VIPO

インタビュー

2020.12.17


内閣府に聞く――新型コロナウィルスがコンテンツ業界にもたらした社会的変化とニューノーマル
新型コロナウィルスによって私たちの価値観・行動・生活様式が大きく変化した2020年。コンテンツ業界の在り方も大きく変わり、デジタルやオンラインを使うことがニューノーマルとして当たり前となりました。この変革の時をチャンスととらえ、新しい可能性を広げていくために今、私たちが何をすべきなのかを今年の知的財産推進計画を元に、内閣府 知的財産戦略推進事務局長 田中茂明さんにお伺いしました。

 

デジタルはボーダレス。ピンチはチャンスととらえた展開の仕方とは

新しいビジネスモデルを取り入れて今まで以上の収益を得るには
内閣府 知的財産戦略推進事務局長 田中茂明(以下、田中)  みなさん、毎日大変な不安と戦いながらご苦労されていると思います。それをどのように支えていくかということが当面の課題となります。今年の知財計画における議論は、コロナがもたらす社会的な影響をどうとらえるかというところから始めています。最初から知財のあり方を話し合うのではなく、その前提として、社会や働き方の変化から議論してきました。
 
今はコロナがどのような形で終息するかは誰にも予測はできません。ソーシャルディスタンスがどこまで定着してその結果、人々の行動や価値観がどのように変化していくのか。または元に戻ることがあるのか。いろいろな予測や憶測があり、まだ明らかではありません。ただ、いろいろな方と議論を交わしていくと、完全に元の生活に戻るということはないだろうと言われています。
 
この新たな日常について「ニューノーマル」という言葉を使っていますが、それに合わせたビジネスや収益モデルの成功事例を提示していくことが、これから生き残って発展していく上での大切な視点となると思います。そのことを今回の知財計画の主眼においています。これはリスクでもありますが、チャンスでもあります。
 
この「変化にきちんと対応することが必ず糧となって活きていく」ということを社会全体で共有しながら、その努力をする方々を官民あげて皆で応援していくムーブメントを起こしていきたいです。そしてこのような議論をこれからさらに深めていくつもりです。
 
VIPO専務理事・事務局長 市井三衛(以下、市井) ほんとにそうですね。VIPOでもいろいろな事業で変化に対応していますが、分かりやすいのはデジタル化です。カンヌ映画祭の話になりますが、カンヌには映画祭とマーケットがありますが、マーケット参加希望者の方々に向けて、オンラインで説明会を実施してもらいました。現地でリアルに開催していたときは、オンラインの発想はありませんでしたが、今回は少しでも集客を広げるためにと提案をしたら快く引き受けてくれました。そしたらベルリンなど世界中の映画祭や併設マーケットをオンラインで繋ぐことが当たり前になりました。
 
今まで映画祭やマーケットに参加したことがある人もない人も、日本にいても参加できるようになり、国際的な映画祭やマーケットが身近になりました。これから変わっていくための大きなきっかけになると思いました。
前むきにとらえると、思ったよりもいろいろなことが可能になると感じています。
 
これらを前提にお話を聞かせていただきますので、よろしくお願いいたします。
 

中・長期的な文化産業群に対する支援の在り方

官・民が共に行う文化産業群に対して行う中・長期的支援
田中  先ほど申し上げた通り、新型コロナの影響が関連産業に深く影響を及ぼしていますので、文化産業の活動が継続できるように支援を強化しています。この活動継続の環境を整えていくためには政府の補助金政策だけではなくて、民間の方々にも社会的な重要性、価値をご理解いただいて、活動支援に参加していただきたいと思います。その具体的な支援方法の一つが寄付になります。
 
政府の支援策としては、補正予算を活用して行っているさまざまな緊急経済対策支援の一つ、J-LODliveでは、878億円の予算を用意しました。そして支援策の中核的役割をはたしている、VIPOさんに今、実行に移してもらっています。
 
たくさんの公演を延期・中止をされた事業者さんにとってJ-LODliveは非常に重要な取り組みだと思っています。今後のライブ公演の開催や収録を活用した動画の制作や配信に対して、この補助金を活用してもらうことは、注目も大きいですし、効果も期待しています。
 
