VIPO

インタビュー

2023.06.15


映画『ブレット・トレイン』における、日本発楽曲のシンク活用 ~シンクビジネスで拡がる未来の可能性~
作品を彩る大きな要素として、「映画」とは切っても切り離せないのが「音楽」。音楽が素晴らしい映画作品は私たちに大きな感動と印象を残します。
2022年9月に公開された映画『ブレット・トレイン』では、たくさんの日本の楽曲が使用されました。今回は楽曲の起用にあたって、権利関係のクリアランスに携わり、本作品のミュージックスーパーバイザーのシーズン・ケント氏とお仕事をされた田端花子氏に、シンクビジネス*についてお話を伺いました。
(*シンクビジネス:映画等の映像作品に既存楽曲を使用する際の楽曲選定や、それに伴って発生する権利関係のクリアランス等関連業務のこと。日本ではシンクロと言われる)

 
 

 
 
 

『ブレット・トレイン』のこだわりの楽曲たち
 
熱意と奇跡が実を結んだ契約

『ブレット・トレイン』で日本楽曲が使用されるまで

田端氏がかかわることになったきっかけとは
 
VIPOグローバル事業推進部 アシスタントマネージャー 風岡優賀子(以下、風岡)   今日は、ハリウッド映画『ブレット・トレイン』の音楽関係の権利のクリアランスを担当された田端花子さんに、お話を伺いますのでよろしくお願いいたします。
 
まず、『ブレット・トレイン』は既存の音楽を多く使っているということでおそらく過去に例がないくらいの数の日本楽曲がシンクされたのではないかと思いますが、この作品のミュージックスーパーバイザー*のシーズン・ケントさんから依頼が来た経緯を教えてください。
(*ミュージックスーパーバイザー:映画に使用するすべての楽曲の選定と権利クリアランスを統括する責任者)
 
VIPOエグゼクティブ・ディレクター/ユーマ株式会社 取締役 田端花子(以下、田端)  もともとシーズン・ケントさんはソニー・ミュージックパブリッシング*に楽曲を依頼していて、ソニー・ミュージックジックパブリシングの駒崎絵里さんとコミュニケーションを取られていました。自社で扱っている権利以外の作家さんや楽曲についての依頼先を検討されているときに、私が以前映画のミュージックスーパーバイザーをやっていたことを駒崎さんがご存じで、連絡をくださいまして、シーズンさんにご紹介いただいたのが最初になります。
(*株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントの系列会社、音楽出版社)
 
風岡  なるほど。ちなみに以前のミュージックスーパーバイザーのお仕事は、それもハリウッド映画だったんですか?
 
田端  いえ、それは曽利文彦監督の日本映画でした。日本映画では珍しいんですけども、海外の楽曲を日本映画にシンクロするというプロジェクトがありまして、そのお手伝いをしました。そのときに、日米、日英のシンクロの違いを初めて学びました。
 
風岡  では、具体的な依頼内容として、シーズン氏の意図や楽曲、アーティストを選定する上でポイントとなるテーマは、どういったものでしたか?全体的なことでもよいですし、それぞれの楽曲についてでも構いませんので、教えてください。
 
 


作品概要とシンク楽曲

 
 

シンクされた各楽曲について

主題歌「Stayin’ Alive」女王蜂 アヴちゃん
 
田端  全体的な印象としては、当たり前ではない楽曲というか、これを使うの⁈というサプライズがありました。特にそれを狙ったわけではないそうですが、こちらが驚くほど、シーズンさんと監督が広くリサーチをされていて、ありとあらゆる所を探していた中で一番強く希望したのが女王蜂のアヴちゃんの「Stayin’ Alive」でした。アヴちゃんはシーズンさんがネットで見つけてきて、あのビー・ジーズのサウンドはそのままにグルーブを新しくしたいというテーマがあり、あのファルセットの感じがちょうどよいということで、アヴちゃんを調べたらソニー・ミュージックジックパブリシングに行き着いたというところです。
 

「Kill Me Pretty」奥田民生
 
奥田民生さんの「Kill Me Pretty」は、「レッド・ツェッペリンのボーカルのロバート・プラントさんのような、激しくて少しロック調のシャウト系のボーカルを最後に入れたい」という監督の希望があって、先述の駒崎さんに相談があったとのことです。ロバート・プラントみたいな歌声だと奥田民生さんでどうですかということで、すでにできあがっていた奥田民生さんの曲のデモを聴いて決まったそうです。
 

