VIPO

インタビュー

2023.11.13


「みんななかよく」に込められた思いと、「第二の創業」として経営に挑んだサンリオの未来とは(VIPOアカデミー「コーポレートリーダーコース」経営者講演より再構成)

〈前編〉経営者講演
〈後編〉辻社長に聞く!(質問コーナー)

 

1960年の創業以来、初めての社長交代として、2020年に31歳の若さで2代目社長に就任した辻 朋邦氏。コロナ禍で世界的に経済が落ち込み、キャラクターのライセンスビジネスを巡る環境が厳しさを増していた中で、組織の風土改革やキャラクターの創出方法の幅を拡げるなど「第二の創業」という覚悟で経営に挑まれました。
今回は社長就任時に掲げたミッションや「みんななかよく」という企業理念に込めた辻氏の新しい解釈など、サンリオの未来への創造と挑戦についてお話いただきました。
(※本記事はVIPOアカデミー「コーポレートリーダーコース」の経営者講演を一部抜粋・再構成したものです。)

 
 

< 目 次 >

 
〈前編〉経営者講演
辻氏自己紹介
 

ギフトグッズとグリーティングカード販売からのスタート
アカデミーを受賞している映画事業
飲食店とサンリオピューロランド
「ハローキティ」ブームの到来
激しいアップダウンを繰り返す営業利益–第1期・第2期ブームとは
入社後に実感したマーケティングの大切さ
マーケティング本部の新設
コロナ禍での社長交代
 

社員アンケートの実施
「組織風土改革」と「構造改革」、そして「再成長の種まき」の3本柱
新しいビジョンの設定「One World, Connecting Smiles.」
「サンリオ時間」の拡大。みんなを笑顔へ
経営チームを刷新 縦割から横串へ
平均年齢を下げることの意義
マーケティング本部新設時の失敗
社員700人との面談を実施。社長になって伝えたかったこととは
 

「SANRIO FES」の開催
オンラインゲーム「Roblox」の訪問者数は3億超
他業種とのコラボレーション
営業部時代の失敗から学んだライセンスビジネスの大切なこと
 

新しいIP戦略とは
新しいビジネスフィールドとしての教育事業/幼児英語教材の販売
メタバース空間でできること。Web3.0の世界で目指すデジタルエンターテインメント
 

組織改革における苦労と社長就任時のプレッシャー
企業理念に対する新しい解釈
本当の意味での「みんななかよく」とは
新規IP創造について、これまでとの違い
世代を超えて愛される新しいキャラクター生み出す
 
 
 
 
 

〈前編〉経営者講演

 
 

辻氏自己紹介

 

今日は、サンリオの企業理念である「みんななかよく」についてと、サンリオがどう進化したのか。また進化した後、サンリオが新たに描く未来図とは、ということについてお話しさせていただきます。
 
その前に、まず自己紹介をさせてください。1988年11月1日生まれの現在34歳で、ハローキティと同じ誕生日です。こういうこと言うと、出産日を合わせたんだろうと言われることが多いですが、たまたまです(笑)。とはいえ、サンリオキャラクターにはそれぞれ誕生日があるので、なにか運命的なものを感じています。経歴としては2011年に大学を卒業して、サンリオとは全く関係のない食品会社に就職しました。その後、父の急逝に伴って2014年の1月にサンリオに入社し、いくつかの部門に勤めたのち、2020年の7月に代表取締役社長となりました。
 
 

サンリオの歴史

ギフトグッズとグリーティングカード販売からのスタート
 
次にサンリオの歴史について、お話します。サンリオというと、ハローキティや全国にあるサンリオショップ、サンリオピューロランドなどのテーマパークといったビジネスをやっている会社と思われる方が多いですが、事業内容としては、そのようなソーシャル・コミュニケーション・ギフトの販売からグリーティングカードの販売、他にも出版物やレストランの運営、映画の製作など、キャラクタービジネス以外も含めた複合的に事業を行ってまいりました。
 
小物雑貨の販売からスタートして、イチゴのデザインをモチーフにしたコップやハンカチなどを売り出したのが、キャラクターギフトへとつながる前身です。当初はデザインを外注していましたが、創業者がそれより社員デザイナーがデザインしたほうが力が入るし、外注フィーも削減できるので 、社内でデザイナーを抱える仕組みができました。かつては出版事業にも力をいれており、文学に詳しい方からはサンリオ出版は伝説的な出版だったとご評価いただくことも多く、『詩とメルヘン』などは非常に有名な雑誌となりました。
 
 

 

アカデミーを受賞している映画事業
 
また映画製作のイメージはあまりないかと思いますが、実は多くの映画作品をサンリオは世に出しています。1979年公開のパペットアニメーション『くるみ割り人形』は、2014年に増田セバスチャン監督と一緒に新たな映像美を追求してリメイクしました。『愛のファミリー』(1977年)は、アカデミーの長編ドキュメンタリー賞も受賞しています。それぐらい映画事業には力をいれていたんですが、当時、創業者の祖父は「アカデミー賞なんて賞は知らん」と言って、授賞式の招待を辞退したという、僕からしたら非常にもったいないエピソードがあります(笑)。
 
 

 

飲食店とサンリオピューロランド
 
今ではキャラクターのコラボカフェは数多くありますが、以前はファミリーレストランのような形態の飲食店も数多くやっていました。ショップや飲食店については、モノを売るという場所だけではなくて、来店されたお客様が笑顔になるような場所を提供したい、楽しい体験を持って帰っていただくことを目標に運営しています。それはサンリオの企業理念にもつながる部分なのかなと思います。そこから、1990年にサンリオピューロランドができました。非常に厳しい時期もありましたが、最近のキャラクターモノのブームやSNSの流行りもあって、推し活の場所として、また注目されています。
 

「ハローキティ」ブームの到来
 
その中で、欠かせないのがサンリオのキャラクターたちです。サンリオは現在、約450種類ほどのキャラクターを保有しています。その中で売上の大半を占めているのは、上位30キャラクターぐらいです。
 
一番、売上の構成比が高いのはやはり「ハローキティ」です。2000年代に流行った「ハローキティ」のデザインシリーズは、当時キャラクターモノは子どもが持つモノというイメージがあった中、歌手の華原朋美さんや安室奈美恵さんらが「ハローキティ」を持つようになって大人が持ってもカワイイ・イケテルという文化が形成されたのがこの「ハローキティ」というキャラクターからだと思います。
 