文化庁でも、「文化芸術活動の緊急総合支援パッケージ」の対策で約560億円の予算を用意しました。文化芸術活動を行う個人や団体に対して、観客数の回復や活動の継続・再開のための準備、コロナ対応への様々な費用を補助するスキームを補正予算を通じて実行に移しています。このような対策をすることで、とにかく事業を継続いただき、新しい再開に向けての準備を進めることを全面的に支援しています。
 
寄付にもいろいろな動きがあります。いくつかの公益法人で行われている寄付のためのプロジェクトは、活動がきちんと分かるように「どこで」「どのような寄付の仕組みがあるか」を、公益法人関係の行政のホームページでリスト化しています。パブリックリソース財団や稲盛財団で、芸術文化・コンテンツ関係の寄付を集める基金やそれに基づく支援事業を行っていて大変頭が下がる思いです。
 
音事協、音声連、ACPCでもパブリックリソース財団と連携してミュージッククロスエイドという基金をつくり支援事業を行っています。
また、民間からの寄附金を募り支援を行うため、独立行政法人日本芸術文化振興会に文化芸術復興創造基金を設けて寄付を募っています。
 
これらを用いて、今頑張っている方に継続的な支援が行えるようにすると同時に、こういうものが折り重なってセーフティネットの仕組みが構築されていくことを期待しています。
 
市井  米国では法人でも個人でも寄付が集まりやすい環境にありますが、日本は寄付の文化があまり根付いていないように感じます。実際に基金を立ち上げて反応はいかがですか?
 
田中  音事協、音声連、ACPCが連携しているミュージッククロスエイドには、既に1億円を超える額が集められています。こういった動きが今後さらに大きくなっていけばいいなと思っています。
 

これまで以上の可能性がデジタル化にはある
田中  オンラインの対応も非常に重要になってきます。
クールジャパン関連分野のデジタル化については、電子チケットを活用した無観客ライブ配信が挙げられます。新しくビジネスプラットフォームを作って、かなりの実績を上げるプレーヤーも出てきています。コンテンツやクールジャパン関連分野では、デジタライゼーションがしやすい分野とリアルに触れたり味わったりなどしないと、難しい分野がありますが、「食」に関しては料理店がデリバリーやテイクアウトをするだけではなく、シェフがレシピを配信したり、食材や料理を組み合わせてデリバリーするモデルも出てきています。「食」はデジタライゼーションの難しさがあるにもかかわらず各プレーヤーが知恵を絞って新しいアイデアが出てきているので、今後はそのようなところに目配りをしていきたいと思っています。
 
市井  J-LODliveでも海外向けの動画配信が条件になっています。主催者が、元々オンライン配信するケースもありますが、補助対象の全ての公演は、最低5分間の動画を作って、海外に公開することが条件となっています。878億円の補助が振り分けられた各動画が世界中に発信されるのはものすごくインパクトがあると思います。そこから世界の人達に知ってもらって新しいコンテンツが生まれていく形になったら、支援だけではない価値と新しい可能性を生むことができます。
 
私たちも補助金をみなさんに支援するのと並行して、作った動画をいろいろな人に見てもらうためにはどうしたらいいかということを経産省さんと検討しているところです。作った動画をプロモーションとして、これを世界への足がかりの一つと、とらえてもらえたらと思っています。
 
田中  J-LODliveでやっている事業ですね。かなり面白い事例が出てきていると思っており、その視点をそれぞれのプレーヤーに持っていただくことが一番重要なことだと思います。
 
市井  新型コロナが流行する前はオンライン配信をしていなかった歌舞伎が、お稽古をしても公演できる機会がなくなってしまい「それならオンライン配信してみようか」と、今までとは違う発想になったと聞いています。このような人が増えて行きますと、まさにピンチがチャンスに変わっていきます。
 