「時には母のない子のように」カルメン・マキ
 
カルメン・マキさんの「時には母のない子のように」は、シーズンさんが見つけてきました。使用されるシーンが、悲しいだけではなく、何とも切ない、ノスタルジックなシーンだったため、そういうニュアンスを全部含めた楽曲を探していたらこの曲にたどり着いたそうです。日本語で何を言っているか分からないけれど多分悲しく切ない曲ではないかということでしたが、奇しくもシーンにぴったり寄り添うような歌詞だったので、ばっちりでしたね。この曲については権利関係が幾つかに分かれていて、寺山修司さんの歌詞なんですが、この権利クリアランスを私が担当させていただきました。
 

「Five Hundred Miles」Song For Memories
 
「Five Hundred Miles」については、もとはピーター・ポール&マリーの楽曲ですけども、山本潤子さんが歌うSong For Memoriesのバージョンが使われました。最初はなぜオリジナルを使わないのだろうと思っていました。というのも、監督がネットで見つけてきたこのバージョンは、CDになっていないものだったんですね。これはイントロのギターのサウンドから山本潤子さんのボーカルに入るところまで、全てパーフェクトだ!ということで、どうしてもこのバージョンが欲しいというので、こちらの権利クリアランスも担当させていただきました。
 

「Holding Out For A Hero – Dance Version」 麻倉未稀 / 「Sukiyaki」坂本九
 
麻倉未稀さんの「Holding Out For A Hero – Dance Version」」は、オリジナルではなくどうしても日本語のダンスバージョンを使いたいということで、権利関係をクリアランスしました。そして先方が指定された坂本九さんの「Sukiyaki」(上を向いて歩こう)は、監督側のほうで独自にクリアランスされたと聞いています。
 
風岡  今、お聞きしていると、監督やシーズンさんの「これを使いたい!」という強いこだわりがあって先方から指定された曲も多いように思いますが、奥田民生さんは日本サイドからの提案で決まったんですね?
 
田端  はい、そう聞いています。ロバート・プラントさんのような、激しいサウンドでロック調のシャウト系のボーカルで、というイメージがはっきりしていたので、ご提案につながったと。
 

監督が欲しいと言ったら、地の果てまでも求めに行く
 
風岡  依頼内容を聞いて、具体的にどういった検討を行なったかについてお聞きしたいのですが、例えば原曲ではなく、カバーや違ったバージョンとなると、クリアランスが難しいこともあったと思います。権利処理ができなかった場合に別の楽曲を検討や提案するようなことはありましたか。例えば、あらかじめクリアランスが難航しそうだなというものに対しては、代案検討の打診をするようなことが日本側からあったのかなと。
 
田端  そうですね。実はここまで絞り込まれる前に色々とアイデアはあって、私自身も売り込んではみました。例えば、万一この「Song For Memories」さんの曲が駄目だった場合、こちらのアーティストはどうでしょうとか、カバーソングについても「Holding Out For A Hero – Dance Version」や「Five Hundred Miles」も違うバージョンでB案、C案は用意していました。
 
風岡  そうなんですね。その日本側から提案したときの、シーズンさんや監督とはどういうやりとりだったのかお聞かせください。
 
田端  私が担当した中では二つ提案させていただきましたが、最初にリクエストされた楽曲へのこだわり、これじゃなきゃダメなんだということがより明確になったやりとりでしたね(笑)「わかった、ちょっと検討してみようか」とはならなかったので。
 
風岡  そのこだわりとはどういったものだったのでしょうか?
 
田端  やはりファーストインプレッション、ファーストインパクトというのがあると思います。これはミュージックスーパーバイザーの力量といいますか、優秀度だと思いますが、監督がこれを欲しいと言ったら、地の果てまでも求めに行くという姿勢がありました。ですから、万一駄目だったらプランBやプランCというのは、簡単にはいきません。とことん粘り強く追い求めて、それで駄目でもまだ追い掛けるといった熱意と姿勢があったので、私も途中から色々と提案するのをやめて、もうそこまで言うのであれば、頑張って初志貫徹で、たとえ大変でもリクエストされたものをクリアランスしましょうと、私自身も意識がどんどん変わっていきました。
 
風岡  監督やミュージックスーパーバイザーが選んできているからこそ、作品として響くというのがありますよね。プランBは結局プランBという…。
 
田端  はい。そういうことだと思います。
 
 

