VIPO

インタビュー

2017.10.23


期待の日本人若手映画監督 福永壮志が長編映画デビュー前、デビュー後に世界で学んだこと

世界で活動し続けるために、これからの映画監督や脚本家、プロデューサーは、どのようにアプローチをしていけばいいのか? その方法、必要なこと、知るべき仕組み、取り組み方など、より実践的な内容を、「ベルリン国際映画祭」のパノラマ部門に正式出品された『リベリアの白い血』で、数々の賞を獲得した福永壮志監督にVIPO事務局次長の槙田寿文がインタビューしました。

(以下、敬称略)

世界が注目している日本映画界!
世界で評価される作品を撮るのに必要なこととは?

 

アメリカで長編作品に着手するまで

日本からアメリカへ。芸術に感銘を受けて


VIPO
槙田  まずは、『リベリアの白い血』のロングラン上映おめでとうございます。8月から、2ヶ月以上公開されたのはすごいことだと思います。
私が拝見させていただいた日も満席でした。迫力と緊張感が伝わってくる作品で、長編映画デビュー作として堂々たる作品だったと思います。現在、地方で上映されていますが、11月には東京での再映も決まったようですね。

さて今日は福永監督が、海外で長編デビューに至るまでの道のりをお伺いし、海外を目指す若手の映像作家やプロデューサーの方たちへ出来る限り秘訣やノウハウを共有できればと思っています。

監督の簡単な経歴を教えていただいてもよろしいですか?

福永  北海道出身ですが、高校を卒業するときに、アメリカへ行きたいと思い立ったのが始まりです。それは映画をやりたいということではなく、視野を広げたい、違う文化に触れたいという思いでした。多民族国家のアメリカなら、いろいろな国の人と触れ合えると思い、アメリカ行きを決めましたが、いきなり英語の授業を受けられるほどの語学力がなかったので、まずは秋田県にある英語学校(国際教養大学の前身)を経由して 、その学校と提携していたミネソタ州の大学に行きました。その大学で一般教養を2年間勉強する中で、興味があった写真やビデオやアートなどを選択授業で学びました。
そこで同じクラスのアメリカ人の学生達が、すごく自由に自信をもって表現していたのを見て、芸術というのはこんなに自由に取り組んでいいものなんだと感銘を受けました。そして、自分もずっと好きだった映画の勉強をしてみようと思い、2005年にニューヨークに移りました。

ニューヨークでは、ニューヨーク市立大学ブルックリン校の映画学部に行き、在学中に撮った短編映画で、ナショナル・ボード・オブ・レビュー(米国映画批評会議。1909年創設の非営利団体)から学生賞をいただきました。

槙田  映画の大学に入られた頃は、すでに映画監督になろうと考えていたのですか?

福永  いいえ、その頃はまだ映画制作のこと自体よくわからなかったので、自分が監督に向いているのかどうかも分かりませんでしたし、「まずは知ろう」という気持ちでした。そこで色々と勉強した後で、撮った短編作品を評価していただいたというのは大きな自信にもなりました。

槙田  この短編はどのようなテーマで、どのくらいの規模の作品だったのですか?

福永  長さは8分程度で、内容は、「主人公にしか見えない穴が空にある」というところから始まるストーリーでした。スタッフは、基本的には僕とカメラマンとサウンドの3人。夏休み中に撮った映画だったので、インディーもいいところでした。制作費も1,000ドルくらいだったと思います。

 

制作会社勤務からフリーランスへ。アメリカで働けた理由


福永  卒業後、2007年からアメリカの制作会社で2年ぐらい働きました。そこでは撮影から編集まで何でもやりました。WEB系が多かったですが、CMやMV、ドキュメンタリーも撮ったりしていました。

槙田  この会社に入ったきっかけは、学生時代に賞をもらったことが大きかったのでしょうか? また、ワーキングビザはどうされたのですか?

福永  賞も助けにはなったとは思いますが、知人からの紹介で入社しました。ビザに関しては、学校卒業後に取得できる、OPTという1年間のビザを取り、その後はアーティストビザに切り替えました。学校を卒業してから1年じゃ足りないなと思っていたので、事前にアーティストビザを申請するために必要な書類などを少しずつ集めていました。

槙田  ビザの問題は米国で働く際の大きな要素ですが、そこは計画性が必要ということですね。制作会社での2年間は、勉強になりましたか?

