インタビュー

2026.05.19


俳優からプロデューサーへ。コロナ禍の「止まった時間」が、女性二人を世界のマーケットへと突き動かした――国際共同制作のリアルと、世界を惹きつけるピッチ・企画書の極意とは

「自分たちの雇用は自分たちで作る」――コロナ禍という逆境を機に、俳優からプロデューサーへと転身した古山知美氏と竹中香子氏。ベルリン国際映画祭の併設マーケットの「Visitors Programme Berlinale Co-Production Market」の参加を経て彼女たちが手にしたのは、語学の壁をも凌駕する「伝えたい核心」と、世界と渡り合うための強靭なマインドセットでした 。国際共同制作のリアルな舞台裏から、日本の補助金「J-LOX+」を武器に変える戦略まで、海外展開を目指す全てのクリエイターに確かな指針と勇気を与えてくれる情熱のインタビューです。

(以下、敬称略)

 
 

プロデューサーになったきっかけ――「止まった時間」を動かすために

コロナ禍の絶望が生んだ「自分たちの雇用は自分たちで作る」という決意

 

グローバル展開事業部部長 森下美香(以下、森下)  お二人とも女優というお顔をお持ちですが、最初に、お二人が“プロデューサー”という役割に踏み出したきっかけを教えてください。
 
Ihr HERz株式会社 古山知美氏(以下、古山)  私は完全にコロナ禍が引き金でした。俳優仲間もクリエイターも、みんな現場が止まってしまって。「これからどうなるんだろう…」という不安の中で、「この状況で自分たちの雇用をどう生むか」を考えたら、ずっと胸の中にあった“映画を作りたい”という思いに火がついて。補助金について知ったことも追い風でした。
 
以前から、俳優仲間とは「映画を一緒に作りたいね」とは話していて、仲間と企画を立ち上げていたときに堤 幸彦監督の助監督をしている方にはいっていただきたくて、仁義を通す流れで、堤監督にスケジュール確認でご連絡したら、堤監督ご本人から「何するの?」と。事情を話したら、「僕が撮るよ」って秒で話がまとまったんです(笑)。そこから長編が一気に動き出しました。結果として私のプロデューサー人生も始まりました。
 
森下  それが、あの2日間で撮り切ったという『truth〜姦しき弔いの果て〜』ですね。
 
古山  そうです。堤監督が「やるなら今すぐ撮ろう」と。そこから高橋 洋監督とホラー作品『ザ・ミソジニー』を手掛けたりして、気づけば自社(Ihr HERz株式会社)がジャンル映画に特化した制作会社になっていました。最初から「プロデューサーになりたい!」と意気込んでいたわけではなく、目の前の危機を突破するために「作る」しかなかった、というのが正直なところです。
 
一般社団法人ハイドロブラスト 竹中香子氏(以下、竹中)  私もきっかけはコロナでした。私はフランスで演劇をやっていたんですが、劇場が10か月閉鎖になってしまって日本に帰国しました。日本でカナダの演出家と舞台を作る予定でしたが、渡航制限でそれも白紙になってしまって、代替案として、リモートで進める演劇企画の相談から太田信吾監督と出会いました。彼のドキュメンタリーを観たときに、直感的に「これは日本国内に留めておくべきじゃない、海外に出すべき作品だ」と思いました。
   
当時私はまだプロデューサーでもなんでもなかったんですが、勝手に「私が広めなきゃ」と思い込んで動き始めたのが最初です。作品づくりのプロセスにどっぷり関わるうちに、編集やプロデュース側の面白さに目覚めました。ヨーロッパでは月定額で映画見放題のパスがあって、映画館に通い詰めていたことも大きかったですね。観客として培ってきた“目”が、作る側の判断の土台になっていった感覚があります。
 
その後、志賀直哉の『城の崎にて』をコロナ禍に置き換えた映画を撮ることになりました。企画を2、3日で立ち上げて、当時は2分の1の補助金が一般的だった中で10分の10(全額)出るような支援(AFF:ARTS for the future!*)に必死で応募して。「芸術は今こそ、絶対に必要だ」というエネルギーだけで突き進んでいました。
 

* AFF:ARTS for the future!とは、2021~2023年VIPOが文化庁より委託され事務局を担っていた、コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業。

 
森下  お二人とも、プロデューサーを目指していたわけではないですが、どちらもコロナ禍の“止まった時間”に逆にエンジンがかかったわけですね。
竹中さんは太田監督と組んで、そこからプロデューサーとしての面白さに目覚めていったんですか?
 
