KOCCA 日本ビジネスセンター長 李 咏勲(イ ヨンフン)氏に聞く—ウイズコロナ時代における韓国コンテンツ業界事情とは—「コンテンツで国民の文化的体験を豊かにすることは昔も今もかわらないモットー」
-
コロナ禍の影響でコンテンツ業界が激変してから、3年。
お隣韓国でのコンテンツ産業の世界展開は年々拡大を続け、Netflix での『イカゲーム』や『愛の不時着』の大きな成功は記憶に新しいところです。そこで、2021年に就任され、今年の2022年3月に日本に赴任されたビネスセンター長の李 咏勲(イ ヨンフン)氏にインタビューを実施。ウイズコロナ時代における、韓国コンテンツ業界の事情や日本での支援戦略についてお話をお伺いしました。
- 李 咏勲(LEE, Younghoon)氏
(KOCCA(韓国コンテンツ振興院)日本ビジネスセンター センター長)[略歴]
KOCCA(韓国コンテンツ振興院)とは
韓国コンテンツ産業の育成と発展を支援する政府機関。
ストーリー、ゲーム、アニメーション、キャラクター・ライセンシング、音楽、ファッション、放送など、韓国コンテンツ産業全般を幅広く扱い、コンテンツ企画や政策に対する支援、さらにマーケティング、広報をはじめ、海外交流、協力、人材養成、関連技術の開発に至るまで、多方面にわたる支援を行っている。
(KOCCA公式サイト)http://www.kocca.kr/jp/main.do
KOCCA Head Office(韓国 羅州市内)
KOCCA 日本ビジネスセンターの役割とは
-
◆李 咏勲(LEE, Younghoon)氏のご経歴、センター長就任まで
-
VIPO専務理事・事務局長 市井三衛(以下、市井) 今日はお時間をいただきありがとうございます。まずは韓国コンテンツ振興院 日本ビジネスセンターのセンター長である李さんのご経歴について教えてください。
KOCCA(韓国コンテンツ振興院)日本ビジネスセンター センター長 李 咏勲 LEE, Younghoon(以下、李) 私は1994年に日本に留学で来ました。日本の大学を卒業した後、2001年に日本の株式会社ブロッコリー*に就職しました。外国人社員1号として海外関連業務を任せてもらい、主に韓国とのコンテンツビジネスに携わりました。(*コンピュータゲームソフト、トレーディングカードゲーム、キャラクターグッズの企画、製作を行う日本の企業)
そして2003年6月に、韓国文化コンテンツ振興院の日本事務所(現、韓国コンテンツ振興院日本ビジネスセンター[KOCCA])に現地職員として転職しました。その後2009年5月に、国の政策として、韓国文化コンテンツ振興院とゲーム産業振興院、放送映像産業振興院の三つの大きな機関を中心として、コンテンツに特化した現在の韓国コンテンツ振興院に統合されました。2014年に日本事務所の所長を任せてもらい、2016年に韓国に帰国してからは放送本部で放送コンテンツの制作や、放送コンテンツの海外流通を担当したのちに、海外事業団に移動し、2021年1月日本ビジネスセンター長として任命されたが、コロナの影響で来日できずに、2022年3月にやっと赴任しました。
日本センターはあくまで支社ですから、本部の政策方針に従って、それを手助けするのがセンターの活動です。なので、本部の事業を実行するため、日本に向けてどういう活動を行うべきかということは日々頭を悩ませているところです。
市井 日本に留学されていますが、日本に興味を持ったきっかけは何でしょうか?
李 おそらく韓国人だけではなくアジア人全般にいえることだと思いますが、日本の文化やコンテンツの中で何が一番好き?と聞かれたら、アニメやマンガと答えると思います。私(52歳)のような世代では、特にそうだと思います。男性だったら「マジンガーZ」。女性なら「キャンディ・キャンディ」のような。私個人としては、永井 豪先生が大好きで、能登半島の輪島朝市にある永井 豪記念館にも行ったことがあります。地方の自治体でそういう記念館をつくるのはいい試みだと思います。
話がそれましたが、わたしはもともとマンガ家志望だったんです。でもマンガというのは絵のテクニックではなくて、ストーリーが大事だと思っていたので、ストーリーを作れるマンガ家を目指すべきだと思って、社会学や文学的なことが学べる日本の大学に進みました。コミケにも参加したりもしましたけど、日本に滞在しながら、実際にマンガ家やアニメーターの方の生活をみて、マンガ家の道は諦めたんです。
市井 それはどうして?
李 マンガ家の生活環境に驚きました。特に外国人が日本でマンガを描きながら生活を維持するのは難しいと感じたからです。
市井 なるほど。それでも、大学を卒業されてから韓国に戻って就職するのではなく、あくまで日本で就職したいと思ったのですか?