福永  はい。大きな会社だと、1つのプロセスを請け負う部署が決まっていると思いますが、すごく小さな会社だったので、何でもやりました。そのおかげで、制作のいろいろな局面や、全体のプロセスを直に見ることができました。

槙田  2009年からはフリーランスで主に編集をやられていたということですが、フリーランスになったのはなぜですか?

福永  会社にいると会社のことばかりになってしまうので、自分の作品を作るためにフリーランスの道を選びました。最初は安定せずに大変でした。

フリーランスになる前の5~6週間、マンハッタンにある「エディットセンター」という有名な編集専門の学校に通いました。そこは講師がプロの編集者で、技術だけではなく、編集のプロとして仕事をしていくためのノウハウやキャリアの積み方を教えてくれる場所でした。そこで勉強したことはとても役立ちました。

槙田  そこは希望すれば誰でも入れる学校なのですか?

福永  はい。専門学校扱いなので、社会人で映像初心者の人や編集技術を磨きたい経験者など・・・生徒のレベルはバラバラでした。1クラスの生徒はだいたい20~30人くらい、授業料は当時で5,000ドルくらいだったと思います。

 

先のヴィジョンをしっかり見極めることが次へのステップに


槙田  編集を勉強している方はたくさんいらっしゃると思いますが、編集のプロとして生き残っていくためには何が必要なのでしょうか?

福永  技術はもちろん必要ですが、一番必要なものは人脈だと思います。あとは、自分の中で優先順位を決めて選んでいくことが大切だと思います。編集と言ってもテレビ番組の編集をめざすのか、クリエイティブなドキュメンタリーやフィクション映画の編集をめざすのかで求められるものが全く違ってくるからです。

自分のやりたい種類の仕事には、どんな能力が求められているのかということを理解して、 その仕事に向けて自分の能力を磨くことが重要です。報酬だけで仕事を選ぶのではなく、 自分のカラーが出せるものを選んで、作品を積み重ねて行くということも大切だと思います。

槙田  福永監督の目めざしていたヴィジョンやキャリアプランを教えてください。

福永  厳密に考えていたわけではありませんが、自分にとっての編集は、“監督になるための編集”で、 編集マンでずっとやっていこうとは考えていませんでした。編集なら監督にも生かされると思いました。
“自分の映画を撮る”ということが一番大きなゴールだったので、編集としても、短編映画など作品として良さそうなものであれば報酬に関係なく、できるだけやりました。

フリーで、単発の仕事だけでは厳しいこともあるので、ある程度定期的な仕事を持つことで安定して、報酬が少ないクリエイティブなプロジェクトにも取り組む余裕ができるということもあると思います。僕の場合も、ある時期からニュースの編集を週2~3回するようになり、生活はそれでまかなえたので、残りの時間は、良い作品に編集として関わったり、自分の作品に取り組んだりしました。そういった時間で、MV(ミュージックビデオ)の監督をしたり、アメリカ人のクリエイティブパートナーと短編映画を撮ったりもしていました。そのバランスがすごく良かったので、その生活を3年くらい続けました。

槙田  その期間には商業映画の編集にも関わられましたか?

福永  ドキュメンタリーはやりましたけど、フィクションはやっていません。フィクションの編集は大きい人について、アシスタントから始めるようなシステムや、インディーの作品に関わって評価されてステップアップしてからやるような形がありますが、それが僕のゴールではなかったので、やりませんでした。

槙田  方向性が明確ですね。監督になりたいと強く意識したのはいつですか?

福永  “監督になりたい“というか、映画を撮らなくてはと強く思ったのは、だいたい2011年の終わり頃です。生活は安定してきたけれど、このままでは長編映画は作れない。「映画を作るためにニューヨークに来たはずなのに、長編映画を撮るということから離れているな」と、ハッと気がつき、「今やらなくては一生つくれないかもしれない」と取り組み始めたのがこの映画『リベリアの白い血』です。それが2012年のはじめ頃で、3年後の2015年2月に映画を完成させました。

 

映画『リベリアの白い血』はどのように作られた?