2010年頃にはまた、海外セレブの間で「ハローキティ」が大変人気になりました。サンリオは1980年代から海外でもビジネスを展開していましたが、輸入品ということもあって、当時は高価なモノだったのであまりうまくはいっていませんでした。ところが、特にプロモーションをかけたわけではないのに、その高価なものをレディー・ガガやアヴリル・ラヴィーン、ヒルトン姉妹といったセレブの方々に持っていただくことによって、世界中で一大ブームとなったという経緯があります。
 
 

 

激しいアップダウンを繰り返す営業利益–第1期・第2期ブームとは
 
1960年に創業したサンリオですが、これまでに連結の営業利益の推移では何回かアップダウンがあって、先ほどお話した2000年代に流行った「ハローキティ」のデザインシリーズの時期が第1期「ハローキティ」ブームになります。この時は1995年から数字が上昇してきました。ただ、ブームというのは短期間で終わってしまうもので、このあと売上は下がっていきます。そして先ほどお話ししたようにレディー・ガガさんなどが身に着けてくれて、売上が上がったのがその約10年後の2011~2014年にかけて。この時期がサンリオが最高益を出した第2期のブームになります。こういった一過性のブームによる売上の上がり下がりは、キャラクターIPビジネスの世界では常に起こりうるわけですが、残念なことに、210億円の営業利益をだしてからまた一気に下がってしまうんですね。私がサンリオに入社したのがこの最高利益を出した2014年ですから、そのあとは下がる一方でした。
 

入社後に実感したマーケティングの大切さ
 
私の入社の経緯をお話します。2013年に父が急逝したタイミングで入社し、まず1年経理部で仕事をしまして、その後に営業を3年、そしてマーケティング3年の経験をしました。入社してからは売上が下がっていく状況があり、営業で自らキャラクターを売り込みにいくわけですけども、入社前のイメージと違っていたのは、キャラクターのブランド力でした。売上が下がるということは、キャラクターのブランド力が下がっているということで、そこは営業をやっていて、危機感を覚えました。われわれは上昇気流に乗るのは非常にうまいんですが、売上が好調の間に他のキャラクターのブランディングやマーケティングをしっかりやるべきところをおろそかにしてしまっていたんですね。
 
それまで、ライセンスビジネスを大きく広げるために、直販でなく、小売チャネルに商品を卸す上でキャラクターの売場を拡大していったというのが成功事例の一つとしてありました。「ハローキティ」のときにはどんどん増やして、それでよかったんですが、逆にキャラクーのブランド力が下がってくると、プロモーションやマーケティング戦略を練っていないので、棚を取られてしまう。他の強いIPが入ってきたら、すぐにとってかわられてしまう。市場から見れば「ハローキティ」が減っていることはわかるので、ライセンスビジネスが少しずつうまくいかなくなっていく。そういった負のサイクルにはいってしまったのが、下落の要因の一つでした。
 

マーケティング本部の新設
 
実をいうと、私が入社した頃は、サンリオにはマーケティング部が存在しませんでした。では、どうプロモーションをしていたのかというと、メディア部という部署がありまして、そこが小さな投資金額でキャラクターのプロモーションを行っていました。私が営業をしていたときに、これでは、サンリオのキャラクターのブランド力はいずれ落ちるなと思ったので、2017年にマーケティング本部を新設して、そこからブランド定義やプロモーション施策を作り始めました。ただ、1年やそこらで結果が出るわけでもなく、数年するとコロナ禍がやってきて、また一気に赤字まで営業利益が落ちました。
 

コロナ禍での社長交代
 
キャラクターのブランド力に危機感をもっていたところにコロナ禍に入ってしまい、そのタイミングで社長交代となったわけですが、私は逆にチャンスだなと思っていました。よく「コロナ禍の中での社長交代で大変ですね」と言われましたが、営業利益も赤字で、ブランドも低迷している、ここがボトムラインならば、あとはもう上がるしかないじゃないですか。正直、増収増益が続く中で社長になるよりかは、よいタイミングだったんじゃないかと思っています。世の中が厳しい経営環境にあるのは一緒なので、この時期だからこそできる変革や施策がたくさんあったと思っています。
 
コロナ禍の間に出した中期経営計画が、今3年目となり、営業利益もV字に回復してきて、今では2016年ベースを超えてくるような利益を出せるようになってきたというのが、これまでのサンリオの大きな営業利益の歴史です。
 

社長就任後に立てた中期計画と3本の柱とは

社員アンケートの実施
 
では、中期経営計画の中で何をやったかといいますと、まず大々的に社員アンケートを実施しました。創業者が社長をやり続け来た60年間の間に、企業理念である「みんななかよく」への思いなどすばらしい有形無形の財産をたくさん構築してきましたが、一方で、凝り固まってしまったやり方や考えというのもあって、それが組織体に影響を及ぼしていました。キャラクターブランドを取り巻く課題をしっかり把握して、組織風土を変革していかないと、この会社は復活しないと思いました。
 
その社員アンケートの結果がこちらの表です。赤で示しているのが「一般的に問題あり」とされる結果の数値となった項目です。これらの項目は他企業でも多く抱えている課題ではないかと思いますが、サンリオで一番低いのが「挑戦が称賛される社風」でした。これは挑戦を抑制している現れで、企業が成長していかないと言っているようなものです。こうして、ダメな部分をしっかり明確にして、そこを根本的に直していこうと思いました。
 
 

 

「組織風土改革」と「構造改革」、そして「再成長の種まき」の3本柱
 
まず掲げたのが「組織風土改革」と「構造改革」です。この2つについては、創業者社長で60年間やっていると、いわゆる聖域と呼ばれる部分が多く存在して、なかなか改革が進んでいなかったのが事実です。なので、「第二の創業」という覚悟を決めて着手せねばと思いました。そして3つ目が「再成長に対しての種まき」です。成長戦略が弱いと、組織もガタついてきますので、未来へむけた目標として掲げました。
 
「組織風土改革」は、経営サイドだけが企業を変えるといっても、会社は動いていきません。やはり働いている社員たちと共に意識して取り組まないといけない。「みんななかよく」という企業理念に対しての共感度は高いんですが、「企業理念の会社としての実践」については、平均ポイントが下回ります。つまり、会社愛はあるけども、それを自分たちが実践できているとは思っていないということになります。この乖離は非常に危険だなと感じました。そこで、社員との意思疎通を図るためにビジョン・ミッション・バリューを明確化させました。
 

