
 
それと「信頼から始める」という言葉も印象的でした。考え方もカルチャーも全然違う海外の人と国際共同製作をやるときの第一歩は、まず相手を信頼することから始めるということです。
 
海外の新しいパートナーとの取り組みは、最初は不安なことも多いです。でも、企画の良さを共有できれば、実現のためにすべきことを一緒に考えていくことができます。同じ船に乗ろうとする人を信じるところから始めなければ、その先はないと学びました。私もそう思います。そのことをはっきりと言葉として表現して実行している方々と交流できたのは大きかったです。
 
実際に新しい作品でご一緒した台湾のパートナーは、ロッテルダムで初めて会い、それ以降も色々な場で会話を続けてきた結果、釜山のAPM(Asian Project Market*)のピッチを評価してくださり、共同製作に至りました。マーケットに参加していた人は、プロデューサーも監督も、情熱的な方が多かったです。面白い映画を作りたいという思いを持った、信頼関係を築ける人と多く出会えたことも、参加したことの大きな収穫です。
 

*韓国で開催されるアジア最大級の映画祭「釜山国際映画祭」で併設されている、国際共同製作を目的とした映画企画マーケット

 

 

「企画」に賛同・面白いと思ってくれる人を見つける。海外のマーケットに出ることの意義。

 

井手  これから企画するものは、作家性が強い映画も商業性が強い映画も、国内だけでなく海外も意識できたらと考えています。企画マーケットに参加し、新しいパートナーと出会えることは、邦画の可能性も広げてくれると思います。ロッテルダム・ラボへの参加することで、同じ考えを持つ、世界中のプロデューサーに出会えました。面白い映画を世界に届けたいと願い、自身の企画を信じ、それを世に出そうと真剣に模索している人が、こんなに世界にいることが実感できたのがうれしかったです。「世界中のどこかに、あなたが作ろうとしている映画にマッチする映画祭が必ずあるはずだ」と言っていた講師の方の言葉も印象に残っています。
 
森下  2026年の「CineMart」(ロッテルダム国際映画祭の企画市)に久しぶりに日本の映画企画、田中稔彦監督の『朱鞠』が選出されたんですが、田中稔彦監督の作品は、2024年の「ロッテルダム国際映画祭」のタイガーコンペティション部門で『莉の対』(2024)が最優秀作品賞を受賞しているんです。
インディペンデント映画ですが、ラボに出品して良いことは、その映画祭のサークルに入れる切符をもらえる、ご縁ができるということだと思うんです。今回「CineMart」で、日本以外の企画でミーティングしてきたんですが、出品者の経歴を見ると、「ロッテルダム・ラボ」出身者がほとんどなんです。ラボを掛け持ちしている人もたくさんいらっしゃるし、それがキャリアになるんですよね。
 
ちなみに『朱鞠』は、VIPOが事務局を務めたJLOX+*事業で採択された企画なんです。CineMartの出品にむけて、英語版の脚本・企画書、映像資料等の作成の支援をしました。そういう補助金も活用してどんどん海外マーケットに出てくれたらと思います。ロッテルダム以外にトリノフィルムラボなどもありますし、参加されると作品と共に経歴になります。ラボで知り合った監督とプロデューサーの共同企画も多く見られます。それも、ラボがつなげた出会いですよね。
 

*JLOX+とは:令和6年度補正クリエイター・事業者支援事業費補助金(クリエイター・事業者海外展開促進)の名称(2026年3月末終了)。
現在は、VIPOがIP360(「令和7年度コンテンツ産業成長投資支援事業費補助金(海外展開支援・開発プラットフォーム構築支援)」の補助事業の一部(4事業対象)の事務局を担う。※IP360の詳細はこちら

 
井手  そうですよね。プロデューサーとしては、面白い企画や監督に出会うと、投資回収計画を考えられれば、どこの国の人と一緒に作っても良いと思っています。自分たちの映画を、世界に届けるために国際共同製作をするという目線もありますが、日本に限らず才能あるクリエイターと、日本映画を製作する方法もあるのではないかと思っています。
 
森下  企画を出品するほうではなくて、企画を探しにいく、出資する立場で行かれる方法もありますよね。アスミッエースのプロデューサーさんだったら、出品者さんにとってはウェルカムですから、そうやって新しい才能や企画を探すという出会いもあるかと思います。
 
