VIPO

インタビュー

2025.08.12


NHK戦後80年ドラマ『八月の声を運ぶ男』放送記念! 「VIPO Film Lab/映画の企画開発講座 参加企画が映像化されるまで―制作秘話―」
VIPO(ヴィーポ)では、グローバルな視野を持ち国内外で活躍できるプロデューサー、監督、脚本家など業界プロフェッショナルを育成する場として、実践トレーニングやワークショップ、オンライン講座など、目的別に様々な人材トレーニング等を提供する「VIPO Film Lab」を運営しています。その中で2023年2月に開催された「映画の企画開発講座」(講師:脚本家 池端俊策氏)に参加し提出された企画がこの度、NHKの戦後80年ドラマ『八月の声を運ぶ男』(2025年8月13日OA)として放送されることが決定いたしました。講座の成果報告と放送を記念して、講座に参加された松本太一氏(WOWOWプロデューサー)に企画を立ち上げたきっかけから、映像化に至るまでのお話と講座での学びについて伺いました。

 
 


©NHK

 
 

企画の誕生と発展

講座内容と池端先生の言葉
 
─企画の立ち上げと講座に参加したきっかけを教えてください
 
松本太一氏(以下、松本): 8年ほど前に、原案「未来からの遺言-ある被爆者体験の伝記」(著:伊藤明彦)を読んで圧倒されまして、これは何かしら作品にできないかと思ったのが最初です。同時に映像化するのは難しいなとも思いまして、私が参加したドラマの打ち上げの席などでプロデューサーにこの企画の話をすると、「面白い」という人と「よく分からない」と意見が分かれる企画ではあったんです。内容が1970年代を舞台にしていて、その時代を描くにも予算がかかるため実写化は難しいだろうと思っていました。それが2017年頃です。その後、2021年にWOWOWに転職し、この本は心の中に常にありましたが、企画としては具体的に動かせていませんでした。しかし、日本テレビからWOWOWに移籍してきました著名なプロデューサーである西 憲彦さんの主催で、当時タツノコプロの社長だった、これまた日本のテレビドラマ界を代表するプロデューサーの伊藤 響さんとの食事会がきっかけで、思いきって開発してみようと思いました。日本のテレビドラマを作ってきた伊藤さんや西さんの志の高さやスケールの大きいお話に影響を受けたんだと思います。
 
それで試行錯誤していた矢先に『ゴールデンカムイ』の撮影でいった東宝スタジオの掲示板でVIPOさんの「映画の企画開発講座」の募集告知を見て本講座を知りました。池端先生に企画を見てもらえるこんな絶好な機会はない!企画書をぜひ見てもらいたいと思い、2023年の講座に参加しました。
 
 
─池端先生の講座での反応はどうでしたか?
 
松本:「面白い!」と言ってくださいました。「開発の余地があるし、これはやる価値がある企画だ」ともおっしゃっていて「人間ドラマとしてもっと深く掘り下げていって主人公の葛藤を作っていったら、うまくできるのではないか」という言葉をいただいて、その評価がすごく自信になりました。ずっと温めていた企画を実現化させたいというモチベーションになりました。
 
 


脚本家 池端俊策氏による講座の様子

 
 
─企画をプレゼンテーションするにあたり、工夫や意識したことはありますか?
 
松本:プロデューサー失格ですが、私はプレゼンはあまり得意じゃないんです。緊張もしますし(笑)ただ、自分が面白い!と思ったこと、感動したことをいかに伝えるかということはつねに考えています。この原案についても、自分がうけた感銘やリアルな感覚がしっかり伝わるよう意識しました。
 
 
─池端先生からはほかにどんなアドバイスや指導がありましたか?
 
松本:指導とはまた違いますが、池端先生は「これは物語の誕生の瞬間、いわゆる“フィクション”というものの誕生の瞬間を描いている」と指摘されていて、その言葉には感銘をうけました。「フィクションの話に人はなぜ、感動するのか。根源的なことが書かれている」ともおっしゃっていて、なるほどそういうとらえ方があるのかと思いましたし、よりいっそう、掘り下げ甲斐のある企画だと思いました。
 
 
─講座の中で得た気づきや学びが、企画にどのように影響しましたか?
 