新しいビジョンの設定「One World, Connecting Smiles.」
 
「みんななかよく」とは誰でも思うような当たり前のことですが、サンリオはこれを企業理念にしています。その理念をサンリオはこれまで「Small Gift Big Smile!」というCIとして、お店やショッピングバッグにも入れて社員に浸透させてきましたが、これを思い切って変えようと思ったんですね。
 
創業当初はギフトとは人を笑顔にする一つのツールでしたが、時代の変化とともに、人にモノをあげることだけがギフトではないですし、自分へのご褒美としてのギフトという考えも当たり前になってきました。またモノがなくても人を笑顔にできます。「Small Gift Big Smile!」は非常にいい言葉ですが、アップデートすることが必要かなと思いました。そこで新たに「One World, Connecting Smiles.」というビジョンを立てました。一人でも多くの人を笑顔にしていくというのがわれわれの目標ですが、モノというギフトが人を笑顔にするツールだけではなくて、コミュニケーションを通じて笑顔をつなぐことで世界中に幸せの輪を広げていくというのが、「みんななかよく」というゴール達成の一番の近道だと思っています。
 
楽しさや喜び、笑顔をお客様や取引先にもつなげていくことが、みんなをしあわせにしていく。そのことに社員一同責任をもって取り組んでいく。サンリオはこれまでキャラクタービジネスで人を笑顔にしてきましたが、それ以外のことでも人々を笑顔にすることに挑戦していこうと。それが私たちが目指すエンターテインメントと定義したわけです。
 

「サンリオ時間」の拡大。みんなを笑顔へ
 
キャラクタービジネス“以外”では、「時間」に注目しています。人間が生活する中で、通勤・通学時間、仕事や勉強している時間、お料理をしていたり、お風呂にはいったりとさまざまな時間がありますが、その全ての時間を笑顔にするにはどうしたらよいかと。例えば、料理中やお風呂のときに、使うお皿やタオルが「ハローキティ」だったらとか。通勤や通学時に使うLINEのスタンプがサンリオのキャラクターだったり。こうしたいろいろなシーンにサンリオのデザインやサービスを提供することで、お客様の笑顔に貢献できたらなと思うわけです。これを非財務目標として、「サンリオ時間」として掲げています。サンリオの強みはクリエイティブ力ですから、それを活かしながら、生活の中の様々な場面でサンリオのクリエイションに触れる時間を増やしていくことを目標にしていて、この目標は今後10年間で世界中の笑顔を3000億時間以上作ることを非財務目標として進めています。
 

 
この時間換算には独自の計算方法があるんですが、企業として利益を追い求めるだけではなくて、サンリオ時間を追求することが結果的に利益につながるという目標設定なわけです。2023年の3月時点で400億時間ですが、これまで400億時間分の笑顔を世界で作って来たという思いは社員の意識改革にもつながっていると思っています。こんな形で社員と意思疎通を図ってきましたが、抜本的な組織・風土改革としてはかなりシビアにやってきました。
 

経営チームを刷新 縦割から横串へ
 
構造改革については、まずは経営チームのガバナンスです。私を中心として経営チームを刷新して、新たな経営会議を設けました。そこで新しい判断基準や議論の高度化を図りました。そして組織の壁を壊して、人の流動性を高めました。これまで中途採用はあまりしていなかったんですが、現在ではかなり中途採用を行っていますし、縦割りが強かった組織に横串を通していくような組織体に変えていく。成果が見える貢献、チャレンジが報われる企業を目指す評価体系の確立など、人事制度の改革なども含めて、より機動力と実行力のある組織に変革させることが目的でした。
 

平均年齢を下げることの意義
 
経営チームは、中期経営計画発表前の執行役員クラスは平均65歳でした。当時31歳の私を入れてもその平均年齢ということは、70歳近い方々が多かったわけです。その方々が退任する折に、若手役員を登用し、今では50歳まで平均年齢が下がりました。メンバーを若くすればいいというものでもないのですが、エンターテインメント業界のトレンドはどんどんかわるのでそのスピードについていくことも大事です。そういった意味でも若返りは必要でした。経営層の顔ぶれを変えることは非常に労力がいりましたが、そこはしっかりお話をしながら進めましたので、やって良かったと思っています。
 

マーケティング本部新設時の失敗
 
新しい人材を登用することについては反省すべき点もあります。サンリオは以前はほとんど外部登用をしてこなかったんですが、最初にマーケティング本部を作って、しっかり組織を確立させようとしたときに、これからはどんどん人を採用するしかないと思いまして、外部から一人を採用してマーケティング本部長としました。そこでコロナ禍が来てしまうんですが、結果として私の反省点はそのときに一人しか雇わなかったことです。そこが大変悔やまれるポイントです。
 
やはり、大きな変革をするときは、たった一人の採用で変えていこうとしても、非常に難しい部分があります。私の考えが根本にあるとはいえ、組織を変えていくには、ある程度の人数で戦略を立てて、目標にむかって突き進めることが大事です。結局、私とその方との戦略になってしまって周りがついてこなかったり、当時の社長に提案や進言をしても一蹴されてしまうことが多く、戦力として私たち二人では弱い部分がありました。なので、その後に経営チームを刷新する際には3人の新しい方を入れて、他の部署においても数十人単位で中途採用するなど、体系的に変えていくことができたんじゃないかなと思っています。
 

社員700人との面談を実施。社長になって伝えたかったこととは
 
よく聞かれる質問に、社外から人を入れるといわゆるプロパーの方々はどう思うのかということがあります。私もそこはかなり注意していて、普通なら社長交代時は挨拶回りや出張などに時間が取られることが多いですが、私が社長になったタイミングはコロナ禍でそういうこともなく、インナーコミュニケーションに時間を使うことができました。ですので、社長になってから1年3カ月ぐらいかけて、全社員との対話を実行しました。およそ700人前後の社員と1対4の対話の場を設け、リアルでのコミュニケーションを取ることで私自身の戦略を自分の口から伝えることもでき、社員の意見も聞くことができたというのは、非常に大きな価値になりました。その社員との対話でもなぜ社外から人を入れるのかという問いかけがありましたので、その理由も丁寧に説明しました。
 