李 そうです。勉強だけやって韓国へ帰るのではなく、日本で就職した方が実際の生活を味わえると思って日本で就職先を探して、コンテンツ関連企業をいくつか受けました。その中で、小さい会社ですが何でもやっているという点に魅力を感じて株式会社ブロッコリーに入社しました。契約書を管理する企画管理部に配属されましたが、上司の方が法学部出身で、著作権に関する基本を色々教えてくれまして、映像や書籍関連の契約書を見ながら、著作権について間接的に勉強することができました。コンテンツ企業は業務上残業が非常に多いんですが、ブロッコリーで経験したことは自分にとってコンテンツビジネスの基本になりましたし、当時のスタッフには感謝しています。実質3年にも満たない勤務期間ではありましたが。
市井 そこからKOCCAの前身に入られたきっかけはなんですか?
李 私がブロッコリー社にいたとき、海外への権利ビジネスや商品販売を担当していましたが、企画ができる部署ではなかったので、海外に売るものがないと、私の役割はないなと感じて、もっと企画の仕事や日韓間のコンテンツビジネスがしてみたいと思ったときに、KOCCAの日本事務所があるということを知って、縁があって入社し、今に至ります。
- ◆日本ビジネスセンターの業務について
-
市井 ご経歴についてはよく分かりました。次に、韓国のコンテンツ産業支援システムにおけるKOCCAの位置付けと、日本ビジネスセンターの業務について教えてください。
李 韓国では、韓国コンテンツ振興院といえばコンテンツを支援する政府機関としては最前線で活動していると知られています。ただ一般向けの仕事ではなく、業界向けのためのものなので、一般の方はよく知らない方が多いです。日本ビジネスセンターの業務は基本的には韓国政府の政策にあわせて、韓国コンテンツの日本での展開をサポートすることが主な仕事です。コンテンツジャンルごとに海外向けの事業があって、それをサポートするのが海外にある各センターの仕事です。最近では5月に韓国ウェブトゥーンのピッチングイベントがありましたが、これは本部の漫画ストーリーチームの事業なんです。また11月には新人K-POPアーティストのショーケースを開催する予定ですが、こちらは音楽・ファッション産業チームの事業です。これらの事業は韓国本部の各ジャンルチームの仕事で、センターがお手伝いする形で参加しています。センター独自の事業としては、フォーラムや展示会、交流会など現地のネットワークを生かした事業が主なセンター事業になります。
韓国の好感度調査
- ◆ビフォアー&アフターコロナのコンテンツ市場とは
-
市井 なるほどわかりました。コロナ前とコロナを経ての今を見たときに、何か大きな変化はありますか?
李 一番の変化はデジタルコンテンツ市場が確実に大きくなって、その可能性が証明されたことだと思います。今までコンテンツの取引は対面で行われるのが普通でしたが、非対面のビデオ会議でもできることが分かりました。ただ、アフターコロナでも絶対に疎かにしてはいけないのは、人的ネットワークの構築です。皆さん会社所属の一般の社員ですから、部署異動になるとそういったネットワークは一気に無くなってしまうので、ビデオ会議だけで付き合っているネットワークがきちんと維持できるのかという問題はありますし、いくらオンラインに転向してもオフラインの交流は必要だと思います。
それと、かなり変わったことは、放送コンテンツも昔は放送局を中心に海外進出をしていったのですが、今はコロナの影響で配信が伸びたおかげで制作会社の力も大きくなって、プラットフォームとしては放送局より配信会社が最も重要なプレイヤーになりました。
- ◆東南アジア(発展途上国)で好感度の高い韓国コンテンツ
-
市井 その変化に対する対応は韓国の人たちは早いですよね。次に、日本以外の地域での韓国文化コンテンツの普及状況はいかがですか?
李 韓流に対する好感度の高さは東南アジアが一番なんですが、他にもヨーロッパ、アメリカ、とくに南アメリカの方が好感度は高いです。開発途上国の方が、日本や韓国、アメリカといったその道に洗練されたプロに対して、憧れと好感を持ちます。GDPが高い先進国と言われる国は自分の国の文化が一番という意識が強いですから。アメリカはアメリカ イズ ナンバーワンの国民性ですし、日本だって日本文化が一番だと誇りをもっています。中国にいたっては自国の文化が一番だという意識が異常に強いです。
国によって好まれるコンテンツにも違いがあります。例えば、アメリカやヨーロッパでは、K-POPや韓国のウェブトゥーンが好まれていますが、圧倒的に人気があるのはK-POPです。Netflixで韓国ドラマが配信されてからはアメリカでの普及率も上がりましたが、それ以前には白人、黒人など多様な人種が出演しないと人種差別につながるため、アジア人だけで出演するドラマはアメリカではリメイクはされるもののオリジナル放送はできませんでした。アジア人だけのコンテンツも配信が可能になったのはNetflixのおかげです。Netflix以前は全国ケーブルネットワークを持っている放送局にリメイク権利しか売れませんでしたが、そこは大きな変化だと思います。
VIPO事務局次長 槙田寿文(以下、槙田) 韓国の好感度をはかる調査というのはどれくらいの頻度で行っているんですか?