海外で映画を作るために絶対に必要なものとは

槙田  『リベリアの白い血』で、このテーマを選んだ理由や制作体制をどう作っていったのかなどを教えてください。

福永  僕にはずっと一緒にやっている、ドナリ・ブラクストン(Donari Braxton)というクリエイティブパートナーがいます。本来彼は脚本・監督ですが、いつもお互いのプロジェクトを助けあっています。今回の作品では彼は共同脚本とプロデューサーをしているのですが、最初に彼とこの映画の話をして、テーマを一緒に決めました。

槙田  その方とはどこで知り合ったのですか?

福永  彼は僕が学生時代にバイトしていたカフェによく来るお客さんでした。そのカフェで、僕の学生時代の短編映画の上映会を開いた時に、作品をすごく気に入ってくれて、いつか一緒に何か撮ろうという話になったのがきっかけです。

槙田  ニューヨークだと、そのように人脈が広がっていくことも多いのですか?

福永  ニューヨークにいても、日本人といることが多い人もいますし、自然とできるものではないと思います。ただ、海外で映画を撮るうえで、そういう頼れるパートナーは絶対に必要だと思います。特にインディー映画の制作は、普通の仕事以上に時間や労力もかかるので、 一緒にプロジェクトに飛び込んでくれる仲間がいないと成立しないものです。ただお金を払って雇う人ではなく、信頼できる相手が現地で絶対に必要になります。僕も、ドナリがいなかったらこの映画は作れていなかったと思います。

槙田  パートナーのドナリさんとは、この映画をどのように作ってきたのですか?

福永  ひたすら取材やリサーチをして脚本を書いて、英語で書いた第一稿をドナリに見てもらい、フィードバックをもらって、書き直すということを繰り返しました。他にも、信頼をおける何人かに見てもらいました。途中からは、ドナリも参加して共同で書き上げました。テーマにリベリアを選んだのは、ドキュメンタリー映画(『リベリアの白い血』の撮影監督である村上涼氏のドキュメンタリー作品)で関わったことが理由の一つだと思います。

 


国ごとで資金の集め方が変わってくる

槙田  資金集めはどのようにしましたか?

福永  この映画には、有名な俳優が出ているわけではないので、伝統的な資金集めのルートはまず使えませんでした。自分の貯金も使いましたが、一番大きかったのは、“投資家”というよりも“支援者”と呼べるアメリカ人の方と縁があったことです。彼が半分くらい出資してくれて、あとはクラウドファンディングと、リベリア政府からも援助してもらうことができました。


槙田  クラウドファンディングでは想定通りに集まったのですか?

福永  そうですね。直接メディアに掛け合って出してもらうなど、かなり一生懸命やって、今回は250人くらいの方から支援していただきました。昨今、アメリカのインディーズ映画では、資金集めの一手段としてクラウドファインディングで資金を集めることがよくあり、そこから大きく成功している作品もたくさんあります。

槙田  ニューヨーク州としての公的な支援金などに関してはいかがですか?

福永  多少はありますが、競争率も高いです。アメリカはアートに関する助成金がものすごく少ないです。ヨーロッパ、カナダは多いですが。

槙田  『リベリアの白い血』で、ヨーロッパでファンディングしようというお話はなかったのですか?

福永  ヨーロッパのファンディングのことは当時、何も知らなかったです。そのことを知りだしたのは2016年暮れにカンヌのレジデンシーに参加してからです。周りのアメリカ人の映画監督も、ヨーロッパを巻きこんで何かやろうとしている人はいませんでした。実際、アメリカのプロジェクトで、ヨーロッパの助成金を利用してやっているものはほとんどないと思います。

ヨーロッパのプロデューサーが、アメリカのプロデューサーに資金集めの方法を聞く時、アメリカのプロデューサーは「お金持ちを見つけることだよ」とよくジョーク交じりに言うらしいですが、これは半分ジョークじゃなくて、実際そうなんですよね。理解のある支援者や、資金力のあるプロダクションを見つけるとか、有名な俳優を出演させて投資してくれる人を探すとか、プライベートであれ、企業であれ、基本的にインベスターで成り立たせているものがほとんどのようです。

ヨーロッパなら、監督がヨーロッパ人、あるいは作品の国籍がヨーロッパであるなら、その国だけではなく、国際共同製作協定を結んでいる隣国からも集めることができ、ほぼ助成金や、タックスインセンティブで集まるケースが多いようです。そういった選択肢があるのは羨ましく思います。

 

つなぎ役を担えるプロデューサーを期待

槙田  他に海外で映画を撮るうえで、必要だと思うことはありますか? 