さらに月に1回、イントラ上で社長月報というものを発信して、この中計のあらゆる施策の進捗であったり、やる意味を発信しています。先ほどの社員アンケートでは、当初は社長発信や会社の戦略の明確性についての評価ポイントが低かったんですが、今では、しっかり許容点を超えてくるぐらいのポイントを取れるまでに改善されています。そこに関しては、かなり力をいれてやってきたので、いわゆる経営層だけが進める改革ではなく、サンリオ全体として納得して進める改革ができたのは、こういった社長対話や月報の発信などしっかりやってきたからだと思っています。現在、かなり社内の風土や意識は変わってきていると感じていますが、人事の改革などまだ道半ばのところもあります。そこはこの計画の3年目でしっかり改革していきます。業績についても、コロナ禍明けで回復の兆しもありますが、この組織改革があったからこそ、今の時流に乗ることができたんじゃないかと思っています。
 
 

近年の成功事例から得られた実績とアイディア

「SANRIO FES」の開催
 
近年の事例をご紹介します。「SANRIO FES」というイベントを2023年6月に開催し ました。サンリオは年1回、サンリオ キャラクター大賞というサンリオキャラクターの人気投票を行っています。これまで、そのランキング結果だけを伝える発表会のようなことをサンリオピューロランドで行っていました。
 
このサンリオ キャラクター大賞の総得票数は、2015年時は380万票だったのが、2023年の総得票数はその11倍を超えるような4400万票までに増えました。それだけサンリオキャラクター大賞やサンリオキャラクターに注目いただけているのに、短時間の発表会だけで終わるのはもったいないと思ったので、2023年は東京ビッグサイトを借りて大きなイベントを行ったところ、株主総会での株主さまからの意見でも「非常に素晴らしいフェスでしたよ」と言われるほどの良いイベントになりました。
 
4400万票という票数を得て盛り上がるイベントができたのも、もっとデータドリブンの企業になっていこうとマーケティング組織の中にデータサイエンスのチームをつくり、今ある会員基盤の分析を進めたことの結果の現れなんじゃないかと思っています。ちなみにランキング結果は「シナモロール」が4連覇しまして、「ポムポムプリン」も4年連続の2位、「ハローキティ」は5位でした。意外にこの順位が売上の構成比とは比例してないところが、サンリオキャラクターの面白い部分だと思います。
 
 

「SANRIO FES 2023」(左) 2023年サンリオキャラクター大賞結果発表(右)

 

オンラインゲーム「Roblox」は3億ダウンロード超
 
次に海外の事例をお話しします。アメリカのSanrio, Inc.という子会社でやっているRoblox*については、累計で3億ダウンロード以上されており、北米、アジア、欧州含めてそれぞれ均等にお客さまがいる状況です。
(*ユーザーがゲームを作成、共有したり、他のユーザーが作成したゲームをプレイしたりできる、オンラインゲーミングプラットフォーム)
 
実は中計の構造改革の一つに北米も含まれていて、北米に関しても約十数億単位での赤字の改善、そして構造改革がいま成功している中での実績になると思っています。コロナ禍でアメリカではデジタル系の施策を打って、eコマースやRobloxのようなゲームなども打ち出した結果、アメリカのサンリオ市場の主要キャラクターは引き続きハローキティだが最近ではクロミ、シナモロール、Hello Kitty and Friends等が人気でキャラクターポートフォリオが変化してきています。
 
少し前まではハローキティの人気が落ちてきたときの下支えがない状態でしたが、今ではハローキティだけに頼らないキャラクターポートフォリオの作り方ができていて、いわゆる浮き沈みの激しいライセンスの業界でもしっかりカバーができるような営業やマーケティング、ブランディングスタイルにできたことも新しい中計の成果の一つです。
 
 

ROBLOX

 

他業種とのコラボレーション
 
外食事業でも、バスキンロビンス、日本でいうサーティーワンアイスクリームですが、そことのコラボレーションやダンキンドーナツともやっていまして、ハローキティだけでなく「シナモロール」や「マイメロディ」「クロミ」も使っています。これはキャラクターのポートフォリオが変わってきたというのもありますが「ハローキティ」の人気が落ちてきたということではなくて、他のキャラクターのブランド力がしっかり伸びてきて、起用されるという意味で海外でライセンスビジネスをしていく上では大変重要なポイントになっています。また沢山の店舗と販路で展開することで顧客とのタッチポイントが増加したことと、特にZ世代に好評でSNSでも話題になったのはよかったことです。
 
 

韓国SPC*グループとのコラボレーション
(*「食品界のサムソン」と韓国Baskin-Robbins、韓国DUNKIN DONUTSの全てがSPCグループ)

 

営業部時代の失敗から学んだライセンスビジネスの大切なこと
 
これは私の失敗談ですが、以前ある企業とコラボレーションさせていただいた際、当時私が営業でその企業の商品と「ハローキティ」とのコラボをお願いしたのですが、結論から言うとダメでした。マーケティング組織がなくキャラクターの戦略もない段階だったので、どうやって営業したのかというと完全なるカタログ型営業だったんですね。「ハローキティというキャラクターがあります、みなさんご存知ですよね。こういった事例がありますよ」と。僕はこれを自慢営業と言っていたのですが、ただ押し売りしている状況で、先方から「ハローキティを使うと、われわれの商品の目標にどう作用するんですか?」と聞かれたときに、僕は答えられませんでした。
 
ハローキティを付けて売上が上がればそれでいいじゃないかと思ってハローキティの事例ばかり紹介していましたが、相手のブランドを向上させることも重要なんだという当たり前のことに、このときに気付かされました。このまま戦略もないのにカタログ型営業をしていたら、ライセンスビジネスは日本国内でうまくいかなくなるなと思いました。ブランド定義としてキャラクターが持つ良さや、キャラクターにストーリー性をもたせることによるブランド同士のコラボレーション、そういったもので世の中にどうサプライズを起こせるかということに注目して実施することが、キャラクターIPの提案型営業だと気付かされました。
 
もし先方が「ハローキティ」とのコラボを希望されても、相手のブランド戦略によっては「ポムポムプリン」が最適ですよという提案ができるように、いろんなカードをもつ強い営業体制にしたいと思いました。こうして、ライセンス事業をやりながら、構造改革を行って、営業体制を強めてきたつもりです。
 
 