李 年1回ですね。韓国国際文化交流振興院(KOFICE)が毎年行っています。
槙田 それは全世界的にですか?
李 いいえ。約20カ国で行っています。ただ調査基準が産業ではなくて最も好きな韓国ドラマ・俳優・歌手・ゲーム・キャラクター(アニメ)等を聞く一般向けですから、正直私はそれほど参考にしていません(笑)。好感度が高いといっても消費につながっているかというとそういうわけではないんです。韓流ファンの消費実績でいえば、日本が1000円使うとしたら、東南アジア、特にインドネシアのファンはその倍を韓流コンテンツに使いますが、それが貿易量につながっているかというとそうではないんです。日本では100円で売っているものがインドネシアでは2倍、3倍の価格で売れているんです。単価が高いので、普及率というよりは、数字として消費実績につながっているところはあると思います。
コンテンツの普及によるシナジー効果と国によって分かれる支援策とは
- ◆『トンイ』がGalaxyを救う?!
-
市井 なるほど、ありがとうございます。次の質問ですが、韓国の文化やコンテンツの浸透によって、国のイメージや他産業分野でのシナジー効果は上がったと思うんですが、その効果が分かる具体例はありますか?
李 具体例といいますか、エピソードになりますが昔NHKで『トンイ』というドラマをやっていたときです。当時日本ではiPhoneが強くて、サムスンのギャラクシーが苦戦していたんです。他のアジア圏ではGalaxyはよく売れているのに、日本ではどうして売れないんだろう・・と日本での販売戦略に悩んでいたところ、サムスンの広告代理店が、家電量販店の社長が『トンイ』の主演女優のハン・ヒョジュのファンだということを聞いて、彼女のサイン入りブロマイドをプレゼントしました。そしたら社長が「店頭販売していいよ。」って(笑)。
コンテンツのシナジー効果ってこういうことなんじゃないかなと思います(笑)。
他にもいろいろあると思うんですが、韓国輸出入銀行の調査によると、コンテンツを1億ドル輸出すると、消費財の輸出効果は1.8億ドルで、一つのコンテンツを輸出すれば関連消費財が2つ輸出できるという調査結果がありました。
市井 それはなかなか参考になる調査ですね。
李 コンテンツ投資によるシナジー効果は当然あって、昔は実写化と言えば小説やコミックがソースになって映像化されることを言っていましたが、今は逆パターンも多いです。ドラマや映画がマンガやゲームになったり、ゲームのキャラクターを別のコンテンツ化するような、一つのコンテンツをOSMUを超えてユニバース戦略といって各方面に展開していきます。コンテンツはそういう拡大の仕方が顕著だと思います。
- ◆中国の海賊版問題
-
市井 ではドラマの話ですが、三大市場は「日本」「中華圏」「東南アジア」かと思いますが、各国の嗜好は分かれますか?また国によってKOCCAの支援策に特徴や違いがあったら教えてください。
李 KOCCAとしては特に違いはありません。ただ、東南アジアはすごく配信単価が安いんです。島国が多くてハイビジョン放送が難しいので東南アジアではNetflixは強くなくて、配信でいうとViu(ビュー)というサービスがほとんどです。今は違うかもしれませんが、以前はViuが配信していたコンテンツはHDではなくてSDバージョンでした。データ容量が大きいと料金も高くなって視聴者は嫌がりますから、通信会社も東南アジアでは月定額制ではなくて、容量によってパケットで買うのが主流です。
そういった配信はコンテンツだけではなく通信技術にもつながりますが、とにかく単価はすごく安いです。よって、新作は当然、日本や中華圏中心に優先的に販売されるわけで、東南アジアは後まわしとなって旧作が多いです。
市井 中国へ進出しようとする企業と、日本へ進出しようとする企業への支援には、違いはあるのですか?