福永  バイリンガルで、海外とのつながりをきちんと持っているプロデューサーですね。 僕が知らないだけかもしれませんが、そういった人はあまりいないように思います。僕の次回作のプロデューサーの一人のエリック・ニアリは、日本語も話せる、ニューヨークが拠点のアメリカ人です。最近では坂本龍一さんのドキュメンタリー映画をプロデュースしました。日本映画界とのつながりが強く、ヨーロッパや映画祭関連の知り合いも多い、稀有な存在だと思います。
日本側のプロデューサーの井野英隆さんも意識が海外に向いていて、良い作品を作るということを第一に考えながら、制作を共にしてくれています。

槙田  日本人がプロデューサーとしてニューヨークで生き残っていくためには何が必要でしょうか?

福永  絶対的な英語力、コミュニケーション能力だと思います。日本人は細かいところまで気がききますし、製作進行等で引けを取ることはないのではないかと思いますが、現地でネットワークを広げ、様々な人たちとの信頼関係を築くことが必要だと思います。

個人的な意見ですが、才能のある監督は日本にたくさんいると思います。でも、英語が話せて、海外でしっかりした繋がりがあり、日本作品を海外に向けて発信できる人、つまり、日本と海外をつなげる人が少ないように感じます。

槙田  日本の省庁でも、そこはどうにかしたいと思って取り組んでいるところです。

福永  経産省のプロデューサー派遣留学制度はものすごくいいプログラムだと思うので、海外の製作会社や、映画人と密につながりが持てる機会を与えるなど、滞在期間がもっと実りのある内容にするべきだと思います。異国の地で、色んな刺激を受けながら脚本を書くことも素晴らしいことですが、日本に帰っても続くようなつながりを持って帰ってこそ、次に活かされるのではないかと思います。

 

海外でうけられる支援や育成プログラムの仕組みを知る


海外での人脈づくりや資金集めの手段のひとつに

槙田  2016年に「カンヌ国際映画祭」が主催する「シネフォンダシオン・レジデンス」のプログラムに世界から選ばれた6人の内の1人として参加されていますが、これは、具体的にどのようなシステムなのでしょうか?

福永  このプログラムは4か月半、僕を含めた6人をアパートで共同生活をさせて脚本に取り組ませるというものです。生活費や映画館のフリーパスも支給され、定期的なミーティングでプロデューサーなどと知り合うきっかけを作ってくれたりしました。でも、脚本を書くということに対しての支援はありませんでした。

秋セッションと春セッションがあって、僕の参加した秋セッションでは、オランダの「ロッテルダム国際映画祭」の「シネマート」のプロジェクト企画展に参加できました。そこで多くのプロデューサーや配給の人と会うことができました。春セッションでは「ロカルノ国際映画祭」や、パリの「コープロダクション・ヴィレッジ」に参加します。両セッション共、カンヌ映画祭で企画のピッチも行います。

槙田  この6人は応募をして選ばれるのですか?

福永  短編映画をカンヌで上映しているなど、つながりがある人は申請を勧められることもあるようですが、僕の場合は「シネフォンダシオン・レジデンス」のことを知っていたので、自分で申請しました。2015年は通らず、翌年再度チャレンジして通りました。この1年間にいろいろな賞をもらったので、それが大きかったのかもしれません。

槙田  今、そこで知り合ったプロデューサーの方と2本目を準備中と聞きましたが?

福永  はい。カンヌ映画祭でのピッチ後に知り合った会社を通して、フランスの助成金を申請しています。申請が通れば最大16万ユーロ(約2,112万円、1ユーロ=132円換算)くらいの助成金が出ます。その制度では、助成金の約半分をフランスで使うか、もしくはフランスから来ているクルーに使ってフランスに還元する必要があるのですが、半分は自由に使うことができます。ですから、ポストプロダクションをフランスでやる人が多いようです。

槙田  その助成金が下りると2作目はかなり展望が開けるという感じでしょうか?