「再成長の種まき」これからへ

新しいIP戦略とは
 
中期計画の3つ目の柱の「再成長の種まき」についてですが、昔と変わったポイントはIPの部分です。 IPは主に「知的財産」と訳され、クリエイティブな産業においては映像や音楽などの著作権や、商品やサービスといった商標権などを指すことも多く、キャラクターもIPのひとつと考えられます。サンリオでは、お客さまと共有できる世界観や背景をもつキャラクターをIPと定義して、独自のIPがさまざまな世界に出ていくことで社会からの共感を得ながらビジネスの機会も拡がっていくことを考えています。
 
今までのサンリオの新しいキャラクターの出し方は、まずデザインがあって、それを商品に付けて店頭に置く。そして、店頭に来たお客さまにプロモーションを行うというものでしたが、今は昔ほど店舗数もないですし、商品を置けば売れる時代でもありません。流行りを作ることも難しいです。なので、新たに新規IP創造の部署を作って、逆算型のキャラクターの生み出し方をしています。
 
これまでは、物販事業本部が「女児向けの商品の売上が最近弱いから、ちょっと女児向けのデザイン作ってよ」とデザイナーに頼み、それに応じるような作り方が主流で、それでも魅力あるキャラクターを生み出してきたのですが、今はどれくらいの市場規模で、ターゲットはどこに向けて、プロモーションプロセスはどうするかという戦略を立てて、キャラクターによっては海外展開にも対応できるようデザイン設計をしています。
 
また、新しいキャラクターデザインについて、初めて行った施策があります。「NEXT KAWAII PROJECT」というプロジェクトです。まず世界観、共感性を重視したデザインコンペを社内で実施しました。その次の段階としてユーザーテストを大々的に行い、投票を集いました。今までのコンペはBtoBの展示会での投票が多かったんですが、今回は先ほどの「SANRIO FES」だったり、X(旧Twitter)動画やYouTubeの番組などで接触してもらい、ユーザー参加型でコンペを行い、最終的に1位のキャラクターがデビューをする。その中で「はなまるおばけ」が1位になりましたが、390万ポイントも集めるような大きな企画になりました。
 
このプロジェクトには賛否両論があって、1位になったキャラクターはデビューできるけど、2位以下はどうするんだ?という意見もありました。とはいえ、キャラクターに対する意見をデビュー前にお客様から聞ける貴重な機会でしたし、ファンの熱量を感じられて、商品を出す前からSNSでのフォロワーも10万近く(2023年9月現在)いたりと、プロモーションをあまりかけずとも認知していただけるなど、メリットがたくさんあったのでやって成功だったと思っています。
 
 

NEXT KAWAII PROJECT

 

新しいビジネスフィールドとしての教育事業/幼児英語教材の販売

 

もう一つ、エンターテインメントというビジネスフィールドの中でサンリオが新たにチャレンジしているのが、幼児英語教材を主体としてやっている教育ビジネスです。人が成長していく過程でみんなと仲良く、その中で笑顔を共有していくことの大切さをサンリオはうたっていますから、教育ビジネスに参入していくことは不自然なことではありません。
 
これまでIP主体の企業でできなかったことですが、これからグローバルエンターテインメント企業になっていく上で、教育事業は軸になるビジネスと捉えています。キャラクターの開発方法も今までと違って、認知科学を基に形成しています。乳幼児が何色に、どういう形に一番注目するのかをしっかり実証実験をして、その中で生まれたのが、EddyとPitaというキャラクターです。EddyとPitaの色・デザインは、乳幼児が非常に注目して見るもので、集中力の高まる青や丸っこくて赤いものに子どもは反応するなど、実証実験で得られた知見をしっかり取り入れて作ったキャラクターなので、これもまた新しいIPの出し方だと思います。
 
 

教育事業:Sanrio English Master

 

メタバース空間でできること。
Web3の世界で目指すデジタルエンターテインメント
 
デジタル事業に関してですが「Sanrio Virtual Festival in Sanrio Puroland」というイベントをメタバース空間の中で年に1回やっております。おそらく次期中計の柱にはこのデジタル事業というのが入ってくるのではと思っていまして、サンリオは今後、Web3の世界で存在感を発揮すべく、戦略を立てているところです。
 
われわれがデジタルエンターテイメントを提供していく上で目指しているのが、いわゆる24時間365日人が集まっても、VR空間の中で様々なコンテンツに触れることができるゲームやライブ配信、教育だったり、いわゆるUGCの世界をしっかりサポートしていくことです。当然、これから生成AIにより様々なデザインが出てくる、お客さんも二次創作でデザインをしていく中で、このメタバース空間を盛り上げていきたいと思っています。
 
そういった形で、このようにデジタル事業や新たなエンターテインメント事業。そして、中計の組織風土改革で強い組織体に変わったことで、サンリオが目指す向こう10年の価値創造ストーリーが先ほどお話した「One World, Connecting Smiles.」というビジョンにつながるんです。今、時価総額は5500億円ほどなんですが、今後は1兆円の時価総額を目指します。そして、営業利益500億円の規模になっていくことを目標にしています。
 
われわれサンリオは過去60年を踏襲しながらも、時代に合わせた変革を常に行い続けて、総合的なグローバルエンターテイメント企業を目指していきたいと思っています。ただ、その根本にあるものである「みんななかよく」といった普遍の企業理念はしっかり引き継ぎながら、「One World, Connecting Smiles.」を目指して社会へ貢献していきたいと思っています。
 
 

 
 
 
 

〈後編〉辻社長に聞く!(質問コーナー)

 
 

VIPO専務理事・事務局長 市井三衛(以下、市井) 大変盛りだくさんな貴重なお話をありがとうございました。それでは、ここから受講者から事前に集めた質問に回答していただきたいのですが、まず私からも質問させてください。
 

組織改革における苦労と社長就任時のプレッシャー
 
市井  Q1. 組織改革についてですが、700人の社員全員と面談を行ったそうですが、それに対する社員さんの反応はどうでしたか?社長自らの考えやこれから行おうとしていることを伝えたところで、それに賛同を得たり、浸透させることはなかなか大変だったと思うんですが。
 
   組織や風土の改革はかなりドラスティックな計画だったと思います。いわゆる聖域とよばれる物販事業にもかなりメスを入れたので、長年サンリオで働いている方からしてみたら「そんなところまでテコ入れするの??」というのが正直な反応だったと思います。年齢層によって思うところも違いますし。だからこそ、全社員と面談して、じかに話をして反応を見たかったというのがありました。社内アンケートでも、社長発信の部分が弱いという結果も出ていたので、そこはしっかり重きをおきたいなと思ったので、話ができる場をまず持ちたいなと思いました。
 