シンクビジネスにおいて大切なこととは

コネクションとクリエイティビティと楽曲に対するこだわり
 
風岡  では、次の質問ですが、シーズンさんとのやりとりを通じて、感じたこと勉強になったことがあれば、教えてください。
 
田端  感銘をうけたのは、先程お話ししたとおり、とことんこだわる姿勢ですね。あとミュージックスーパーバイザーは本当に多才な人がなるんだなということです。まず音楽的な引き出しが多くあることが当たり前にベースにあって、業界でのコネクションもちゃんと構築していて、人脈がものをいう仕事だということがよくわかりました。
 
権利関係のリーガル面についてもよく理解していますし、監督やアーティスト、俳優さんも含めたクリエイティブミーティングに出ることが多いので、レベルの高いクリエイティブ集団の中で対等にやりとりや意見ができるってことは、自分自身もクリエイティブな人でないと務まらないと思います。ハリウッドで活躍されているミュージックスーパーバイザーは本当にレベルが高いと感じました。
 
風岡  権利クリアランスを確実に行う事務的な側面と、クリエイティビティー両方が必要な仕事ということですね。では次に、実際の権利処理、クリアランスのことについて聞かせてください。権利処理の工程やアメリカと日本のシステム上の違いなど、ソフト面も含め苦労したことなどあればお話しいただけますか。
 

まず契約書ありき。権利処理の大変さ。
 
田端  一番苦労した点は、使用したい楽曲のアーティストが、自分の曲がハリウッド映画にシンクされた経験がなかったので、リーガル面や収入面ほか、リスク面においてどういうことになるかを理解していなかったことです。それなのに、書類はたくさん書かないといけないし、多くの契約書にサインをしないといけない。しかもすぐに返事をしないといけないということで、それらの方々に契約書内容を説明して理解していただくというのが、時間もかかる作業なので非常に苦労しました。
 
まずソニー・ピクチャーズから来たリーガル関係の書類を全部日本語に直し、それを電話で説明して、どういうことかをご理解いただく。その後英語と日本語の両方で署名されたものをソニー・ピクチャーズに認めてもらうという作業は、必要なプロセスなんですが大変な作業でした。
 
また、楽曲の管理をする出版社等がついていないアーティストの方もいたので、例えば楽曲の情報が映画のキューシート*にきちんと記載されているかなどのチェックもこちら側で行いました。アーティスト名や楽曲名の表記が間違っていないかなど、普通なら事務所がやるような作業もプロセスとしてありましたね。
(*映画に収録された楽曲のタイトル、使いどころ、権利者等の情報を記載した資料)
 
 

 
 
風岡  自分の楽曲が海外で映画などの映像作品に使われるときのクリアランスは、契約のプロセスが日本とは違うということですか。
 
田端  そうですね。事前にきちんと紙ベースで契約を交わさないと作業にすら入れないので、そういう意味では、まず早く紙を交わす必要がありました。日本はどちらかというと、「タイアップで使います」ということが決まってから、契約書は後からというイメージがあります。
 
それと、今回、麻倉未稀さんの「Holding Out For A Hero – Dance Version」を使っているんですけど、これはあえて、麻倉さんのカバ―バージョンを選んでいるわけですが、日本語歌詞は作詞家でとても有名な売野雅勇さんが改作されています。単に翻訳しているわけじゃないんですよね。海外ではアダプテーションと言ってますけど、作詞家さんの改作になっているわけです。アメリカではそのアダプテーションをした人にも権利が発生して、契約書を交わしています。多分当時の日本では、そういう契約書を交わさないで、海外の楽曲に対する訳詩は権利が発生しないまま発表されていることが多かったと思います。
 
今回、さすがソニー・ピクチャーズさんだなと思ったのは、そのアダプテーションをされた方にも、きちんと契約書を交わしていましたので、今後はそういうことが当たり前になっていくと思います。
 
風岡  日本のアーティストにとって、ハリウッドに限らずですが、海外の映像作品で音楽が使われているケースがまだそれほど多くないので、おそらくそういった部分は教育といいますか、啓蒙が必要な部分ですね。
 
田端  はい。ただ、契約書といっても、2、3ページ程度の覚書のようなもので、至極当たり前のことしか書いていないんです。契約上の知識が必要というわけではなくて、今は優秀な翻訳アプリなどもありますから、そこに少し法律的な助言をしてくれる人がいれば、それほど大変なことではないですね。そこでおじけづかなくても大丈夫だと思います。
 
風岡  おじけづいてしまったら、せっかくのチャンスを失ってしまいますよね。
 
田端  はい。そういうことです。
 
 