竹中  そうですね。最初は脚本と主演でしたが、編集やポストプロダクションの全行程にべったり張り付いて関わらせてもらっているうちに「作る側のほうが面白い!」と気づいてしまいました。その後、沖縄の「Cinema at Sea」(沖縄環太平洋国際映画祭)のピッチに参加したのが決定的でした。プロデューサーとして舞台に立って企画をプレゼンするのが、一人芝居をしている感覚に近くて。「これ、天職かもしれない」と(笑)。当時はまだ実績のない「ハッタリプロデューサー」でしたが、企画を伝える喜びを肌で感じました。
 
森下  ピッチする側が楽しんでプレゼンしていると、ちゃんと伝わります。古山さんもプチョン国際ファンタスティック映画祭での「NAFF It Project*」でのピッチは語り草ですよ。あの時の女優然としたオーラ(笑)
 

*NAFF It Projectとは「プチョン国際ファンタスティック映画祭(BIFAN)」に開催されるアジア最大級のジャンル映画(SF、ホラー、スリラー等)に特化した国際企画マーケット。世界中から集まった映画企画のピッチング、投資・製作パートナーとの1対1の個別ビジネス・ミーティングを行い、国際共同製作や資金調達の機会を提供しています。VIPOの推薦枠より企画を提出し参加を支援している。

 
古山  恥ずかしいので忘れたいです(笑)。ガックガクに震えながら、今はもう履けないような12センチくらいのピンヒールを履いて登壇しました。でも、それまで他の参加者がデータや理屈を淡々と話していた中で、私は「女優として場をどう作るか」を意識しました。衣装もメイクも「プロデューサー・古山知美」という役を演じるつもりで。結果として、それが現地で強い印象を残すことができ、釜山のアジア映画学校(AFiS)への推薦や、今回のベルリンでのビジターズプログラムに繋がっていきました。

 
 

 
 
 

プロデューサーとしての最初の作品とは――偶然から必然へ

 

森下  ピッチの時のお話はのちほど、お聞きするとして、初期の作品について聞かせていただけますか。
 
古山  プロデュース1作目は『truth~姦しき弔いの果て~』(2021)。そのあと、俳優としてもホラーの需要が増えて、高橋 洋監督と『ザ・ミソジニー』(2022)を作りました。狙っていたわけではないのに、気づけば会社として“ジャンル映画に強い”体質が育っていきました。自分が俳優で映画好きであることを両立させる出口として、プロデュースは自然な選択だったのかもしれません。
 
 


©2021 映画『truth 姦しき弔いの果て』パートナーズ

 
 
竹中  私にとっては『沼影市民プール』(2025)が転機です。沖縄の映画祭でピッチをして、演劇の経験がプレゼンに直結することを実感しました。良い意味で“舞台に立つ快感”が戻ってきて(笑)。でもそこでわかったのは、ピッチは“信頼の獲得”だということ。作品の核を自分の言葉で語り、聞き手の時間を尊重し、質問に正直に応える――その積み重ねでしか関係は築けないことを学びました。
 
 


『沼影市民プール』
2026年秋より全国公開


 

海外企画マーケットへの挑戦とVIPO支援プログラムに参加してみて

海外ラボでの洗礼、語学よりも‘度胸’と‘伝えたい核心’

 

森下  VIPOの支援プログラムや海外マーケットに参加されてどんな学びがありましたか?
 
古山  ピッチのトレーニングが大きかったです。話す順序・姿勢・視線・時間配分まで徹底的に磨いて、会議室での最終リハから本番までしっかり準備することができました。現場に出ると、その“準備の質”がそのまま空気を変えます。プチョンでは、会場に入った瞬間に100人近い視線を体で受け取るような緊張感があって、怯みそうになりましたが、でもリハで積み上げたものがあったので、その通りに立ち位置を決め、言葉の“芯”を落とし込んだだけで、空気がすっと静まるのを感じました。
 