社長対話では、なぜ外部から人を入れたのかについて答えるときは、外部の人が優秀でプロパーの人が力不足だからではないと。キャラクターに頼った営業手法などの強みは持っていても、それをうまく生かす方法は他にもたくさんある。野球チームに例えて皆さんはすでに素晴らしい野球選手で、ホームランも量産できるんです。ただ、ホームランバッターだけでは試合には勝てないですし、外部から人をいれたところで、皆様が追い出される話ではないと。それがどれだけ本当に伝わったかはわかりませんが、納得していただける方も多くて、逆にやる気をもらいました。
 
ただ、おっしゃる通り、それだけでうまくいったわけではありません。これはたまたまかもしれないですが、コロナ禍で業績がボトムにあった段階で、世の中的にも、会社も新たな改革をしていくタイミングだという気運がありました。それとコロナからの復活とのタイミングが少しずつ合ってきたんです。それで人員が増えたからだけではない、新しい組織や新しい経営体制にしたからこその成功と小さな成功例がどんどん積み重なっていきました。
 
市井  ではここからみなさんからの質問をとりあげていきたいと思います。
Q2. 社長から見るとほとんどの方は年上になるかと思いますが、年上の人や変革に難色を示す社員とのコミュニケーションで気を付けたことはありますか。
 
   私は基本的に年齢が上の方にも下にも敬語を使うタイプなんですが、自分は年齢を気にせずにコミュニケーションは積極的にとる方でしたので、年上だからということで特に気にしたことはないです。社長対話時に年齢層を分けて行ったんですが、各世代間で疎外感や隔絶感が生まれるのは良くないと思ったので、課題は変えても、最後に伝えたいメッセージは統一していました。ようするに、若い方にも、目上の方たちにもこれから一緒に頑張っていきましょうということです。とはいっても、前社長に対するリスペクトが大きい方も多かったですし、創業社長の鶴の一声でモノゴトを進めてきたところも多かったですから、異なるやり方をする私のことは眼中にないという方もいたと思います。それでも、大半の方は改革に耳を傾けてくれましたし、会長が築いてきた理念があったので、孫が話していること=辻ファミリーが言っていることならと受け入れてくれました。
 
市井  Q3. 業績が非常に悪いときに社長になられて、それは一つのチャンスだと言われてましたが、プレッシャーはなかったですか?
 
   プレッシャーはなかったですね。2017年にマーケティング本部を立ち上げたタイミングでは、会長が90歳を超えていたので、エンタメ業界でありながらなかなか新しいことができませんでした。保守的な方も多くて、改革をやろうとするとことごとく会長から駄目だと言われてきた時期も長かったので。それで当時専務という立場でしたが、創業者が経営に関わる以上、もう、自分が社長になるしか改革できる方法はないと思っていました。だから、早く社長になりたかったので、特にプレッシャーはなく、よし!ようやくここからやるぞという感じでした。
 
市井  Q4. 当時、専務の立場から社長を見ていたときと、自分が社長になったときでは何を大きく変えようと思いましたか?先ほどのお話以外に具体的な例はありますか?
 
   一番分かりやすいのは、会長は昨対(前年比)を重視する考え方が大きく、前年の売上さえ超えていればよいという感覚があり、それは私は違うと思っていました。利益を見ていかないと、どうしても自転車操業になってしまいます。当時は赤字にしてでも売上を上げろという感覚で、新商品を出せば売上は上がるのでSKU*は4800にも増えました。4800というと1カ月に400の新商品が出ることになります。
(*Stock Keeping Unitの略。在庫管理上の最小の品目数を数える単位のこと)
 
データで分析すると、サンリオショップに来ていただいているお客さまは、月に1回程度の来店が一番多いんですね。月に1回しか来ないのに400の新商品を出していたら、お客様が目にするのが20だとすると残り380はどうなるのかと。目に触れない、棚に並べられない商品はどんどん廃棄されています。そういった現状を変えたいと思いました。前社長の時代と大きく違うのは、売り上げ重視なのか利益なのかという部分だと思います。
 

企業理念に対する新しい解釈
 
それと、「みんななかよく」という企業理念に対する解釈の違いもあったと思います。会長はシンプルに「みんななかよく」すればいいよねという理念を拡げる役割で、それはある意味、「みんながなかよくできれば、利益に執着しなくてもいいよね」と会長は思っていたかもしれません。でも僕はビジョン・ミッション・バリューをしっかり立てた上で、「みんななかよく」という世界を実現させたい。それを本気で実現させようとすると、しっかり利益もだして、企業規模も大きくして、笑顔にする人の数も増やしていく。それの結果としての「みんななかよく」なんじゃないかと考えました。そういう考え方の違いは大きかったと思います。
 

 
 
 

本当の意味での「みんななかよく」とは
 
市井  なるほど。わかりました。
Q5. 「みんななかよく」ということは、社内競争や降格人事が発生しづらいのかなと想像しますが、実際のところはどうなんでしょうか?社長の考える「みんななかよく」を実現させようとすると、当然ながら人事制度や評価制度も変えているわけで、それで厳しい状況になる人や部署もあったと思います。
 
   はい。おっしゃる通りです。「みんななかよく」っていい言葉で。その言葉に甘えようと思えば、甘えられるんですよね。いくら利益が出てなくて赤字だろうが、私たち「みんななかよく」しているからいいよねって言ってしまえば、それまでなんです。それでは意味がないなと思っていて。本気で「みんななかよく」の世界を実現するために成長は絶対欠かせないという思いが僕の中ではあるので、当然、社員個々の業務の量や質が変わりますし、従来の年功序列が当てはまらない人事評価も出てきます。
 
若いけれども管理職に採用される方もいますから、そこはある意味、少しシビアになって、ただみんななかよくしようねではなくて、僕が考える「みんななかよく」の実現のために実践していかないと、会社の成長と幸せにはたどり着けません。それできつい思いをされてる方は実際いらっしゃるかもしれないんですけど、その努力がきちんと報われるような人材育成プランについても考えていますし。この苦手だな、きついなと思う方もしっかり働ける場を提供するために、人材の流動性を高めるということもやっていっています。その中には、抜擢だけでなく降格のようなこともありえるかと思いますが、いい意味での社内の競争というのはしていきたいなと思っています。
 
市井  わかりました。
Q6. 先ほど、失敗談がいくつかでましたが、社長になってからの失敗談はありますか?
 