私たちは「VIPO Film Award」という取り組みをしているんですが、そこでいろいろな企画を見聞きしていると、その時のトレンドがよりわかります。CineMartでも、最近はアニメ作品が増えてきました。あとは、「ジャンル映画」も多いです。
 

*VIPO Film Awardとは:
VIPOでは、国際映画祭マーケット事務局とのパートナーシップのもと、優秀企画に対して「VIPO Film Award」を授与しています。その目的は次のとおり。1)日本との国際共同製作を目指す海外プロデューサーや監督の発掘、2)現在進行形の企画トレンドをつかみ日本での企画開発に活かしていくこと、3)海外マーケット事務局との提携・連携により日本企画と海外マーケットとの懸け橋となること。

 

映画祭と企画マーケットが作品を育てる

 

森下  「第82回ヴェネツィア国際映画祭」のオリゾンティ部門で日本人監督作品として初の審査員特別賞受賞した『ロストランド』(2025)という作品は賞を獲ってから海外でずっと公開し続けられるんですよ。ひとつの映画祭での賞をきっかけに、他でも連鎖的にいろいろな賞を獲っていくんです。賞レースの波にのるような、映画祭ってそういう機能があるんだなと改めて思いました。ある一定の期間、いろいろな人に作品を届けられる良さがある。映画祭で選ばれたことによって、作品に「ハク」がついて、そこからまた選ばれていくみたいなことが起きるのを目の当たりにしました。
★第82回 ヴェネツィア国際映画祭で、『LOST LAND/ロストランド』が三冠受賞!ニュースページはこちら
 
 


©2025 E.x.N K.K

 
 
井手  企画マーケットに出す、映画祭に選出されるということは、作品のクオリティを担保する側面があるんでしょうね。だからみなさんにも受け入れられやすい。
 
森下   『ロストランド』はVIPO事業の編集コンサルテーションプログラム「First Cut Lab*」も受けているんですよ。
 

*ファースト・カット・ラボとは:世界中のプロフェッショナルな映画人を対象に長編映画の編集ステージにフォーカスした包括的なトレーニングとコンサルテーションを合わせたワークショップ。2015年にTatino FilmsのMatthieu Darras氏によって創設。VIPOでは、経済産業省「クリエイター・事業者支援事業費補助金(クリエイター・事業者海外展開促進)」の一環として、運営元のTatino Filmsと共催により、日本では初となる日本映画を対象とした実写長編映画の編集コンサルテーションプログラムを実施。

 
井手  編集コンサルティング、とても興味があります。映画の編集は、もう1回映画を作り直すに近いくらい大切だと思います。編集によって物語の見え方は大きく変わることがありますから。
 
森下  ただ、ほぼ出来上がっているものを、プロフェッショナルとはいえ、全然知らない人(編集マン)が観ていろいろ指摘されることを、監督さんによっては、好まない人もいますね。
 
井手  確か、映画は3回作られるという言葉もありましたよね。脚本を書くとき、撮影するとき、編集するとき。編集の際に客観視することを大切にされる監督も多いです。『さがす』(2022)でご一緒した片山慎三監督は、こだわって時間をかけて撮影したものでも、ためらわず「ばっさり」きってしまう。『楓』(2025)の行定 勲監督も、まずは全て編集マンに任せたいっておっしゃっていました。編集は、あらためて映画を考え直す場でもあると思います。一度別の人の手にゆだね違う視点を入れるということは、映画にいい影響があることもあります。
 
 


© 2022「さがす」製作委員会

© 2025 映画『楓』製作委員会

 
 

 

「First Cut Lab」がもたらす客観性

 

井手  「First Cut Lab」のシステムがいいなと思うのは、クリエイターもプロデューサーもこだわっていくと、自分たちで何度も脚本を練り直すし、撮ったものも何度もみていくちに、どうしても視野が狭くなってしまう。そうしたときに、プロによる違う視点でみてもらって、自分がどう見せたいかではなく、どう見えるのかを客観的に見て知ったうえで何をチョイスするか。きちんと検証する時間を設けられるのは、とてもいいと思いました。
 
森下  撮影が終わったラフカットに対して専門のコンサルタントが「物語が伝わっているか」「キャラクターの感情は正しいか」「構成に問題はないか」といった視点でフィードバックするので、やはり、作品についての考え方や脚本についての読み込みが変わるんですよね。
 