竹中  アジアのラボで“度胸”の意味が変わりましたね。英語が完璧じゃなくても、アジアのクリエイターたちは堂々としている。西欧的なヒエラルキーの下に自分を置かない。その姿勢を目の前で見て、「私は何に怯えていたんだろう」と肩の力が抜けました。以後は、語学より“伝わる構造”を磨くことに集中しました。大事なのはコンセプト・主題、観客への約束、今どこまで到達し、何を求めているか。この4点を明快にするだけで、相手はちゃんと聞いてくれます。
 
古山  指定されたプレゼン時間を過ぎてもピッチし続けるというのは熱意のように感じるかもしれませんが、長くピッチをしたからといって、それがいいわけではありません。時間管理は重要です。ピッチは“短く、正確に、余韻を残す”。それが鉄則です。
 
 


釜山国際映画祭 併設マーケット「Asian Contents & Film Market(ACFM)」にて

 
 
森下  語学の不安は、どう乗り越えましたか?
 
古山  最初は本当に怖かったです。AFiS(Busan Asian Film School)のプログラムで、現地の参加者に「ともみは何を言っているのかわからない」とGoogle翻訳で突きつけられたこともありました(苦笑)。だから、すごく努力もしました。でも、そこで気づいたのは“英語が話せる=プロデューサーができる”ではないということ。「どうやってお金を集め、形にするか」という部分を背中で見せることができればいいんだと思います。そこがきちんと機能していて、中身がホンモノだと伝わったら、みんなの対応がガラリとかわりました。私がうまく話せなくても、仲間が助けてくれる瞬間も増えて、彼らの方から「協力するよ」と助けてくれるようになりました。
 
竹中  ドキュメンタリーの現場では、なおさら“語るべき芯”が問われます。IDFAアカデミー*では、なぜ今その映画をあなたが作るのか、その問いに直球で答え続ける訓練を受けました。言い換えれば、英語の語彙を増やすより“自分の言葉で言い切る力”を鍛える。すると、不思議と文法の粗も気にならなくなるんです。ラボに来ている人で英語が上手じゃない人もたくさんいましたけど、みんな堂々としているんですよね。伝えたいことの中身がしっかりしていれば、語学はあとからついてきます。
(*世界中から選ばれた新進気鋭のドキュメンタリー監督・プロデューサーが参加する国際的な育成・ネットワーキングプログラム)
 
 


TCCF(Taiwan Creative Content Fest:台湾クリエイティブ・コンテンツ・フェスタ)にて

 
 

 

「これからマサカー(殺戮)を始める」海外メンターからのフィードバック

 

 
森下  参加されたプログラムはどうでしたか?「ファースト・カット・ラボ*」など、海外のメンターからのフィードバックは相当厳しかったと聞いていますが。
 

*ファースト・カット・ラボとは:世界中のプロフェッショナルな映画人を対象に長編映画の編集ステージにフォーカスした包括的なトレーニングとコンサルテーションを合わせたワークショップ。2015年にTatino FilmsのMatthieu Darras氏によって創設。VIPOでは、運営元のTatino Filmsと共催により、日本では初となる日本映画を対象とした実写長編映画の編集コンサルテーションプログラムを実施。

 
竹中:  凄まじかったですよ。1時間50分のラフカットに対して、メンターから開口一番「これからMassacre(殺戮)を始めるけどいいか?」と言われて(笑)。ストーリーの根幹からキャラクターの必然性まで、徹底的に解体されました。でも、太田監督がそれをすごく楽しんでいて。言われたことを鵜呑みにするのではなく、「そうきたか、じゃあこう打ち返そう」とクリエイティブなラリーが始まったんです。
 
日本のこれまでの環境だと、ここまで根本から「NO」を突きつけられることはありませんでした。太田監督も若い時だったら、自分の完成したものに、あれこれ言われたくないし、編集作業を誰かと一緒にやることも一切考えられなかったと言っていました。でも、世界と戦うにはこれくらいのブラッシュアップが当たり前なんだと痛感しましたし、すごく勉強になりました。

 
 

失敗と学び――“折れない心”はトライし続けることから生まれる

 

森下  学びとなった印象的な出来事はありますか?
 