会社もアーティストもアップデートが大切 

一番苦労したこととは。救世主現る⁉
 
田端  契約上のことで一番苦労したことと言えば、実はある放送局さんとのやりとりなんですよ。権利をクリアランスする中で契約期間の問題をクリアすることが最も大変でした。先ほどの話に出た「Song For Memories」の「Five Hundred Miles」は昔の番組で収録されたものを監督がネットで見つけたんですね。
 
でも、その放送局では始まって以来、シンクロについては期間しばりのある契約で、その期間ごとに契約を見直さないといけないんです。
 
ハリウッド映画においては、ほぼ永久の契約を交わすので、そんなことあり得ないわけです。それでもこれまで前例がないわけですから、この映画1作品で、局の方針を変えるわけにいかないと。それで使用をほぼ諦めていたところに、救世主が現れました(笑)その放送局の方で、映画がとてもお好きで、原作者の伊坂幸太郎さんも、ブラッド・ピットのことも大ファンで、これは今後のためにも絶対やるべきだと。これからIPやコンテンツを海外にアウトバウンドするにあたってグローバル基準にしましょう!と社内に掛け合ってくださって。その方のご尽力もあり、『ブレット・トレイン』がきっかけで局のシンク契約基準を変えていただけました。
 
風岡  それはとても、興味深い裏話ですね。VIPOもコンテンツのアウトバウンドを目的として事業を行っていますので、私たちにとってもいいお話です。
 
田端  結局そういうことかなとは思います。きっかけがないと変わらないし、大きな会社がルールをアップデートしていくことはとても大事だと思いますし、ひとつ変わったら、あとに続くところも出てくると思います。
 
風岡  シンクビジネスという言葉自体もまだあまり知られていないですし、実際に海外の映像作品で日本の楽曲が使われるとなると、なにをどう整理して進めていったらいいのか、わからない方の方が多いと思います。それでも、学びながら、時には、ルールを大きく変革させていきながらやっていくことは、どの仕事においても会社でも必要なことですよね。
 
田端  全くその通りだと思います。
 
 

シンクビジネスにおいてアーティストができること
 
風岡  次にですが、アーティストはもちろん、事務所やマネージャーレベルで、海外とのシンクディールを目指す上でやっておくべきこと、必要なことはありますか。
 
田端  たくさんありますね。例えばアヴちゃんはYouTubeで見つけられましたけど、YouTubeやSpotifyなど世界中で当たり前のように見られているものには、必ず概要欄に英語でもプロフィールや楽曲について記載しておくことです。できればコンタクト先まで書いて、誰にいつ見つけられてもいいように備えておくというのはとても大事ですね。それはシーズンさんも言っていました。そして、日英両方併記する際には英語を先に書く方がいいです。実際に海外で活躍しているアーティストはみんなそうしています。
 
楽曲タイトルが日本語や漢字だけだと検索に引っ掛からないので、すごくもったいないですよね。英文表記は世界で見つけてもらうには必須事項だと思います。それと、SNSの存在はやはり大きくて、特にInstagram、TikTokなどで自分のプレゼンスを増やして、より多くの人の目に触れるチャンスを作ることも大切です。
 
DSP*へサブミットするときに、自分のジャンルを分かりやすく明記しておくと、アルゴリズムで検索されやすくなることはあると思います。例えば「Japanese Techno」とか「Japanese HipHop」とか。
(*Digital Service Providerの略。Spotify、Apple Music等音楽サブスクリプションプラットフォームのこと)
 
風岡  タグやワード検索で引っ掛かってくるようにしておくっていうことですよね。
 
国内向けだけなら自分の楽曲にわざわざ「Japanese ○○」と付けることはないですけど、そこはあえて入れておくってことですね。
 
田端  はい、そうです。実際、シーズン氏も楽曲を探すときに、日本人でイケてるヒップホップは誰だろう?というときには、「Japanese HipHop」と入れて検索しているとのことです。でも意外と、出てきてしかるべき代表的な人は出てこなくて、DSPの意識が高いアーティストは上がってくるので、上手にやっていますね。だから、やったもの勝ちというところはあると思います。
 
アーティストやレーベル、マネージメントができることは、そういうところからかと思います。
 
 
風岡  今のお話は基本的なことですが、海外から依頼が来やすいように、逆にこちらから仕掛けることについて、何か手法はありますか。
 
 
田端  アーティスト、事務所、レコード会社などの立場によって違いはありますが、アーティストであれば先ほど言ったように、今はSNSの時代でいつ発見されるか分からないため自分のプレゼンスをしっかり上げておくことですし、レコード会社なら、例えば今月のジャパニーズヒップホップとか、今年の注目新人海外編とか、そういう括りでプレイリストみたいなものを作っておくことはよいと思います。
 