   たくさんありますよ(笑)。例えば、企画的に実施したことは成功でしたが、社長対話をもっとうまいやり方があったんじゃないかと思っています。面談を年齢別にしたのはいいんですが、もっとその世代ならではの会話になるような形の企画にすればよかったなと。課題を出し過ぎてしまって、対話といいつつ1対4での面談だったので、一問一答形式になってしまった部分もあってもっと話を引き出したり、相手の意見を聞いてあげたりすればよかったなと思っています。どちらかというと、僕からの発信・聴きたいことに応えてもらうという内容だったので。
 
市井  Q7. では次に事前アンケートの中で少し哲学的な質問がきています。キャラクタービジネスとは誰のどんな問題を解決するビジネスだと思いますか?
 
   なかなか難しい質問ですね。やはり、キャラクタービジネスはエンターテイメントの中のひとつなので、解決しようと思えばどんな方の問題も解決できると思っています。この質問の答えになるか分かりませんが、いわゆるグローバルカンパニーとは、海外とビジネス展開をしていればグローバルカンパニーというわけではなくて、性別、国、宗教、言語、年齢、どんな背景をもっても、価値が提供できる企業というのが真のグローバルカンパニーだと思っています。例えばユニクロさんの洋服にしてもフリースやヒートテックは老若男女、貧富差にあまり関係なく、みなさんが身に着けて暖をとれるという価値を提供できていますよね。ではキャラクターはどうなのかな?と思ったときに、キャラクタービジネスは僕の思う真のグローバルビジネスに近いんではないかなと思っています。
 
サンリオのキャラクターは、どちらかというと女性やお子さまのほうがファンの人は多いですし、そういったイメージがあります。でも、サンリオに全く興味ない男性だとして、この人に、どう価値をサンリオが提供できるかというと、交際している彼女がいたり、奥さんやお子さんにだったり、その大切な人がサンリオのファンであれば、誕生日とかに買いに行くわけですよね。サンリオショップに入るのが少し恥ずかしくても、買った男性もプレゼントをもらった人も喜びを共有できます。最初に「Small Gift Big Smile!」の話をしましたが、ギフトというのは、差し上げるほうも受け取ったほうも笑顔になる素晴らしいコンテンツだと思っています。その場合、サンリオに全く興味のない男性にもサンリオの価値を提供できるんじゃないかと思うわけです。
 
これはいろんな場面でおきていて、例えばサンリオより他社キャラクターが好きという人も、サンリオの商品を買うシチュエーションは訪れるかもしれなくて、そういうふうに考えていくと、この「みんななかよく」という世界にあるサンリオキャラクターのビジネスは、どこでもどなたにも価値を提供できているのかなと。病気を治すことはできないけど、その人を笑顔にすることもできます。なので、根本的問題の解決にはならなくても、小さな元気は与えられるんじゃないかと思っています。サンリオならではの社会貢献活動としてSanrio Character Aidというのがありますが、闘病中の人に会いにいったり、キャラクターが手をギュッと握るとか、そういう価値の提供の仕方で問題解決に少しは近づけられることはあるんじゃないかと思っています。
 
市井  はい、私もそう思います。
Q8. さきほどコラボレーションの話がでましたが、ライセンス需要とブランディングの循環について、もう少し具体的な説明をいただけますか?
 
   主にグローバルライセンスのことかと思うんですが、キャラクターのブランディングとは、例えばシナモロールとかハローキティとか、毎回お金をかけてイベントをやったりデジタル系の広告を打ったりはしていますが、一番のプロモーションとは何かというとライセンス事業そのものなんですね。日本で言えば150ぐらいの店舗数で商品を置かせていただいていますが、ライセンスで例えば他社とコラボレーションした化粧品がドラッグストアやコンビニに並び、個数としたら100万個ですとなったときに、圧倒的にわれわれの直営店やお金をかけてやったプロモーションよりもリーチ数が多いんです。
 
こういったライセンス契約をうまく使っていくべきだというのが一つの考えです。やはりキャラクターのブランディングとライセンスでいい形のサイクルを回していかないといけないと思います。人気のあるキャラクターだからライセンスで使っていただけるわけですし、そのおかげで相手の価値や売上が上がればわれわれのプロモーションにもなります。どうしたらライセンスで得たブランド価値を継続維持できるかということは考えます。
 

新規IP創造について、これまでとの違い
 
市井  また私から質問させてください。
Q9. 新規IP創造について、NEXT KAWAII PROJECTを立ち上げたとお話されていましたが、デザインを集う際に世界観や設定を重視したキャラクターを作っているということは、これまでのやり方とあまり変わらないのではと思ったんですが、どうなんでしょうか?本来は、その前に戦略やプロモーションを先に通していこうとされていたのかと。
 
   はい。デザイナーにはそういう世界観と設定を決めてからオファーしていますが、世の中に出す前に、TikTokでのプロモーションを先にしかけたということはしました。デザイナーさんにはキャラクター単体でのコンセプトではなくて、将来的にカフェやグッズ販売を想定しているので、世界観を重視したキャラクター設定をしてくださいという言い方をしました。
 
市井  なるほど。キャラクターを作ったその先の出口やプロモーションの仕方をあらかじめ設定した上で、デザイナーさんには作ってくださいとしていたわけですね。わかりました。
Q10. リアルとデジタルのところで、バーチャルフェス等で新たに開拓したファン層に対して、今後リアルの場に来てもらうために、どのような施策を打っていますか?
 
   リアルとバーチャルの両方の送客は結構難しくて、バーチャル空間で価値を提供してリアルに来てもらうためには、例えばキャラクターの価値などをしっかり伝えないといけません。例えばピューロランドに来てもらったお客さまが家に帰ってバーチャルピューロランドに行くという、リアルからバーチャルはわりと多いと思うんです。ただ逆のバーチャル先行でリアルに来てもらう方がハードルは高いですね。
 
サンリオ・エンゲージメント・システムというものを構築して、それが相互送客するようなデータも取って、その人にとってプラスになるようなリアルの情報を発信していく。バーチャルピューロランドを楽しんでもらった方に、今こういうライセンスの商品が出ていますよ、このライセンス商品のイベントがここでありますよといった、相互送客の仕方ができるようなシステム構築をしていくことが、まず一番だと思います。
 
市井  Q11. ではここで、サブジェクトを少し変えて、辻社長ご自身のことやプライベートについての質問をしたいなと思います。日頃、インプットや情報収集について気を付けていることはありますか?
 