福永  資金集めには弾みがつきますね。文化庁の国際共同製作の助成金にも申請する予定です。あと、つい最近「エルサレム・インターナショナル・フィルム・ラボ」(エルサレム国際映画祭の脚本ラボ)に通りまして、12月と3月に1週間ずつエルサレムでみっちり脚本の指導を受けることができます。そして7月には「エルサレム国際映画祭」で次回作のプレゼンテーションをします。その評価が良ければ、賞金が与えられたり、資金調達に繋がるパートナーが見つかる可能性もあります。

アメリカではダントツで「サンダンス映画祭」の脚本ラボが有名ですが、ヨーロッパで有名なのは、イタリアの「トリノ映画祭」のラボと「エルサレム国際映画祭」のラボのようです。僕は脚本をしっかり勉強をしてきたわけではないので、経験のある脚本家についてしっかり教わるのは長い目で見ても、とてもいい経験になると思います。

 

これから海外をめざす監督が意識すべきこと

独り歩きしてくれる作品を作る

槙田  日本の映画界として、海外で活躍する若手のプロデューサーや若手の監督を育てていくにはどうしたらいいでしょうか?

福永  それは、どういう作家を育てるのか、どのような作品をつくるのかによってかなり違うと思いますが、海外で通用する商業映画の制作を目指すのであれば、アメリカは無視できないと思うので、アメリカの映画産業のシステムを学ぶことはとても身になると思います。映画祭向きの芸術嗜好の作品でしたら、何よりも良い作品を作るということだと思いますが、やはりヨーロッパの映画祭の権威が強いので、ヨーロッパのパートナーを企画や制作の段階で巻き込み、一緒に作品を作りこむというのも、海外にきちんと伝わる作品作りをするにはとても効果的な手段だと思います。

僕の場合は、「IFP」というニューヨークの自主映画の支援団体が開く、初長編映画が対象のラボに通った後に道が開けました。「ベルリン国際映画祭」に出品できたのは、パノラマ部門のキュレーターが、「IFP」のラボで選ばれる作品を毎年チェックしていて、僕の作品を事前に知っていてくれたので、申請したときに、優先的にみてくれたということがあったようです。

有名なラボやレジデンシーの参加者とその作品は、様々な映画業界の人たちから常に注目されているので、ツテがない人やこれからの新人には一気にチャンスが広がる場所だと思いますし、思い切ってどんどん申請するべきだと思います。ただ、申請するには、英語が絶対的に必要です。それが全てではないとは思いますが、もしそのプログラムに入らなくても、映画祭に行ってネットワークを広げるときに、自分でコミュニケーションが取れるのは強みになると思います。自分で作ったつながりは、色々な場面で次のチャンスになっていくと思います。

槙田  プロデューサーをめざす人に対してはいかがですか?

福永  プロジェクトマーケットに英語の企画書を申請して、「ロッテルダム国際映画祭」の「シネマート」なりに行って、海外のパートナーとちゃんと話を進められるような動きができると心強いですよね。

ギリシャのヨルゴス・ランティモスという監督は、 『ロブスター』という映画でいわゆるハリウッドデビューしたのですが、『ロブスター』で「シネマート」に参加していたらしいです。そういった世界に注目される監督の大作でさえも「シネマート」から企画を発展させていったというくらいのマーケットですので、大きなチャンスに繋がる可能性は大きいと思います。

日本は国内マーケットのサイズが十分なために、韓国のように外に向いた作品が少ないように思います。日本では動員を見込める有名な俳優さんでも、一歩海外に出てしまうと、誰も知らないということも多々ありますよね。ですから、作品としてクオリティが高いものを作るという意識が必要だと思います。その作品に力があれば、海外を意識しているかどうかは問題ではなく、作品は独り歩きしてくれるものですし、海外映画祭でも、日本の映画に対する興味関心はとても高いと思います。

槙田  世界のプロデューサーは日本の映画に対する興味はあるということですか?