プレイリストと共に、ミュージックスーパーバイザーにニュースレターを送っておくと、そういうリストはとても重宝するとシーズンさんは言っていました。日本ではほとんど誰もやっていないそうです。海外では、アーティストのマネージメント会社やレコード会社から直接来るそうですよ。
 
風岡  そういう地道な発信が大事なんですね。『ブレット・トレイン』でも、よく見つけてきたなと思う楽曲があって、そういう活動からチャンスを掴むということもあるかもしれないですよね。
 
田端  はい。実際、使用されたアーティストさんが海外に向けてどのような活動をしていたのかわからないので、たまたま発見されたのかもしれないですし、あえてそういう仕掛けをしていたのかもしれないですが、いずれにしてもチャンスを広げるためには大切な活動ですよね。
 
 

『ブレット・トレイン』公開後の反響と得たもの

一流は仕事が早くて正確
 
風岡  映画『ブレット・トレイン』が公開されて以降の反響はいかがでしたか?
 
田端  反響はやはり大きかったですね。同時にDSPでのサントラの伸びが大きかったです。やはりさすがだなと思いました。使用された個々のアーティストについても、注目度や売り上げが何倍にもなっているアーティストもいますから、そこは映画公開の効果だと思います。アヴちゃんは、これを機に世界中の人に聞かれて、これからもっといろんな引き合いが来ると思います。
 
風岡  今回の映画へのシンクのプロセスで得たものや知識、次に活かせることなどについて聞かせてもらえますか?
 
田端  プロセスで得たものというと、本当にみなさん、スピーディーなんですよね。すべてがスピーディーに進むようにチームワークも出来上がっていますし、その上で驚くほど細かくて、一流の仕事というものを見させていただいたなと感じました。
 
風岡  それはクリエイティブ面から権利のクリアランスの細かいところまでやっているという意味ですか。
 
田端  そうですね。それはシーズンさんがというよりもソニー・ピクチャーズのチームでしたね。リーガルのチームやそれをまとめる経理の人も含めて、とにかく早くて正確でした。
 
風岡  『ブレット・トレイン』は伊坂幸太郎さんの原作で、日本を題材にした作品でしたが、日本を扱った作品に限らず、今後のシンクビジネスの可能性の拡がりについてご意見を聞かせていただけますか。
 
田端  シーズンさんも言っていましたが、例えば2~30年前のハリウッドのキャスティングや音楽は、人種やチョイスされるジャンル含めて、ある種、偏っていた部分がありました。今はすごくダイバーシティーが重要になってきていますよね。配役もそうですし、音楽も常に新しいものを探したいというミュージックスーパーバイザーが増えているので、アメリカのトップ40を参考にするよりも、色々な世界中の面白い音楽を探すことがとても多い気がしますね。
 
日本を舞台にしていなくても、日本の楽曲が使われているハリウッド作品は『シング』や『ブレイド』などがあるわけで、やはりアウトバウンドを様々な形で行っていく、それもアーティスト活動の一環として当たり前にやるということは可能性を拡げると思います。アーティスト活動全体として、海外でツアーをしていたり、テレビに出たり、取材を受けていたりなど、そういうところで目に触れていくようにしておく。それがシンクにつなげる一歩かと思います。
 
風岡  ありがとうございました。楽曲が使用されるまでの経緯や大変だったこと、また今後のシンクビジネスにおいて大事なことがよくわかりました。ここからは、ここまでのお話を踏まえて、それぞれについてもう少し突っ込んで聞いていきたいと思います。
 
 

シンクビジネスは夢のある話

まずは断らないことから
 
風岡  使用楽曲について監督から指定されてきたものもあったというお話がありましたが、そういった場合、ミュージックスーパーバイザーは曲のセレクトや提案というよりも、そこの権利元を探しにいくという仕事になってくるわけですよね。
 
田端  はい。そうです。監督からの指定はとても特定されたものでした。それぞれ理由はあると思いますが、一言でいうなら、監督のフィーリング。一聴して楽曲に惚れこんだということでした。ミュージックスーパーバイザーの仕事としては、監督が希望の楽曲を選定してきた場合でも、権利クリアランスが取れなかった場合は、プランB、プランCと用意しなければいけないので、どちらかというと、プランBやCの提案でスーパーバイザーの実力発揮という感じだとは思います。こんなのも、あんなのもありますよという引き出しの豊富さがものをいうわけですから。とはいえ、今回はデヴィット・リーチ監督が音楽もすごくこだわる方で、自分で見つけてくるタイプだったので、特定されたことが多いと思います。今回も1曲はびっくりするような所から監督がピンポイントで見つけてきましたから。他はミュージックスーパーバイザーのシーズンさんが見つけてきています。
 