古山  企画マーケットの落選は、正直こたえます。でも、1年目で通る方が稀。応募要項の読み込み、企画書の言語の磨き、トレーラーの再編集……やることは山ほどある。何度もリライトしてやっと“最初の1枚目”が書けた気になる、そんな日々でした。
 
竹中  私は“自分を下に置く癖”と向き合うのが難しかったです。西欧の大きなマーケットで、つい萎縮してしまう。でもアジアのラボで、同じ英語レベルでも堂々と語る人たちに出会って、世界が変わりました。「私の映画はこうだ」と言い切る。その一点で関係がひらける。以後は、落ちても落ちても応募する精神力が身に付きました。
 
森下  企画書や映像素材の磨き方について、聞かせてください。
 
古山  企画書は“1ページ=1約束”。ページをめくるたびに、相手の理解が半歩進む構成にすることです。監督が伝えたいこと、物語の核、観客体験、制作体制、スケジュールと予算、戦略など、順序を入れ替えるだけで、企画が別物に見えることも多いです。20回強のリライトは普通なので、くじけずに根気よく企画書をブラッシュアップすることだと思います。
 
竹中  韓国のトッププロデューサーのメンタリングで、トレーラーの“最初の10秒”を徹底的に直されました。観客が状況を理解できる画を先頭に置く。余計な文字は削り、画で語る。フォントも「この作品の声」に合うものを選ぶ。要は、言葉より前に“イメージ”を先に置くことが大事です。

 
 

ネットワーキングで心がけていることとは

 

森下  人脈づくりはどうしていますか?
 
古山  挨拶の次に“相手の時間を取らない質問”を用意します。「今日一番面白かったピッチは?」「会期中に30分だけ相談できる時間はありますか?」のように、次の接点へ橋を架ける。メールは映画祭の終了から1週間ほど経った時に感謝と要点を一通。小さな誠実さを積み重ねることだ大事だと思います。
 
竹中  私は“書く”を強化しました。レポートや滞在記を丁寧に書いて人と共有する。支援を受けたら、成果と学びを即報告する。文章は、相手に“この人は信頼できる”と思ってもらう最短距離だと感じています。


 

日本の補助金は「最強の武器」。それをどう世界に繋げるか

日本の補助金制度、J-LOX+に応募してみて

 

森下  VPOに応募された補助金の話もきかせてください。日本の制度についていかがでしたか。
 
古山  AFiSで各国の制度を学びましたが、「J-LOX+*」補助金の柔軟性と厚みは最強だと思います。世界的に見ても本当に特異だと思います。製作費の最大50%という支援、しかも日本の法人が中心となって海外展開を視野にいれていれば、どこでロケーションしてもいいなんて、世界中のプロデューサーからしたら「天国か!」というレベルです(笑)
 
日本はフランスとかに比べて、芸術に対して優しくないみたいな価値観ってまだあると思うんですよね。カメラはすごく発展したけれど、実際映画を撮るとなったときに、サポートがないみたいな意見がありますけど、この補助金のことはもっと知ってほしいと思いますね。映画が作りたくても、作れない国の方がたくさんいる中で、こんなに素晴らしい融通のきく補助金が日本にはあるんだと。もちろん書類をそろえるのは大変です。でも作品の核を言語化し、戦略と実装の計画に落とす練習だと考えれば、むしろ成長の機会ですよね。
 

*JLOX+とは、令和6年度補正クリエイター・事業者支援事業費補助金(クリエイター・事業者海外展開促進)の名称(2026年3月末終了)
現在は、VIPOがIP360(「令和7年度コンテンツ産業成長投資支援事業費補助金(海外展開支援・開発プラットフォーム構築支援)」の補助事業の一部(4事業対象)の事務局を担う。※IP360の詳細はこちら

 
森下  書類も日本語で書けますしね。それもすごくいいことですよ。
 
古山  海外のプロデューサーから「あなたと組みたい」と言われる背景には「J-LOX+」の存在があるからだと思います(笑)
 
 

 
 

 

国際共同制作の哲学――お金は手段、芸術が中心

 

森下  国際共同制作で心がけていることはなんですか?
 