李 少し違いはあります。中国は政策がよく変わるので、著作権関係や会計関係の相談がかなり多いです。中国に一度お金が入ると、色々と証拠が必要になって海外に返すのがとても難しくなります。また、類似な別の商品を作って販売して儲けるというコピー問題も深刻です。この場合、中国の会社はコピーしたもので中国国内で先にサービスしているし、これはおたくのモノではないと言い張るので、権利会社は自国と同時にサービスしないとぜんぜん儲からないんです。日本でもそのような被害を受けた会社はたくさんあると思います。法律上どうにもならないことですが、これが配信となると、問題はもっと深刻ですよ。
今、日本でもヒットしている『愛の不時着』ですが、これはNetflixが権利を買いましたから、日本で『愛の不時着』を見るためには、Netflixに加入するしかないんですが、Amazonやヤフオクなどで『愛の不時着』のブルーレイが売られているんです。そのブルーレイは全部偽物です。海外で作った偽物に、日本語の字幕をいれて販売元、発売元も明記せずに堂々と売っています。それで、誰が被害を受けるかといったら、正当に韓国ドラマを輸入している配給業者です。権利をもっているNetflixとしては扱っているコンテンツが膨大なのでほんの一部の被害でしかないので、あまり相手にはしませんが、販売業者はよりよい作品をみつけて、いいパッケージでいい字幕と解説をつけてDVDを制作して販売しているのに、ちっとも儲からない。これの対策は考えないといけません。
市井 VIPOでも今年から海賊版対策事業を始めました。法務の専門家をお呼びして、日本の企業関係者・権利者等を対象にセミナーの開催を予定しています。侵害対策や正規版の流通促進の強化が目的なので、地道に続けていきたいと思っています。
次の質問になりますが、2021年のKOCCAの支援事業をまとめると、各ジャンル別の支援よりコンテンツ産業全般にわたる後方支援が大きいとお見受けしました。そのように支援事業を運用する狙いはなんですか?例えば人材育成などの比率が増えているように見えますが、実際にはどうなんでしょうか?
李 KOCCAの2022年の予算で、ジャンル別でいうと一番大きいのはXRコンテンツなんです。次にゲームで77億円くらい。その次が放送で58億円くらい、漫画が一番少ないです。この予算を機能別に組んだときに、制作支援が約235億円、輸出となる流通支援は約81億円、インフラが約72億円、人材育成が約48億円になります。制作支援は各ジャンル別の制作支援が足されているため一番大きく、後方支援と言えるインフラ、人材育成は、それを合わせても制作支援よりは少ないので、後方支援の方が大きいということはないと思います。
市井 なるほど、分かりました。では、各ジャンル別の支援策を見ると、全体的にバリューチェーンを意識して、企画・制作・流通の段階にそれぞれ支援策が取られていると我々は理解していますが、始めたのはいつ頃ですか?
李 2000年初期から始めましたが、当時は企画、制作、流通を担当するチームがそれぞれ別で支援をしていたので、横のつながりが良くなかったんですが、今は一つのジャンルでチームとなって企画、制作、流通まで全てを担当しています。
例えば以前は漫画ストーリーチームでは企画しかできなくて、アニメチームがその漫画ストーリーをベースに制作されたアニメの制作支援をして、海外事業チームがその輸出を担当していました。各部門でチームの色もばらばらですから、企画、制作、流通という包括的かつ段階的な支援ができなかったんです。ジャンルごとにうまくシステム化されたのはここ最近で、2010年度以後の話です。
豊かな文化的体験と多様なコンテンツを楽しめる環境を
- ◆支援策の根拠となる白書
-
市井 どこのジャンルにどれだけのお金をかけるかについては、白書で国内の売り上げや輸出額を調査して決めているんですよね。
李 はい。もちろんそんなに予算が要らないジャンルでも、画期的なテクノロジーがあれば、当然これはもっと予算を増やすべきだと考えられることもあります。
市井 そうすると日本にマーケットを見込めて、かつ海外にも進出できるような場合は、そこそこ予算も出てくるってことですよね。でも結果をベースに予算が決まるとなると、後追いになりますよね。そこに新しいテクノロジーとかが出てきたら特別に予算を追加投下するよ。みたいな、そういう感じなんですか?
李 はい、そういうことですね。当然人気があるコンテンツに予算は集まりますけど、KOCCAとしては、大きなプロジェクトを支援するわけではないです。大きなプロジェクトには民間企業がちゃんと企画して制作して社会に発信できる体力がありますから、それはそこにお任せして、支援がないと制作しようとしても制作できない会社もありますから、それらを支援します。特にコロナ禍の間は何かを作っても、発表する場もないですし、深刻な状況なので。とはいっても、むやみにお金はあげられませんので、いいモノを制作して、きっちりと発信・発表していくプロジェクトに補助金を出すわけです。
市井 以前韓国でKOCCAの副院長であった金泳徳さんから「K-POPはそれぞれ大きな事務所になっていてサポートができないので、音楽にはあまりサポートしていません」という話を聞きました。白書をベースにしてマーケットの大きさで予算額が決まるということでしたが、民と官の役割の問題で大企業ではない小さな企業を助けようとされているのか、それともマーケットの大小に関係なくサポートされているのか、なにか方針はありますか?