風岡  なるほど。権利元にはシンクロの収入が入ることはもちろんプラスですけど、逆に楽曲が使われる立場として見たときに、その使われ方はどうなの?というケースはないのでしょうか。
 
田端  ありますね。最初の問い合わせが来た段階で、どういうシーンで使われるかを細かく知りたがり、その内容を以て事務所に確認するせいで、返事が遅くなることが日本は多いです。その最初の入り口から海外とは根本的に違いますね。シンクロの話が来たら、アメリカでは絶対に断らないらしいです。自分の音楽が意に沿わないシーンで使われる可能性はあるものの、具体的な話までは決まっていないので、まずは12時間以内にイエスと回答して、詳細は後で話しましょうという流れですね。契約を交わす前段でのお話ですから。
 
風岡  そのあとの段階で、明確にこのシーンのこういう場面でという話を、アーティスト側、権利元に伝えるわけですよね?
 
田端  はい。伝えます。どのシーンで、何分何秒まで使う予定ということまでわかった上で契約書を交わしますので。ですから、この段階に来てから断ることもできるわけです。それなのに、日本では身構えすぎて最初から断ってしまったり、詳細確認に時間を要してチャンスを逃したりすることもあるので、もったいないですね。最初にまずOKを出しておけば、次のステップに進められるし、結果オーライってこともたくさんあるわけですから。
 
風岡  確かにそうですね。最初はオープンにして、話が進んでいろいろわかってから、最後にイヤだったら断ればいいと。
 
田端  結果、素敵なシーンで使われていたらそれでOKだし、猟奇的なシーンでイヤだなと思ったら、NGを出すのはあとから言えますから。
 
 

アーティスト、事務所、レーベルで複合的に仕掛けることの大切さ
 
風岡  シンクロは楽曲のプロモーションにはなることはもちろんですが、アーティストにとって、シンクロされることの影響力は大きいのでしょうか?
 
シンクロされるに越したことはないと思いますけど、ハリウッド映画に使われて認められたから継続的に自分の曲が使われるというわけではないと思いますので、アーティストにとってはその後が大切なのかなと。使われた後のネクストステップとしてやるべきことはなんでしょうか?
 
田端  シンクされたから継続的に使われるわけではないというのは、それはそうだと思います。日本国内でのことにしても、タイアップやCMで使われたとして、そこからブレークするアーティストは一握りだと思いますし、そういう方も最近はあまり見ないですよね。でも、大きな影響力はなかったとしても、シンクロのチャンスに備えてやるか、やらないかといったら、やったほうが絶対いいです。
 
風岡  そもそもシンクディール1件で収益が上がるわけですもんね。その上、次につながる可能性が拡がるかもしれない。
 
田端  アーティストのマネージャーさんはもちろん、レコード会社の方はもっと海外にむけて発信すべきですね。シティポップが海外で流行したのも、海外メディアで取り上げられたことをきっかけに発信されたわけですから、いつどこにチャンスがあるかわからない。明日は自分かもしれない。
 
風岡  アーティスト本人の意識もそうですし、事務所やレーベルまで複合的に仕掛けていかないといけないですね。YouTubeやSpotifyの検索に引っかかるようにしておくとか、そういう小さなことでも。
 
田端  まさにその通りだと思います。
 
 

 
 

監督やミュージックスーパーバイザーに見つけてもらうために
 
風岡  話が前に戻りますが、監督自ら曲を見つけてきたときに、フィーリングでいいなと思っても、よくよくその楽曲のコンセプトや歌詞を調べてみたら、全くシーンにマッチしていなくて白紙に戻すということもあるのでしょうか?
 