松本:講座のアドバイザーとしていらした米倉さん(米倉リエナ氏(キャスティング・ディレクター 奈良橋陽子氏主催 UPS=ユナイテッド・パフォーマーズ・スタジオ 所属)の「ハリウッドでは、良い企画とは、30分間熱量を持って話し続けられるもの」という言葉が印象に残っていて、あらためて大事なことに気づかされました。企画の内容云々の前に、その人が情熱をもって取り組んでいる企画であれば、夢中で永遠に話すことができる。そういう熱量は聞いている側にも伝わるし心が動かされるといっていました。私も今後意識していきたいと思っています。
 
 


「映画の企画開発講座」受講生たち

 


 
 

企画採用までの道のり

NHKとWOWOWで映像化されるまでの経緯
 
─企画開発の過程で長崎を訪れてどのような影響を受けましたか?
 
松本:池端先生の講座を受けて、この企画にいよいよ本腰を入れて向き合いたいという思いが強くなりました。私自身、長崎に行ったことがなかったので、一度現地を訪れて、この書物を肌で感じたいと思いました。現地に行くとより本の内容が生々しく感じられました。被爆者の方の話や、特定の小学校の存在が私の中にリアリティなものとして残りました。企画を成立させたいという思いがより強くなったので、長崎に行ってよかったと思います。
 
 
─なぜこの企画がNHKでドラマ化されることになったのでしょうか?
 
松本:NHKが公募していた企画募集に提案して採用されました。 WOWOWが2024年にプロダクション事業を本格的に始めることが決まって、いよいよこの企画を実現化させようと思っていたときに、WOWOW社内で企画の内容を精査しまして、まずは思いきってNHKさんにご提案しようとなりました。それと脚本はやはり池端先生に書いてもらいたいと、講座のモデレーターをしていたNHKの篠原さん(篠原 圭氏 NHKエンタープライズ所属)にも話しをしていたら、池端先生もこの企画に非常に興味を持っていることがわかりました。
 
 
─撮影について東映京都撮影所に依頼した経緯は?
 
松本:この物語は“室内の空間”がとても重要なんです。主人公が暮らすアパートや一対一で対話するシーンが多くて密室劇の要素もあります。それに1970年代が舞台ですから時代感のあるセットになると思っていました。撮影開始まで1年を切っていたので、パートナーとなる制作プロダクションさんを見つけるのが急務でした。そこでWOWOWの名物プロデューサーでもあるプロダクション事業部長の武田吉孝さんにも相談しまして、武田さんがWOWOWのドラマでも何度もお世話になっていた東映京都撮影所さん(武田さんの盟友である百戦錬磨のプロデューサーの森井敦さん)を紹介してくれました。武田さんと森井さんが築き上げてきた信頼関係もあり、東映京都撮影所さんにお願いしましたら、快く引き受けてくれました。東映京都撮影所さんが引き受けてくださってほんとによかったです。
 
 


©NHK

 
 
─ドラマ化が決まったときのお気持ちを聞かせてください。
 
松本:8年越しに温めていた企画であり、またWOWOW社内の多くの方々(上述した西さんや武田さん、そして制作統括の加茂さんや私の所属先の吉雄局長や中薗部長など)の多大な理解と協力が得て、ようやく実現した企画であるため、嬉しい気持ちはもちろんありましたが、すぐに責任の重さを感じました。被爆者の方々の気持ちを裏切らない作品を作らなければ。と気が引き締まる思いでした。


 
 

ドラマ化に至るまで

キャスティングの過程
 
─主演のキャスティングはどのように進められましたか?
 
松本:キャスティングについては、監督が決まってから行いました。柴田監督(柴田岳志氏「坂の上の雲」2009-2011、「平清盛」2012)が正式に決まった2024年8月から開始しました。柴田監督と脚本の池端先生と話をしまして、本木さん(本木雅弘氏)にオファーしました。本木さんの相手役となる被爆者の役には阿部サダヲさんにお声がけしました。
 
 


辻原 保/本木雅弘氏

 


九野和平役/阿部サダヲ氏
©NHK

 
 

池端俊策氏の脚本について
 
─脚本はいつ完成しましたか?
 