李 はい、サポートに少し差はあります。音楽支援事業については、CD制作支援や録音スタジオを作ることは民間でやるべきもので、国の予算でスタジオを作って安く提供するのは、民間の競争に国が介入することになるので、完全にやめました。かわりに人材育成とか、売れないミュージシャンが発表できる場を提供するなどで最初の何年かはインディーズ系に向けた支援が多かった時期があります。
K-POPは競争が激しいので、オーディションに受からず年を取ってしまう人も多いですけど、KOCCAは会社に対して支援はしても、こうした一般の人への支援はしていないので、彼らを助けることはできません。ただK-POPで言えば、各自治体に「音楽創作所」を設置し、そこで音楽活動に興味がある人を支援することはありました。その他に、国内や海外でライブができる機会を提供するとか、コロナ禍では配信専用のXRスタジオを作ったりしました。
市井 基本的には利益がでなくて、自分たちでは自立できないクリエイターや企業をサポートする。マーケットの規模によって予算は決めてはいても、あくまでの支援の先のそういう方たちへむけてという感じですよね。
李 補助金に関する法律は基本的に中小企業への支援が中心ですが、我々の考えとしては、BTSや『パラサイト』のように海外で有名になったものだけが、韓国のコンテンツだと思われるのは少し惜しいところはあります。大手がマーケットを独占してしまうと産業が多様化にならないし、人それぞれ好むコンテンツが違います。コンテンツの多様化実現が国民の文化的体験を豊かにするというのがKOCCAのモットーだからです。
お金をかけて立派な商用映像を作るのも良いことですが、ドキュメンタリーなども大きな商売にはならないけれども、作品として素晴らしいものが多いです。私はKOCCAはもっとドキュメンタリーのような非人気ジャンルを支援するべきではないかと思っています。そういった多様なコンテンツを楽しめる環境を作るのが、KOCCAの方針でもあります。
- ◆国がつくる評価リポートとファンドの仕組みについて
-
市井 それは、多様性を重視するという点で、フランスの政策方針と、通じるところがありますよね。ところで、韓国は国の金融支援が大きいように見えますが、最近私たちも注目しているんですが、まだ仕組みをよく分かっていません。国がコンテンツ評価制度を作って、そこに対して投資家も含めて色々な人が投資できるフローを作っているというのは理解できますが、国が融資を最終的に保証するというのは、ある意味リスクを取っているということになりませんか? そういうことを実際やられているのか、やっているとすれば、どうやって選んでいるのか、ということをお聞かせください。
李 はい。昔は文化コンテンツに関して国からシードマネーを出してファンドを作りましたが、失敗に終わりました。国が10、民間が90出して、100のお金で運用しようとしたら、90を出しているファンド会社は投資に対してネガティブになりました。要するに、企業が集まらなかったわけです。結局、国の方針ですからやむを得ず出資はするんですが、はっきりした保証がないと控えるのは当然なわけです。となると、有名な監督や俳優で製作される映画に投資が偏ってしまって、うまく運用できずにファンドはやめました。その後にコンテンツ価値評価制度を作ったわけです。依頼があれば専門家たちが時間をかけて調査と審査をしてしっかりとしたレポートを作ります。この制度では、コンテンツだけではなく、企画・開発をする会社の財務能力、労務など全部を総合的に評価します。保証期間は6か月にしています。そのレポートをベースに金融関係を回って、融資や投資をお願いするわけです。このリポートが価値評価制度の支援軸の一つになります。
また、業務提携を結んでいる保証基金や融資会社がありますが、そこが一番優先に検討することになりますけどKOCCAで評価Aなので出資してくださいとは言えません。良いアイディアで企画を作っているゲームやIT関連のゲームだとエンジェル投資は多くあります。それが伝統的なコンテンツ、アニメやコミックとなると、アイディアは良くても、ちゃんと制作できるの?という不安が先にたって、投資が集まらなかったりするんですが、それを手助けするための制度がコンテンツ価値評価制度なんです。さっきもお話した通り、アイディアだけではなくて、企画開発をしている会社の財務能力やスタッフ、全部含めて評価していますので、それで判断してくださいということです。
市井 その判断は結局、投資家ですよね。そのためのレポートだと思いますが、それに対して国、もしくはKOCCAさんが何かしらの保証はしているんですか?
李 それはやっていません。コンテンツに関する投資はファンドや金融機関がやってますが、彼らはBTSとかグローバル的な人気のあるものしか見ないんです。でも人気のあるものに投資をしても、配当は少ないですから、次なる金になる木を見つけたいわけです。それを我々が手助けはしますが、ただし、投資を決めるのは彼ら自身ということです。実際この制度を作ってから投資は増えたと思います。
金融チームで投資・融資のためコンテンツのピッチング・イベントを行っていますが、そのピッチングに参加するコンテンツは増えているので、当然ながら実績も増えていると思います。例えばEXOというアイドルグループのIPを活用したモバイルゲームを作った会社は、小さな会社ですが、東南アジアを中心に売り出す予定です、というピッチングで出資を集って、成功しました。
市井 それは、アイドルグループから派生したコンテンツだから、ゼロから生み出すものより、投資する人もわかりやすいですよね。
槙田 評価レポートに関してですが、IPホルダーが投資家なりファンドに持っていくと、そのレポートをベースにできるだけ好意的な判断をしてくれるように依頼している金融機関がいくつかあるということですか?