井手  私も機会があれば、「First Cut Lab」に参加してみたいです。海外には、そういう機会が多くありますよね。
 
私も「ロッテルダム・ラボ」に参加したことで、大きな刺激を受けました。自分のプロデューサー人生の第2フェーズに入った感覚です。この先どうなっていくんだろうって感じていた時期での参加だったので、タイミングもすごくよかった。そこで知り合った監督やプロデューサーとは、今でもつながっていますし「国際プロデューサーコース*」に参加した友人のプロデューサーや、「ロッテルダム・ラボ」に参加した方も、そのあと釜山でまた会ったり。同じことを考えている方と国内外でつながることができました。
映画は一人では作れません。結局すべては人だと思うんです。人と人とがつながって、信頼しあって、ぶつかりあってそれでも「創りたい」と思ったものを共有することでしか、映画は生まれないと思っています。
 
森下  VIPOの支援事業からいろいろな人との縁がつながって、作品として実を結ぶことは、私たちのやっていることの意義でもあるので、その輪を拡げるためにも、企画マーケットや育成プログラムにはプロデューサーの方はもちろん、監督や脚本家の方々にどんどん参加していただきたいですね。


 

映画を面白くし続けるために~プロデューサーに必要なのは「感度」

時代より少し先を考える

 

森下  映画プロデューサーとして、今の映画産業について思うことはありますか?
 
井手  世界中がパンデミックを経て、配信が加速度的に普及した影響もあり、映画を取り巻く環境は大きく変わったと思います。韓国人のプロデューサーと話をしていると、その影響は顕著に出てると思いました。コロナ以降、韓国では劇場にくる観客は減り、企画を成立させるのが本当に難しいと話していました。映画館も業態変更をするなど、日本よりも厳しい環境にあると聞いています。日本も作家性の強い作品が上映されていたミニシアターが激減しました。それでも日本は、まだ映画館へ足を運ぶ人が多いと思っています。
 
森下  小規模作品は知ってもらうことが難しいですね。
 
井手  はい。映画だけでなく、ODS*作品や、ライブビューイングなど、映画館で上映される映像作品数は増加しています。宣伝もその数だけ、増えています。多少の入りでは、上映週数や回数を確保するのは困難です。そして、毎週のように新作が控えている。観たいと思う映画も、観に行こうと思った時には、上映が終わっていることも多いです。
日本は様々な作品やエンタメが受け入れられる土壌がある。故に、この状況が生まれているとも思います。映画館で楽しめるものが、映画だけじゃない時代です。ライバルは映画だけではなく、違うフォーマットの映像、ショートドラマやSNS、映像以外のものだったりもする。限られた余暇の時間を取り合う厳しい選択です。作品は、映画館で観るべき価値を、ますます求められることになると思います。映画館でしか体験できない感動や発見も、若い世代のひとたちにもっと知ってもらいたいです。

(*非映画デジタルコンテンツ作品。映画館のデジタル設備を使い、映画以外の映像やイベントを上映すること。音楽ライブ、演劇、歌舞伎、スポーツの生中継、アニメの特別上映などが含まれる)

 
森下  新しい作品を生み出すために普段から心がけていることはありますか?
 
井手  常に世の中や、人に興味を持っていたいと思っています。自分の感性や感覚が、時代とズレていないかは、いつも気にしています。また、インプットが減ると、枯渇してしまうので、新しいものを見たり、読んだり、経験したり、自分自身が刺激を受け続けていたいです。
映画は時代を反映するものだと思うので、社会に関心を持ち、様々な角度から感度を鈍らせないようにすることもプロデューサーには必要だと思います。とはいえ、全て知るのは難しいんですが…。
 
森下  映画って、企画してから出来上がるまでに常にタイムラグがあるので、いま流行っているからといって、それが公開時に受け入れられるか、ヒットするかどうかの先読みができないから難しいですよね。
 
井手  ほんとにどうやったら映画をヒットさせられるんでしょうか?!(笑)
毎作品難しいなと思っています。面白い映画を作ることは、プロデューサーとしては大事だと思います。でも、そこで終わってはいけいない。どう伝えたら、映画を見たいと思わせられるのか──。環境が変化する中で、どうやったら映画を観客に届けられるのか、ずっと模索し続けている気がします。