松本:本木さんと阿部さんの出演が決まってから、2024年の12月末に完成しました。8月から取材を開始して、池端先生は3か月かけて取材を重ねてくれました。年内に脚本がないと準備が厳しいという話をしていたので、なかなか厳しいスケジュールになると心配していましたが、池端先生は11月には構成を書き、12月には本を書いて年内に初稿があがりました。
 
 
─映像化の過程で「企画の意図と異なった」と感じたことはありましたか?
 
松本:企画の意図と異なるということではないですが、観念的だった僕の企画書がここまでドラマに落とし込んでくれるのかと池端先生の本の力量にただただ感動しました。
 
 
─本作品のテーマについて池端先生はどのように考えていると思いますか?
 
松本:先ほども話しましたが、池端先生は、この作品が物語の誕生の瞬間を描いていると言っていました。フィクションであるにもかかわらず、なぜ人は心を打たれるのか、なぜ本当に体験した以上の感動を受けるのかという、フィクションの存在意義や物語論的な側面が描かれていると。

 
 

撮影について
 
─撮影期間とセットについて教えてください。
 
松本:撮影期間は約1ヶ月ほどです。東映京都撮影所でのセットとロケの半々ずつ日程を費やしました。東映京都撮影所さんが単発ドラマとしては考えられないほどの素晴らしいセットを組んでくれました。これは東映京都撮影所さんだからこそ実現できたことだと思っています。
 
 
─監督の演出スタイルについて教えてください。
 
松本:柴田監督は役者につねに寄り添います。そして役者の一番よいパフォーマンスを最大限に引き出します。私も本木さんや阿部さんの演技を現場で見て、何度も感動しました。
 
 


©NHK

 
 
─現場や制作サイドとの関わりの中で、印象的な出来事はありましたか?
 
本木さんが被爆を学びたい、長崎を感じたいということで、撮影が始まる前に一緒に長崎を訪れました。そこで平和祈念館や原爆資料館や長崎被災協等に行きお話を伺いました。また原作者の伊藤さんと生前親交のあったジャーナリストの方にお会いして、丁寧に対話を重ねる本木さんの姿勢にとても感銘を受けました。こんなにも役や演じる方に真摯に向き合うのかと、その姿がとても記憶に残っています。
 
それと、制作サイドとしてとても印象的なのは、このドラマはあらゆる世代がこの作品に関わっているんです。長崎のジャーナリストだった伊藤明彦さん(ご存命ならば88歳)の本を元に、広島で育った池端先生(79歳)が書く。そして演出家の柴田監督は60代。プロデューサーの森井さんは50代ですし、作品の総責任者である制作統括のNHK尾崎さんやWOWOW加茂さんは40代です。私は30代でアシスタントプロデューサーの東映の土橋さんは20代でした。戦争体験者の方の高齢化で戦争の記憶を次世代に伝えることが課題と言われている中、戦後生まれのあらゆる世代の人間が集結して、今、このドラマを制作できたことがとても感慨深いです。
 
 

 
 
─ドラマのタイトルが決まった背景は?
 
松本:原案のタイトルは「未来からの遺言 –ある被爆者体験の伝記」でした。「八月の声」を「運ぶ」という言葉のニュアンスが良いとなって「八月の声を運ぶ男」に決まりました。
 


 
 

最後に─撮影と講座受講を振り返って─

今後の展望と目標
 
─ご自身にとって「企画をかたちにする」とはどういうことだと思いますか?
 
松本自分の心が動かされた点、感動の熱量をいかに伝えられるかがまずは大事だと思います。それと同時に作品を届ける客層や媒体、予算などの現実性もしっかり考慮する必要があります。私は企画をかたちにする上でいろいろな方に企画の話をしましたし、意見も聞きました。そこから新しい視点や活路が見えることもあります。
映画やドラマも一人では作れるものではないので、監督や脚本家、俳優といったクリエイターの方々に興味を持ってもらうこともとても重要だと思っています。監督や俳優の方に興味をもってもらえたら、実現度もぐっと上がるのではないかと思います。
 
 
─今回の経験を生かし、今後はどのような作品を作っていきたいですか?
オリジナル企画などはありますか?