   そうですね。僕はもともとエンタメが好きなので、サンリオの中で一番TikTokを見ている自信はあります。基本的に新しいエンタメには触れるように意識はしています。まぁ意識しなくとも、勝手に触れていることの方が多いかもしれません。社員にも一日5分でもいいのでTikTokを見てくださいねと言っているほどで、それくらい何かしながらつけています。インプットや情報収集について、特段気にしたり努力してることはないかもしれません。
 
市井  では、ここから受講者の方から、リアルタイムでご質問を受けたいと思います。
Q12. 私はゲーム会社にいるんですが、キャラクターを作れと上からよくいわれます。人に刺さるキャラクターを作るのはなかなか難しくて苦労しているんですが、さきほど、乳幼児が注目するキャラクター作りのお話をされていましたが、そういった研究はどうやられているんでしょうか?
 
   実は、脳科学的な部分でキャラクターの開発をしたのは今回が初めてで、乳幼児・小学生向け英語教材だったので、キャラクターに頼りすぎてもいけないと思って、乳幼児が目をひくものってなんだろうと考えました。そこで認知科学の東大の教授に頼んで開発しました。結局、教材を買うのは保護者ですし、学習を促すのも保護者ですよね。ということはやらせる大人が大変なわけです。例えば、親が料理している合間にお子さんが動画を見てくれたら、楽ですよね。そこでいかにお子さんが没入してくれるか。に注目して作りました。新規IP創造にしても、明確な目標値を持って作った方がいいですし、専門の方の監修プロセスを経た方が商品に対する信頼度も上がるので、他の面でも専門の方に協力を仰いでということはやっています。
 

世代を超えて愛される新しいキャラクターの創造へ
 
市井  Q13. サンリオのキャラクターは種類もいっぱいあってサンリオらしさがすごくありますが、実はヒットコンテンツは意外に少ないのかなという印象があります。ディズニーさんはピクサーやルーカスフィルムなど、色々なポートフォリオのキャラクターを持っていますが、サンリオさんそのことについて将来考えているのかをお伺いしたいです。
 
   はい。これから色々なビジネスをやっていこうとは思っています。実はちょっとしたアニメのキャラクターも開発はしているんです。ただ、50周年を迎えるハローキティのようなキャラクターを作るのは、なかなか難しいです。ハローキティが50年愛されている大きな要因の一つに、世代を超えてきているという部分があります。ハローキティは、大体3世代か4世代のキャラクターなんです。当時10歳だった人は60歳になっている。親が子に。その子どもから孫へ。そういうサイクルが形成できているのが、長く続いているキャラクターの特徴です。
 
そういったキャラクターが生まれてきたのは、いわゆる50年前に初めてハローキティが出たときの消費活動にあると思っていて。サンリオは比較的身近な、ポーチや筆箱、お弁当箱、ハンカチなどという商品を出して、「モノ」で思い入れをつくってきたキャラクターだと思うんです。ただ、今は、店舗以外のタッチポイントがものすごく増えているので、「モノ」から入る人が少なくなりました。アニメやSNS、携帯のゲームアプリなどの「コト」から入っている人が多いのですが、いわゆる思い入れの没入感からしてみると、「モノ」よりは多少劣るのかなと思います。
 
SNSや携帯だって、毎日必ず見るかもしれないですが、アプリの画面だけかもしれないし、30秒動画かもしれない。でも、日常使っている文具やお弁当箱は実際に毎日使うものなので、手に取って使うことによる刷り込みといいますか、思い入れも強いんじゃないかと思います。文具を子どもにも買ってあげるときも、自分が使っていたハローキティのものにしようというお客様が多いのは事実です。ゲームやマンガ、アニメから生まれたキャラクターは爆発的にヒットすることもありますが、それが50年後はどうなんだろう?というのはあります。
 
キャラクターの寿命もそうですし、構築の仕方が変わってきています。われわれとしての今後の戦略としては、基本的には50年、未来永劫続くキャラクターを作り続けるのがキャラクターのカンパニーとしては多分正解なんだと思います。だた、今の時代、それだけやっていると、ちょっと時代に置いていかれる。だからこそ、そこを支えていくいろいろなポートフォリオ作りは大事だと思います。
 
今後、サンリオのキャラクターの出し方としては、50年続くキャラが野球だとすると、もしかしたらクリケットもやるかもしれないし、モルックをやるかもしれない。いろんなキャラクターのパターンを試していくというのは、今後のエンタメのIP業界では絶対やっていったほうがいいと思っています。われわれの現在のキャラクターポートフォリオとは、伸び率が違うキャラクターというのはどんどん増やしていくべきだと私は考えているので、そこは今後、サンリオから出していきたいなと思っています。
 

◆VIPOアカデミー 校長 市井より
 
辻社長は、人当たりがよく、人の話をよく聞き丁寧に答える、非常に謙虚で、かつ気さくな方でありました。社内会議において、なるべく自分が最初に話さずに、自由に皆さんの意見を出してもらい、話を聞いた上で、最後に自分が話すように心がけているとのことですので、社員の皆様に対しても同じように接しられていると思います。今後、長い期間社長を務められると思いますので、辻社長が今の姿勢や魅力を失わずに、サンリオをリードされて行くことを期待しておりますし、非常に楽しみです。


 
 

画像・参考資料:©2023SANRIO CO., LTD. 著作:株式会社サンリオ

 
 

辻 朋邦 Tomokuni TSUJI
株式会社サンリオ 代表取締役社長

  • 経歴:
    平成23年(2011年)3月 慶應義塾大学文学部卒業
    平成26 年(2014年)1月 株式会社サンリオ 入社
    平成27 年(2015年)6月 株式会社サンリオ 企画営業本部担当執行役員
    平成28 年(2016年)6月 株式会社サンリオ 取締役
    平成29 年(2017年)6月 株式会社サンリオ 専務取締役
    令和2年(2020年)7月 株式会社 サンリオ 代表取締役社長
    ~現在に至る


 
 


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