福永  あると思います。世界のどこへ行っても歴史上の監督で誰が好きかと聞くと、黒澤監督、溝口監督、小津監督を挙げる人が今でも多いですし、現代の良い日本映画を常に求めている映画人や、オーディエンスは世界中にたくさんいると思います。でも、今はそこの需要に対して、十分に供給できていないのだと思います。

槙田  世界の期待に応えられてないということですね。

福永  客観的に見てですが、国内の興行の結果ばかりが重視されていて、映画祭に出すことを意識しているものが少ないような印象があります。映画祭で評価されるものを作れば、海外でも興行の成果を上げるチャンスが出てくるのではないかと思います。

 


新人にだからこそ開かれているチャンスを手にして!

槙田  最後に、日本の若手の映画監督、もしくは映画監督をめざしている人にメッセージをください。

福永  僕もまだ、長編映画を1本撮っただけなのですが、今の時代はこの道じゃなければいけないなんてことは、何もないと思います。制作の姿勢がしっかりしていれば、少数のクルーでも映画は作れると思いますし、こうじゃなければいけないとか、この映画祭に行かなければいけないとかをあまり考えずに撮ることが大切だと思います。もし、長編を作るほどの題材や、予算が無いのだったら、“自分のベストの短編”を撮るべきだと思います。

新人監督賞や、レジデンシーや、ラボ等1本目、2本目だけに開かれている扉がたくさんあるので、無理やり長編を撮ることによって、そこから対象外になってしまうのはもったいないと思います。それなら良い短編を作って、長編制作のパートナーを探しながら映画祭を回る方がいいと思います。

しがらみや上の人にNOと言われても挫けずに、自分の信じるテーマを見つけて100パーセントで作ってほしいと思います。もちろん、自分のヴィジョンに対して忠実に、妥協せずに取り組めるように、題材も慎重に選ばないといけませんよね。いきなり怪獣映画を撮りたいといっても、大きい予算がなければ100パーセントでは撮れないでしょうし。ただ、それも最終的にはその人のヴィジョン次第です。

槙田  その辺の見極めや自己分析も大切ということなんですね。本日は、貴重なお話をありがとうございました。若手のクリエイターの方たちも勇気と知恵を頂けたのではないかと思います。

 
福永壮志監督デビュー作『リベリアの白い血』全国公開中!


★大阪シネヌーヴォ(~10月27日まで)
★長野・上田映劇(~10月27日まで)
★北海道・苫小牧シネマ・トーラス(10月21日~27日)
★北海道・浦河大黒座(10月21日~11月10日)
★青森・松竹アムゼ(10月28日~11月10日)
★山口・萩ツインシネマ(10月28日~11月17日)
★福島・フォーラム福島(10月28日~11月3日)
※初日 福永監督舞台挨拶&短編映画上映
★徳島・イオンシネマ徳島(11月11日~11月22日)
★東京・キネカ大森(11月18日~12月1日)
★広島・横川シネマ(11月27日~12月7日)
★広島・シネマ尾道(12月9日~12月15日)
★岩手・盛岡中央劇場(12月9日~12月15日)

 

Fukunaga_profile

福永 壮志 Takeshi Fukunaga
映画監督・脚本家
  • 北海道出身。ニューヨークを拠点にする映画監督。
    2015年に初の長編劇映画となる本作『リベリアの白い血』(脚本・監督)がベルリン国際映画祭のパノラマ部門に正式出品。ロサンゼルス映画祭で最高賞。2016年に、米インディペンデント映画界の最重要イベントの一つ、「インディペンデント・スピリットアワード」で、日本人監督として初めてジョン・カサヴェテス賞にノミネート。
    2016年の暮れに、カンヌ国際映画祭のプログラム、「シネフォンダシオン・レジデンス」で世界中から選ばれた6人の若手監督の内の一人に選出。更には、今年12月に行われる、「エルサレム・インターナショナル・フィルム・ラボ」にも選出される。現在は、長編2本目の脚本、企画開発に取り組んでいる。
  • 公式サイト 

    http://www.takeshifukunaga.com

  • 公式Twitter 

    https://twitter.com/fukunagatakeshi


新着のインタビュー記事はメールニュースでご案内しています。
よろしければ、こちらよりご登録ください。

メールニュース登録


インタビューTOP