 
松本:開発中の企画はいくつもありますが、実は先のことはあまり考えていません。1本1本勝負だと思い、作品に真摯に向き合っていきたいと思います。
 

 
 

講座との接点・学びの活用
 
─講座の中で特に役に立ったと感じた内容やアドバイスは何でしたか?
 
松本:先ほどの講座の中で得た気付きについてでもお話しましたが、「良い企画とは30分間熱量を持って話し続けられる企画」ということが、企画を考える上での原点でもあるし、この先、大事にしていきたいアドバイスです。内容面だけでなく、語りたいことがある、伝えたいことがたくさんあることが良い企画なんだと思います。
 
 
─同じように企画の映像化を目指す受講生に伝えたいことはありますか?
 
松本:面白いと思う企画は是非、誰かにプレゼンしてみてください。私が所属しているWOWOWも常に面白い物語を求めています。これはWOWOWのドラマや映画として相応しい!WOWOWでやるべきだ!と思いましたら、いつでもWOWOWのプロデューサーを捕まえて企画を提案してみてください!手前味噌になりますが、私の先輩方であるドラマ部やプロダクション事業部のWOWOWのプロデューサーは皆さん本当に尊敬できる、モノづくりに真摯に向き合う方々です。
 

 


左から、篠原 圭氏(NHKエンタープライズ/講座モデレーター)、松本太一氏、池端俊策氏(脚本家)

 
 


©NHK

 
 

『八月の声を運ぶ男』について戦後80年ドラマ『八月の声を運ぶ男』主演に本木雅弘を迎え、広島に育った池端俊策が描く、長崎に暮らし日本全国を渡り歩いて被爆者の声を集め続けたジャーナリスト伊藤明彦の実話に基づいた、原爆によってもたらされた数奇な出会いの物語。 その生涯をかけ、1000人を超える被爆者の「声」を録音し、未来へ遺した一人のジャーナリストがいた。重い録音機材を携え日本全国を渡り歩く日々、活動を周囲から理解されない孤独の中、彼はある被爆者と出会う。その感動的な被爆者体験は彼の心を強く揺さぶり、声を遺すことへの決意を新たにさせる。しかし、その「声」は謎に満ちたものだった…。
 
【放送】
G 総合 2025年8月13日(水)よる10:00~11:29[全1回]
BSP4K プレミアム4K 2025年8月16日(土)よる7:30~8:59[全1回]
【再放送】
G 総合 2025年8月20日(水)よる11:50~翌午前1:19
※NHKオンデマンドでもご覧いただけます。
【原案】伊藤明彦『未来からの遺言 – ある被爆者体験の伝記』
【作】池端俊策
【音楽】清水靖晃
【制作統括】加茂義隆(WOWOW) 尾崎裕和 熊野律時(NHK)
【プロデューサー】松本太一(WOWOW) 森井敦(東映京都撮影所)
【演出】柴田岳志
『八月の声を運ぶ男』公式サイト[こちら]

 
 

松本太一 Taichi MATSUMOTO
株式会社WOWOWコンテンツプロデュース局ドラマ制作部プロデューサー
 

【経 歴】

  • 1991年

    兵庫県西宮市生まれ

  • 2017年3月

    東京大学文学部歴史文化学科日本史学専攻卒業

  •  

  • 2017年4月〜2020年7月

    株式会社メディアミックス・ジャパン

  • 2020年11月

    株式会社エービーシーリブラ入社

  • 2021年1月〜12月

    朝日放送テレビ コンテンツクリエイト局東京制作部

  • 2022年1月〜

    株式会社WOWOW コンテンツプロデュース局ドラマ制作部

 

【プロデュース作品】
・朝日放送
「それでも愛を誓いますか(2021年)」(プロデューサー)
「ハレ婚(2021年)」(プロデューサー)
 
・WOWOW
「連続ドラマW 怪物(2025年)」(企画・プロデュース)
 
・NHK
「八月の声を運ぶ男(2025年)」(プロデューサー)


 
 


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