田端  カルメン・マキの「時には母のない子のように」に関しては、偶然シーンにぴったりで驚きました。「Holding Out For A Hero – Dance Version」は、使う前に日本語の改作歌詞を英語に訳し直し、それを見て、最終的に監督がOKを出しました。ですから、もしそこで全く違うイメージだったら、却下になっていた可能性は高いと思います。それくらい歌詞は重要視していましたから。
 
なので、繰り返しになりますが、歌詞を英語にしておく、その情報をオンラインでUPしておくということはとても大事だと思います。監督にしろ、スーパーバイザーにしろ、歌詞の意味がわからなければ、曲が良くても、シンクさせようがないですから。
 
細かいことですけど、例えば、DSPでApple MusicやSpotifyに歌詞は載りますが、あれはコピーペーストができないんです。だから訳をGoogle翻訳なんかで調べることができないわけです。だから、コピペができるように、HPにおいてあるといいとシーズンさんや備さん*も言っていました。(*後述の備 耕庸氏)
 
風岡  オファーがあった時は、すでに歌詞や楽曲のコンセプトを理解した上で話してきているわけですから、よっぽどのことがない限りはまずはOKと受けたほうがいいってことですよね。選ぶ側も事前にしっかり調べているよってことも、アーティスト側にもっと伝わるといいですよね。
 
田端  『ブレット・トレイン』のケースは、事前にきちんと調べた上でオファーを出してきていますから、逆にプランBやCが通らないくらい意思も固まっていたので、ある意味難しいところもありました。でも選ぶ前の段階では、ソニーさんからたくさん売り込みはしていたみたいです。別の映画のケースではその売り込みが通ることも大いにあると思いますし、逆をいえば、調べた上でのオファーにはそれだけ楽曲使用に対する熱量もあるというわけです。
 
とはいえ、曲の雰囲気だけで選んで、たまたま歌詞がシーンにドンピシャだったという「時には母のない子のように」のようなミラクルもありますけども(笑)
それこそ、シーズンさんは何百という楽曲をリサーチして、見つけてきていますから、そういう中ではミラクルの一つでも起こりますよね。
 
 

シンクから拡がる未来の可能性

日本と海外でのミュージックスーパーバイザーの認知度、ポジションの違い
 
風岡  今、この記事を読んでくださる方には、ミュージックスーパーバイザーがどういった仕事なのかご存知ない方や、より詳しく知りたい方もいらっしゃるかと思います。そういう方を対象に海外で活躍されている、備 耕庸氏のセミナーを開催したりしているわけですが、実際のところ、シンクをきっかけに得られる収益は大きいものなんでしょうか?
 
田端  それこそ、契約を交わしたら、例えばハリウッドの大作などであれば、ほんの数秒しか使われていないのにこんなに入ってくるの?というのはありますね。映画の公開はワールドワイドですから、シンクディールで得られる収益だけでなく、世界中からパフォーマンスフィーなどが入ってきますよ。
 
風岡  アメリカではシンクビジネスの認知は高いんですよね?
 
田端  はい。高いと思いますし、ミュージックスーパーバイザーも大変重要なポジションです。だから彼らに対する売り込みもすごいですし、オファーがあった場合には基本的には断らない。それと同時に、アーティスト側、権利元にしてみれば、競争率も高いので、流れ星をつかむような話でもあります。
 
またシンクをヘルプするエージェントが幾つもあるんですよね。ミュージックスーパーバイザーだけで組合ができるほどの人数がいるわけで、その一人一人のミュージックスーパーバイザーが映画に限らずいろんな映像作品に使う楽曲を相当数見つけることを考えると、楽曲の数も多いということです。
 
風岡  先ほどの話で、最初にオファーを出すときの段階では、だいたいのイメージでこういうシーンで使いたいという話を聞いて、契約時に詳細を聞いてから最終的にイエスかノーを判断すればよいという話がありましたけど、その間の期間はどれくらいあるものなのでしょうか?
 
田端  『ブレット・トレイン』については、最初から詳細が明確だったので、ほとんど期間はなかったです。他の作品では、なんとなくのイメージでとりあえずオファーを出してみるということもあると思いますけど、あくまでシンクされた場合の契約なので、編集の段階でなしになることも往々にしてあると思います。シーンごと無くなることもあるわけですから。
 
ただ、アヴちゃんの「Stayin’ Alive」は、もう相当前から決まっていましたね。やはり主題歌ですし、トレーラーのメイン曲なので。あとエンディングも結構早い段階で決まっていました。それは日本のドラマでも、同じことですよね。まず主題歌のタイアップだけ先に決まるみたいな。
 
風岡  作品によって違いはあるけれど、最初から詳細が分かっている状況のオファーであればなおさらスピード命で、早い段階で返事を出したほうがいいってことですよね。
 
 

インディーズレーベルの売り込み術
 
田端  はい。そうです。とはいえ、『ブレット・トレイン』はシンクビジネスを進めるにあたっての時間はあった方だと思います。やはり日本相手のことですし、よくわからないから、時間に余裕はもたせておこうというのはありました。アメリカのテレビでは1週間の間で4曲クリアランスするなんてことは普通にあるみたいですから。映画ほど製作期間の余裕がないからというのもありますけど、OKがでたところから決めて行くので、いかにスピードが大事かってことですよね。日本の事務所さんや受け手側もそうですが、これから海外にむけてシンクビジネスに関わりたいと思っている方は、そのスピード感は大切にされたほうがよいと思います。
 