既存施策の柔軟な活用として特に重視しているところ

付加価値をつけたデジタルの活用の施策に取り組む
田中  今の活動を維持するために、関係省庁もかなり多くの支援施策をうっています。また先ほどのお話にあったように、新しい発信の仕方や成果を出すニューモデルの構築に向けて様々な試みをしているところが増えているので、デジタルの方向に支援施策を誘導することも大切だと思います。
今年の各省の概算要求をみても今の部分を意識した要求が出てきています。
いくつかご紹介をすると、例えば文化庁で文化芸術収益力強化事業を新規で40億円要求されています。これは令和2年の補正予算でも59億くらい出しているのですが、テクノロジーの活用を掲げていて、政策目的としては新たな市場開拓と事業構造改革の取り組みの実践を支援することになっています。
 
5G、AI、VR、AR、ハイレゾリーション音源を使うなどの技術を活用して実演者が一方的に観客に発信をするだけではなくて、観客が参加することで新たな付加価値を創造するようなモデルが次々に生み出されています。これまでリアル開催していて、舞台上や演出上、制約があったものが、これらデジタルの活用によりマルチなチャネルを拡げることができます。そういったことを支援するためにそれなりの規模の対策を行っていた結果が出てきていると思っています。
 
VIPO事務局次長 槙田寿文(以下、槙田)  ちょうど、文化芸術収益力強化事業を、VIPOで今やらせていただいています。
さきほどの補正予算の59億円のうち10億円分を私どもで支援を行っていますが、そのオンライン説明会で300名を超える参加者から活発な質問をいただきました。みなさんの関心の高さはひしひしと伝わってきました。
 
この文化芸術収益力強化事業は文化庁からの受託なのですが、最初にお話をお伺いした時にはどうやっていくのかと思いましたが、そこは事業者さん自身が知恵を出して取り組んでいただいています。ミニシアターやライブハウスのような箱モノが非常に苦しいので、そこを利用しながら新しい付加価値が生まれるような新しいビジネスモデルができればと思っています。
 
ミニシアターやライブハウスは、地方にもたくさんあって、その地域の文化的な中心地になっています。存続を守るために例えばミニシアターで映画上映だけ行うのではなく、実演も絡ませたりオンラインの配信も組み合わせたりするために、今みなさんでいろいろな知恵を絞っているところです。
 
田中  特に地方やミニシアター、個人で活動されている方々がデジタル技術を活用したビジネスモデルにご参画いただきたいですね。投げ銭などの収益モデルもありますから。
 

 
まずはデジタル配信に入っていただくことを期待しています。J-LODでの例を見ると、VRやMRを使った新しい表現が出てきていますね。若手音楽グループのDa-iCE(ダイス)が実演に3D技術を入れて公演した例がありましたが、今までのものとは違う価値が出ていました。
 

テレポーテーションプラットフォームが無限の可能性を広げる
田中  J-LODでも存在空間そのものを変えていく、VR、AR、MRを使ったテレポーテーションプラットフォームのようなことにご支援されていますよね。その形でいくと無限な可能性が出てきます。デジタル空間のチケット販売は安くしなければならないと思われているかもしれませんが、VR、AR、MRを組み合わせることによってリアルの空間だけでは得られない価値を提供していることになります。リアルと同じ価格になるかは別として、デジタルにより販売数が増えて単価も遜色ないケースでは、すでに収益が増えているところもでてきています。
 
デジタル空間では世界同時配信ができるのでマーケットがさらに拡がります。これに対応することでさらに大きなチャンスを獲得できると強く感じています。
 
市井  コロナ禍でライブがデジタル化になっている中で、世界のライブがどのように変わっているかをリサーチして、その結果をもっとみなさんと共有して参考にしていただけたらと思っています。
 

「デジタル時代におけるコンテンツイノベーションを加速化」させる支援策

サプライチェーンを向上させて、コンテンツイノベーションを加速化させる
田中  私たちが着目しているのは、先ほどのお話にもでた、イベント収録した動画を海外配信することです。これにもJ-LODliveで支援していますし、海外マーケットを攻めるJ-LODの出発点でもありました。
 
ローカライゼーション、海外プロモーションをするための支援は大切なことだと思っています。特に外国語化に対してかかるコストを支援することは非常に重要で、特別なアプローチが必要になる商談会、プロモーションルートに対する支援はかなり活きてきていると思います。既に多くの実例が生み出されていますよね。
 