竹中  フランスと共同製作をしていても、お金はあくまで「手段」でしかないです。
一番大切なのは「何を表現したいか」という哲学を共有すること。補助金のレギュレーションが作品の自由を削るなら、エントリーしないという選択もあります。私の軸は“監督の自由度”なので。予算が増えても、エレメントの縛りで監督が語るべきことが変質するなら本末転倒なんです。だから、縛りが少ないファンドを意識して探すのも私の仕事ですね。ドキュメンタリーの監督は「今撮らなきゃいけない」という意識が強いし、一人でやっている方も多いから、補助金の申請をしようなんて考えも余裕もないのが現実です。せっかくこんなに恵まれた制度があるんですから、この資金を「呼び水」にして、いかに海外のファンドや外貨(ドルやユーロ)を巻き込んでいけるか。それが今の私たちの世代のプロデューサーに課せられたミッションだと思っています。
 
古山  私は“仕事を越えた関係のデザイン”を重視しています。国をまたぐからこそ、ビジネスとしてではなく人と人としてコミュニケーションの温度を常に保つ。そこに週次のアップデート、合意形成のログ、意思決定の根拠を共有して、曖昧さを残さない努力をしながら意識的に橋をかけるようにしています。
 
竹中  フランスの共同プロデューサーから叩き込まれたのは、「お金は手段で、真ん中には常に芸術がある」ということを忘れないことです。さきほども話ましたが、一番大切なことは、「何を表現したいのか」の哲学を共有することです。例えばポスプロをどこでやるかも、助成金のためではなく作品のために決める。そのうえで、結果的に最適なファンドに近づくのが理想です。


 

世界に挑みつづける現在のプロジェクト

現実を再構成する“クリエイティブドキュメンタリー”―『煙突清掃人』

 

森下  次は現在、進行中の作品について、教えていただけますか。
 
竹中  現在進行中の太田信吾監督最新作『煙突清掃人』では、ドキュメンタリーの現実性を基盤にしながら、演出や構成にフィクション的な手法を取り入れ、現実の見え方そのものを問い直す「クリエイティブドキュメンタリー」に取り組んでいます。ストーリーの軸は“清掃とケア”です。ケアという言葉はきれいに響きがちですが、現実はもっと複雑で、身体も感情も、時に倫理も擦れる。そこにこそ人間の輪郭が現れると思うんです。構成台本は40~50ページ規模で。画作りは緻密に設計しつつ、現実がもたらす偶然も受け止める。その“狭間”に身を置くため、編集は海外の方に依頼しました。違う視野が入るほど、作品の軸がはっきりしますから。多面的な批評性を持って、社会に問いかける映像言語を作っていきたいんです。
 
さきほど話した「ファースト・カット・ラボ」でも批評や直しに容赦がなくて、シーンの入れ替え、間の調整、トーンの統一…と何度も壊して組み直しました。その過程で“映画の骨格”が見えてくるんです。またその過程を楽しめる太田監督の姿勢にも感動しました。
 
 


『煙突清掃人』

 
 

 

「フィリピン×日本」――日本の日常の価値を異文化で照射する

 

森下  古山さんのフィリピンとの共同製作も、動きが大きいですね。
 
古山  足立紳監督と開発中の日本×フィリピンの共同制作企画は、現地制作会社やフィリピン観光省の協力もあり、気づけばチームがどんどん拡大しています。テーマの入り口はシンプルで、“日本の当たり前を、他文化の視点で見直す”というものです。で、今回扱うのが――ジャパニーズビデ。いわゆる「ウォッシュレット」「シャワートイレ」のようなものです。これを海外に売りに行く話なんですが、これが本当に外国の方にバカみたいにウケるんです(笑)。日本では当たり前すぎてもう意識されない製品が、海外では「なんて素晴らしいんだ!」と驚かれる。そこに、ユーモアと社会性が同居する切り口があると感じています。さらに、セブ島でジャパニーズビデを一人で営業していた日本人の方に実際に出会い、話を聞いたことで、「これ、本当にあったんだ…」というリアリティも加わりました。監督の尽力もあり、笑えるけどちょっぴり泣ける、“ダメな大人たちのスタンド・バイ・ミー”のような魅力的なお話に育ってきています。
 
森下  出会いが企画を引っ張っていく感覚は面白いですね。
 
古山  はい。企画は机の上では完結しません。足で集めた情報と、人の情熱が連鎖していく。その手触りを大切にしています。

 
 

10年後のビジョンと目指したい場所

 

森下  10年後の自分を、どう思い描いていますか?
 