李 そうです。政府系ではなく、民間の金融機関ですが。
槙田 その民間の金融機関は、投資自体は完全にオウンリスクでやってるわけですね。彼らとしても自分たちでは評価軸を作れないから、第三者機関に意見を聞けば少しは判断に役に立つということで、評価レポートを使ってらっしゃるということですよね。使い始めるときに、金融機関とKOCCAの間で何か取り決めはしたのですか?
李 はい。業務提携を結んでいます。
コンテンツ関連のファンドの恩恵を受けた金融機関が多いので、そういうところにコンテンツに投資する際に、新しいやり方でやりますので協力してくださいとお願いしています。そのかわりに、KOCCAがしっかりと評価レポートを出している会社があれば、それを優先的に検討しますということになりました。業務提携を結んでいる金融機関の数としては、4つくらいあります。
市井 わかりました。続いて、マザーファンドの運営におけるKOCCAやKOFICの役割についてお伺いしたいのですが、これは今の話とリンクしますかね?
李 文化体育観光部の予算でマザーファンドを組んでいて、そこにKOFIC関連の予算があります。KOCCAも以前ファンドを運用したことがありますが、現在はファンド運用より、コンテンツに関する価値評価と民間ファンドと連携しコンテンツ活性化のための協力に力を入れています。そういった業務は主にコンテンツ金融支援団で行っています。コンテンツ価値評価報告書をもって融資を行うベンチャーキャピタルは、コンテンツ用に別のファウンドを設けているので、そこから融資が得られるように、KOCCAの報告書を活用するという仕組みになっています。
しかし、KOFICは直接管理しています。KOFICにはコンテンツ評価価値制度がありません。かわりに毎年、映画の収益報告書を出していて、それを映画への投資ができる根拠にしています。KOFICは以前映画チケットに一部入っていた映画振興運用基金を集めて基金として使っていたので、そのファンドが作られたわけです。KOCCAは100パーセント国の税金ですから、そういった基金が無いためファンドが作れません。
市井 設立の背景から見るとKOCCAとKOFICは全く違いますが、その2つが将来一緒になる可能性はないのですか?
李 当然、可能性はありますが、なかなか難しいと思います。なぜなら、映画産業は無くならないと思いますが、今は映画とテレビの区別が無くなってきていて、映像コンテンツとしてまとめられる傾向があるからです。実際に、KOCCAの放送本部の支援事業の一つである「ドキュメンタリー」政策支援に多くの映画会社が申請をしています。ただ、KOCCAは放送映像制作会社として、文化体育観光部に放送映像制作会社登録をしていないと支援ができませんので、登録を促しています。それでも映画は映画で、ドラマはドラマ、ドキュメンタリーはドキュメンタリーのようにジャンルは変わらないのが現状です。ジャンルが融合されない以上、支援機関を統合してもまともな支援ができませんし、組織を統合してもジャンル毎に細分化された支援策を実行するのが難しいので組織を統合するのは業界も反対しているかもしれません。
槙田 文化体育観光部に業種として登録するというお話がありましたが、各コンテンツのジャンルがこういう事業をやっていますという登録をするんですか?
李 はい。そうです。国の補助金をもらうためには、ちゃんと登録してくださいと。
変な業種の会社が国の補助金をもらえないようにしないと結局税金の無駄遣いに繋がりますし、いいコンテンツも作れません。また補助金をもらう会社は国が決めた標準契約書を使用する義務があります。基本は人権保護がメインの内容です。コンテンツの制作現場は安い給料で就労している人も多いですし、劣悪な労働環境による自殺問題も結構あったので、それを防止するために作ったのが標準契約書です。国からお金をもらう以上、この契約書にそってちゃんとやってくださいねということです。補助金を出す側も契約書を守っているかをチェックし、価値評価などに反映しています。
- ◆海外ロケ誘致におけるKOCCAの立場
-
槙田 海外からのロケ誘致では、KOFICが観光発展基金を使って運用していると理解していますが、例えばApple TV+の『Pachinko パチンコ』は韓国でロケをしていますよね。あれはテレビドラマですが、KOCCAでもそういった海外ドラマの誘致に関して何らかのイニシアチブを取ってらっしゃるんですか?