 

次世代の映画人へ~日本映画はまだ終わっていない

 

森下  最後に、今後の予定についてと、次世代のプロデューサーへのメッセージをお願いします。
 
井手  釜山APM (Asian Project Market)で「ONE COOL Award」をいただいた企画を台湾のプロデューサーと作りました。英語タイトルは『A List for Tomorrow(ア リスト フォー トゥモロー)』といって、日本タイトルは『ハッピーリスト』ですが、英語タイトルは言い表していないと思っており、企画マーケットでも、英語タイトル案を考え、その印象を打合せするたびにヒアリングして。その後、台湾チームと製作が決まり、色々な案を提案し続けたのですが、20候補全部ダメだしくらいまして(笑)。そんなにダメ出しするなら、何かアイデア出して欲しいと言ったら出してくれたのがこちらでした。台湾の若いプロデューサーの案ですが、作品を言い現す素晴らしいタイトルで、監督も私もすごく気にいっています。
★釜山国際映画祭併設マーケットACFM・企画マーケットAPMで、3つの日本企画受賞の快挙!ニュースページは[こちら
※井手氏は、今年度もVIPOが参加支援している2026年10月開催「釜山国際映画祭」併設見本市ACFM「Producer Hub (プロデューサー・ハブ)」に応募され、参加プロデューサーとして、選出されました。ニュースページは[こちら
 
 


受賞企画のプロデューサー陣、左が井手陽子氏

 
 
森下  国が違う人からの意見をいただけるのも、映画祭のマーケットに参加する良さですよね。
 
井手   映画祭の企画マーケットは、企画を良くするために本当に役立ちます。監督もプロデューサーも、作り手にとってすごく刺激を受ける場だと思いますし、そこからさらに生まれるアイデアもあったりします。作り手側が意図していることとは、違う受け止められ方が返ってきたり、そういう気づきがあることも、企画をブラッシュアップできるいい機会です。
企画マーケットはそんな簡単に選ばれるものではないので、難しいとは思うんですが、できるだけ今後もトライしていきたいなって思っています。クリエイターやプロデューサーにとって、刺激となる場です。
 
今の映画界は、課題も多いですが、日本には、才能あるクリエイターも多い。アイデアや物語も、まだまだ可能性がある国だと思っています。
若い人たちには、どんどん海外に出てほしい。「ロッテルダム・ラボ」は私にとって、すごく良い機会だったので、日本も含めた世界の誰かにも作品を届ける、そのためにはどうしたらいいかという視点を育てる意味でも海外のマーケットにもチャレンジしていってほしいです。グローバルな視点をもつことは、これから映画を作っていく上で必要だと思います。私自身も同じ思いを持つ人と、世界でさらに出会えることを信じて、チャレンジし続けていきたいと思っています。
 
★2024年の「釜山国際映画祭」の企画マーケットAPM(Asian Project Market)にて「ONE COOLアワード」を受賞した井手氏プロデュース作品『ハッピーリスト』が来年2027年に公開が決定しました。台湾との国際共同製作作品となります。
 
驚きの事実に着想を得た、明日を動かす“やりたいことリスト”がつなぐ友情と希望の物語、映画『ハッピーリスト』は2027年2月5日(金)全国公開です。詳細は公式サイトよりご確認ください。
 
 


Ⓒ2027 “A List for Tomorrow” Film Partners
2027年2月5日(金)全国公開!
 
出演:阿部寛、永瀬廉
監督:外山文治 脚本:外山文治 YAYTY
製作:映画『ハッピーリスト』製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース AOI Pro.
製作幹事・配給:アスミック・エース
■公式サイト:https://happylist.asmik-ace.co.jp
■公式X&Instagram @happylist_movie

 
 

井手陽子氏

井手陽子氏 Yoko IDE
アスミック・エース株式会社
 
プロデューサー。サイバーエージェントを経てクロックワークスへ。営業・宣伝など多岐にわたる経験を積み、アスミック・エースへ。『君と100回目の恋』『羊の木』『さがす』『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』『アナログ』『楓』など話題作を次々と手掛ける。最新作『ハッピーリスト』2027年2月5日公開。JLOX+関連事業として「Rotterdam Lab 2021」等に参加。

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