古山  ジャンル映画のプロデューサーといえば私――そう言われる存在になりたいです。
ヨーロッパの最高峰であるシッチェス(スペインのジャンル映画祭)にも挑みたいし、常連になりたいです。北米のファンタジア、アジアのプチョンと、三極を横断できるラインアップを揃えたいですね。さきほどの「ジャパニーズビデ」のように「日本独自の種」を世界中に撒いていきたいです。
 
とはいえ、最終的な夢は“静かに穏やかに暮らす”ことが目標ですが(笑)。
いまは、作っては送り出し、また次の作品がやって来る。その循環を健やかに続けたいですね。
 
竹中  私はIDFA(アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭)のような場所で、自分のスタイルを確立したいです。日本ではまだドキュメンタリーというと「事実を伝えるもの」という印象が強いですが、もっと作家性が強く、批評性に満ちたアートとしての“クリエイティブドキュメンタリー”を日本からも発信していきたいです。やらせ/プロモーションの外側にある、作家性と批評性を兼ね備えた表現。フィクションとノンフィクションの境界線を往復しながら、観客の“見る責任”もそっと問うような映画を作りたいです。
 
あとは、日本とフランスの2拠点で、お金のマネジメントも含めてサステナブルなクリエイティブ活動を続けていきたいですね。フランスのアーティスト保険制度(アンテルミタン)のような仕組みも、日本にどうフィードバックできるか考えていきたいです。


 

最後に――これから海外を目指す方へ

森下  では最後に、これから海外へ挑戦する方へ、実践的なアドバイスをいただけますか。
 
古山  ①まず応募する――1年目から通ろうとしない。落ちて学んでいくことを受け入れてあきらめない。
②1分ピッチを作る――“主題・観客体験・進捗・求めること”の4点を明確に。
③企画書は見開き設計――1ページ1メッセージ。
④トレーラーの頭3秒――理解できる画から始める。
⑤J-LOXを学ぶ!――自由度の高い制度を、最短で使いこなす。
 
竹中  古山さんのアドバイスに加えて、現在、企画開発段階における海外露出の重要性を実感しています。完成後ではなく、企画段階から積極的にマーケットに参加することで、作品の可視性が高まり、完成後の映画祭提出にも大きく影響します。国際映画祭公式出品にシンデレラストリーのようなことはなかなか起きず、完成前に、じわじわと映画祭マーケットで話題になっておくために、ピッチやミーティングでの露出が重要です。
   
また、監督の気持ちの変化や言動は宝です。フランスでは、助成申請時に、芸術的監督アプローチを50ページ近く書く必要があったので、監督から出てきた新しいアイディアは常に共同プロデューサーと共有し、助成の申請などに活かせるようにしています。
 
森下  お二人のように、自ら扉を叩いて世界に出ていくエネルギーは、間違いなく次世代のプロデューサーたちの刺激になります。VIPOとしても、これからもこうした「個の挑戦」を全力でバックアップしていきたいと思います。本日は本当にありがとうございました。


 

 
 
 

古山知美

古山知美氏 Tomomi FURUYAMA
イーアヘルツ株式会社

女優として活動する中、高橋洋監督『ザ・ミソジニー』でプロデューサーとして注目され、2022年にIhr HERz Inc.を設立。以降、第1回沖縄環太平洋国際映画祭コンペティションに選出された『水いらずの星』(越川道夫監督)など長編4作品を制作。2025年にはアジアから選抜された20名の一人としてAFiSフェローに選出。2026年には、インドネシアとの共同制作『Dame Torment』がBIFFF HATCHING RAVENS SHOWCASE ONLINEに、フィリピンとの共同制作『My Missing Half』がカンヌ国際映画祭期間中に行われるATMOVIE GLOBAL TRACKのJapan Pitchに2026年FrontièresのThe first wave of projectsとして選出されている。

竹中香子

竹中香子氏 Kyoko TAKENAKA
一般社団法人ハイドロブラスト

プロデューサー、俳優、演劇教育者。2011年に渡仏し、日本人として初めてフランス国立高等演劇学校の俳優セクションに合格。2016年にフランス俳優国家資格を取得。パリを拠点に、フランスを中心としたヨーロッパ各地の舞台に出演する。2021年、フランス演劇教育者国家資格を取得。
2021年より太田信吾監督作品のプロデュースを手がけ、初の長編プロデュース作『沼影市民プール』は12カ国の国際映画祭で上映され、2026年秋より全国公開。現在制作中の『煙突清掃人』は、6つの国際映画祭マーケットに選出され、多数の賞を受賞している。


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