李 それはありません。KOCCAは観光とは関係がないので、観光基金を使うことはありませんし、海外のドラマの誘致に力はいれません。あくまで国内の制作会社支援に力を入れるわけですが、一つ例をあげると、『イカゲーム』はNetflixオリジナルの企画ですが、制作したのは韓国の小さな制作会社だったので、KOCCAのスタジオで撮影しました。その小さな会社は放送映像制作会社として登録があったので、スタジオを使うとき割引がありました。アメリカのコンテンツであっても、韓国の制作会社が作っているのであれば、利用料の割引する政策はありますが、海外の作品を誘致することに対する優遇や支援策はありません。あくまで国内の制作会社への支援になります。
槙田 そのスタジオ使用料の割引というのは、海外の作品だから得られているんですか?
李 それは関係ありません。韓国の制作会社であるから受けられるものです。ちなみにKOCCAは300坪~1000坪規模の大きい室内スタジオ4つを含む6つのスタジオを持っていますが、韓国には以前1000坪の室内スタジオはありませんでした。最近になってCJさんが、大きなスタジオをオープンさせましたけど。
槙田 KOCCAさんが作ったスタジオと民間が作ったスタジオで競合にはならないですか?民業圧迫になったりはしませんか?
李 音楽スタジオではそういう弊害がありましたから、KOCCAは手をひきましたが、映像スタジオについては民間でなかったので、KOCCAが作りました。
槙田 では、CJさんが後発なんですね。
李 はい。そうです。
市井 それ以外の作品はKOCCAのスタジオで作られることが多いんですか?
李 うちは室内スタジオなので、セットを組んで撮影したいという作品が多いです。
市井 なるほど。独立した小さな制作会社でも、KOCCAの大きなスタジオを借りて制作することが可能ということですね。
李 さっきの『イカゲーム』の話に戻りますが、『イカゲーム』を作った会社はもともと映画会社でしたが、社長1人、プロデューサー1人の2人だけの会社だったんですよ。それで作品のプロジェクトごとにスタッフを集めて制作しているんです。フリーでやっている方が多いですから、そこで、スタッフを保護するために、さっきの標準契約書が必要になってくるわけです。
市井 そこには、パワハラ、セクハラに関することも含まれているわけですね。
李 もちろん、含まれています。それを防ぐための標準契約書です。
市井 標準契約書は100%結ばれていると考えていいですか?
李 補助金をもらう作品に対してはそうです。補助金をもらう必要のない大手の作品に関しては結んでいるかはわかりません。
市井 その標準契約書が業界内の基準として当たり前になっているというわけではないんですね。
李 標準契約書を使う会社もありますよ。小さな会社だと契約書を用意するのすら難しいところもありますから、うちの契約書が雛形として使用されることはあります。
市井 制作費や賃金の話ですが、標準契約書を整えれば整えるほど、制作費はあがるんじゃないんですか?
李 それは制作会社とキャスト、スタッフとの約束ですから、うちが金額を決めるわけではありません。あくまで人権保護のための契約書ですから。ただ制作システムがアメリカ寄りにはなっているので制作費はあがっているのが現状だと思います。
槙田 ブラックだったところが、その標準契約書のおかげでコストが正されて、結果、制作費が上がったということはありますよね。日本でも似たような動きがあって、制作費が高くなるとそれによって制作できる作品も減ってしまうし、スタッフの数も絞られてしまう。となると、業界にいられなくなっていい人材がいなくなってしまう・・という結構大きな問題にはなっています。
市井 いろいろ議論はでていますが、制作費と賃金のバランスの問題は難しいですね。
槙田 日本での映像産業界においては、韓国は完全に先進事例ということになっていて、ポジティブな面とネガティブな面も含めて、お手本にしたいわけですけど、その参考となる定量的かつ定性的なレポートがないので
「だから日本はこうしたほうがいい」
という議論になかなかなっていかないところはありますよね。
日本で今後強化していきたいこと
- ◆プロモーションとイベントの企画
-
市井 確かにそうですね。逆にKOCCAさんが日本において今後強化していきたいことは何だと考えていますか?