それと、シーズンさんが話していましたが、日本のインディーズの方から権利クリアランス済の楽曲がニュースレターとして送られてくることもあるそうです。
 
おそらく、インディーズなので、ご自分で原盤権も出版権も持っている可能性が高いからだと思いますが、クリアランスが済んでいるということであれば、ミュージックスーパーバイザーのほうも安心して使えますし、手間も時間も省けられるので、使われる確率も上がりますよね。そういう工夫の仕方はあると思います。
 
万一クリアランスがきちんとされてないものを出してしまうと、映画の回収や、差し替えるというとんでもないことになってしまって、それは全てミュージックスーパーバイザーの責任になるので、それは絶対に彼らは避けたいことです。ですから、ものすごく慎重になりますし、さっきの売り込みのニュースレターのように、クリアランスの裏が取れていることは強いですし、確度も上がるかと思います。
 
また手間を省くという話では、音楽ライブラリー*もすごく充実していて、クリアランスが済んでいるものはそこに契約料も載っているので、それこそネットショッピングみたいに、ポチっと選べるんですよ。でもやはり、ライブラリーはすべての用途には使えないとシーズンさんは言っていました。楽曲を探してきて提案すること、またそのクリアランスまで仕切ることに、ミュージックスーパーバイザーの手腕が発揮できるし、存在意義があるので。
(*CM、映画などの映像に合わせて使用するための音源が揃うデジタル・ライブラリー。EXTREME Musicなどがある)
 
風岡  ライブラリーで見つけるだけで解決してしまったら、ミュージックスーパーバイザーがやらなくてもいいですからね。クリエイティブにおいても知識や感性を常に研ぎ澄ませておかないといけないということですね。今の時代、本当に膨大な数の楽曲が毎日生まれて溢れていますから、大変だと思います。
 
 

情熱を傾けられる仕事に就けることは素晴らしい

最後に伝えたいこと
 
田端  大変ですけど、それはとても大事なことですね。ミュージックスーパーバイザー同士で、「あの作品のこの曲がよかった」とか「あの曲の使われた方は最高だった」とものすごく盛り上がっているのを聞いていると、職業として、本当にすごく楽しんでやっているんだなと感じます。音楽好きな人にしたら、こんなに楽しい仕事はないんじゃないかと思います。それは映画業界でも同じですよね。映画が好きな人が映画に関わる仕事に就けたら、日々勉強とはいえ、とても幸せなことだと思います。
 
シーズンさんは、自分も色々な映画を見て、映画や音楽が大好きで幼い頃にあの映画のあの音楽で人生を変えられたという経験をして、それを人に与えられることができるのは夢のような仕事だと話していました。VIPOでこうして、具体的な仕事内容だとか、仕事の進め方の話をしましたけど、権利関係を知っていないといけないとか、スピードが大事!とかそういう部分ばかりではなくて、やはりシンクロというのは大きなビジネスにもなるけれども、何よりもすごく楽しくて意義のある仕事なんだということを伝えたいです。シーズンさんも目をきらきら輝かせてそこは強調されていたので、みなさんに伝わるといいなと思います。
 
風岡  最後に夢のあるメッセージでまとめていただきありがとうございます。これから、日本の楽曲がシンクされる機会が増えることと、日本のアーティストや楽曲の世界での認知度が上がることを願って終わりにしたいと思います。今日はお時間をいただきまして、ありがとうございました。
 
 

 
 

こだわりのシンク楽曲はデジタル配信または、ブルーレイ、DVDにてご確認ください。
 

『ブレット・トレイン』
デジタル配信中
ブルーレイ&DVDセット5,280円(税込)/4K ULTRA HD & ブルーレイセット7,480円(税込)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
© 2022 Columbia Pictures Industries, Inc. and TSG Entertainment II LLC. All Rights Reserved.

 
 

 
 

田端花子 Hanako TABATA
VIPOエグゼクティブ・ディレクター/ユーマ株式会社 取締役

  • レコード会社の宣伝、A&R、役員を経て、映画の音楽監督、音楽プロデューサー、ビジネス・コンサルティングなど多岐にわたり音楽と関わっている。
    映画『ブレット・トレイン』のシンク・クリアランスを担当。


 
 


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