李 これはどちらかというと日本センターの活動ですが、韓国のものを日本に紹介するのが基本的な仕事ですが、韓国コンテンツを導入している日本のバイヤーさんとの二人三脚で一緒にプロモーション活動を行っていくというのは、これからもKOCCAが強化していきたいことです。ただKOCCAがお金を出すだけではなくてね。
駐日韓国文化院さんと一緒にYoutubeで『古家正亨の韓流研究所』というチャンネルを開いて韓国のドラマや映画を紹介する映像を作っています。その映像制作の費用はKOCCAと駐日韓国文化院が一緒に出しています。あとは韓流ファンはいるんだけども、日本の地方で韓国ドラマが普及していなかったり、CS放送がない所には、なかなか韓流関係のイベントをやっていないので、小さくてもイベントを企画したりとか、地味な活動ではありますけど、そういうことをやっていこうとはしています。今はコロナで活動ができていませんが。
韓国コンテンツを扱っている会社が儲からないと、次の作品を買える力が無くなってしまうので、手助けをすることに優先を置いています。
- ◆日本と韓国が互いに学び・成長しあえる関係に。
-
李 また、日本や韓国の片方だけが成長しても、日本センターの活動においては、意味がないので、一番近い国として、お互いに学ぶべき点は学んでお互いの成長につなげたいです。例えば話にでているコンテンツ価値評価制度や完成保証制度等は日本ではまだ整っていないので、日韓共同でセミナーを実施したりして、日本の業界の方に知らせることも大切だと思っています。
以前、韓国では日本の専門家を招いて、日本の先進的な制作や法律関係を教えてもらうセミナーを行っていました。そういったことも今後したらいいと思います。それは、経産省の主導でもVIPO主導でも構わないんですが、日韓共同協業のために、お互いが分け合えるようなフォーラムをやっていくべきだと思います。
市井 なるほど、承知いたしました。私たちも微力ながら何かできると思いますので、企画したいですね。
- ◆VIPOとKOCCA共催のフォーラムの実現を。
-
李 はい。VIPOと共同で、大きなイベントをやりたいなとは思っています。VIPOとは設立初期からとても仲良くさせていただいていて、当時は文化コンテンツ振興院と映像産業振興院がVIPOと業務提携を結んでいました。定期的なフォーラムも開催していましたけど、今は協力してできるイベントが少なくなっているように思います。コロナがあけたら、本格的に考えましょう。
市井 ぜひ。
李 日本センターが入居しているコリアセンターには300席規模のホールがあるので、そこを利用して、VIPOさんとKOCCAの共同主催で何かやることもできますね。文化交流のためのイベントであれば、KOCCAが申請して使えますから。例えば日韓の若手監督を呼んで、自国の映像制作の制度についてどう考えているかというライトな線でもいいですし、コンテンツ価値評価制度といった重めのテーマでもよいかと思います。
槙田 なにかフォーラムを企画しましょうといったときに、監督を呼んで映画製作に関する話だとジャンルが映画になってしまいますが、日韓文化交流といった観点では。そこは大丈夫ですか?
李 文化交流のためのフォーラムだとコンテンツであればジャンルは問いません。また韓国文化院は東京国際映画祭にあわせて、「コリアン・シネマ・ウィーク」を開催しています。文化交流は韓国文化院の仕事でもありますので、その主催にKOCCAと韓国文化院を入れればいいんです(笑)。
まずは、対面でお互いのアイディアを出しあう機会があるといいですね。
今回はこうしたインタビューでお話ができて良かったですが、今後もお互いなんでも相談できるような環境があるといいと思います。
市井 そうですね。具体的にどういった切り口で行うのが良いのか、お互いにWin-Winになるような企画は考えないといけないですね。
李 はい。以前はそういった企画もKOCCAの予算でこちらからVIPOにお願いしてやっていたわけですが、これからはお互いの求めるものをうまくマッチングしてやるべきですよね。日本の業界に役に立つ何かをやるのであればKOCCAも手助けしますし、日本や韓国の良いところばかりではなく、意味のある役立つセミナーをやっていかないといけないと思います。そのためには当然、韓国に関して本当に知りたいことは何かをしっかり見極め、多様な方々を連れて説明できるような場を設定することが必要です。
市井 私たち日本にとってプラスになる企画というのはいくつかあると思いますが、KOCCAさん側にもプラスにならないといけないので、その切り口を考えるのは簡単なことではないですが、せっかくですので、ぜひ実現にむけて考えていきたいですね。これからもどうぞよろしくお願いいたします。今日はどうもありがとうございました。
- 李 咏勲 LEE, Younghoon
- KOCCA(韓国コンテンツ振興院)日本ビジネスセンター センター長
- ソウル出身。1994年来日、2001年一橋大学社会学部卒、同年株式会社ブロッコリーに入社。
2003年、韓国文化コンテンツ振興院日本事務所(現、韓国コンテンツ振興院日本ビジネスセンター)に転職。フォーラム、プロジェクトピッチング、ビジネスマッチング、ビジネス研修など日韓コンテンツビジネスに携わる。
2014年所長(現、センター長)に就任、
2016年に帰国し韓国コンテンツ振興院本院へ戻ると、海外事業団に所属しながら海外コンテンツビジネス業務を担当。
2018年放送流通チーム長(放送コンテンツ海外展開担当)、
2020年放送産業チーム長(放送コンテンツ制作・スタジオ施設担当)を経て、
2021年再び日本ビジネスセンター長に就任、現在に至る。
関連インタビュー
新着のインタビュー記事はメールニュースでご案内しています。
よろしければ、こちらよりご登録ください。