これから大切になるのは、サプライサイドの視点です。これはコンテンツを作る上でのサプライチェーンの生産性を向上させて、そのプロセスにデジタル技術をビルドインしていき、最終的にはクリエイターやエンターテナーに利益を還元していきます。それだけではなく、そこにはたくさんの技術者やスタッフが価値を生み出すために貢献しているので、その人たちへの利益還元原資を増やす意味でも非常に重要な視点です。
 
特にアニメーションの世界では制作プロセスの労働時間や賃金が問題視されています。アジアでは作画の自動化もかなり進んでいるので、私たちもそこに追いつかないといけないと思っていますし、制作現場の就業環境の改善にもつながる話なのでぜひ応援したいです。これらはビジネスモデルや経営変革にもつながる、いい切り口だと思っています。
 
市井  現在のJ-LOD④の枠組みである生産工程の効率化だけではなく、もっと広い範囲でのデジタル化が対象になると様々な支援ができるようになると更に活用範囲が拡がっていくと感じます。
 

国際的なプラットフォームへの対応の重要性を認識したうえで、国内から国際的に通用するプラットフォームが出現することを後押しする施策

国際的なコンテンツプラットフォームを利用して海外を攻める
市井  国内でネットフリックスのようなプラットフォームを作ったほうがいいという議論はあるのでしょうか?
 
田中  コンテンツの世界に限らずデジタルエコノミーに関して世界から遅れをとっている議論がここ5年くらいずっとされています。ただ、コンテンツに限らず一般論として、プラットフォームを支えている技術には波があり、先行者は新しい技術にも投資をし続けているので開発は簡単ではありません。しかし技術革新の中でメインプレイヤーの交代がないとは言えません。なので、あきらめる必要はないと思います。
 
一方で、もしデジタライゼーションに世界の水準と比べて劣っている部分があるならば、外資・内資を考えている時間はありません。世界に発信するにあたり、コンテンツのプラットフォーム市場でグローバルに活躍しているプレーヤーをパートナーと考えないといけませんよね。彼らに対して魅力的なコンテンツが世界のお客さんに対しての魅力的なコンテンツなので、そういうものを作って配信してもらうことが先決だと思います。日本のアニメや音楽は世界マーケットの中でファンも多く、特別な価値を感じている方も多いです。私たちは私たちの価値観や見せ方で世界の人たちを引き付けていけます。
 
政策の面では、文化庁が文化施設の活動支援環境整備事業の予算を100億円要求しています。その予算の15億円をかけてジャパンチャンネル構築事業をやろうとしています。
客体は劇場音楽堂や演芸場、ライブハウス、博物館、美術館、水族館など……そのような場所で行われている活動に対し、施設と配信事業者を組み合わせたプラットフォーム構築を支援する事業です。30件くらいのプラットフォームを支援することになっています。
 
市井  それは個別に考えているのでしょうか?
 
田中  30件なので個別にと考えていると思います。
 
市井  それぞれの劇場が、自分たちのやっているものを配信できるイメージですね。
 
田中  ある程度連携してまとまった形も含めてだと思います。それがある分野なのか地域なのか分かりません。
 
また、クールジャパン機構ではもともとプラットフォームに対する関心はありました。国内も視野に入れてはいますが、海外のプラットフォームと組んでいくことも含めていろいろな事例にトライしています。
 
例えば料理のレシピ動画では、食に対するエンターテイメントを欧米や南米を中心に配信している、テイストメイドという新しいベンチャー会社に出資をしました。吉本興業さんでは沖縄をベースに教育に関するコンテンツを配信するプラットフォームを作るために会長が大変熱心に旗を振っています。NTTも加わっていますが、CJA機構から出資をして応援しています。特に子どもの教育に着目したコンテンツは、社会的意義も大変大きいのでひとつの先例になればいいと思っています。
 
ただ、海外を攻めるという意味では既にある海外のプラットフォームを活用することにまずはトライしていかないといけません。
 
市井  そうですね。
 
田中  プラットフォームと聞くとYouTubeなどを思い浮かべるかもしれませんが、アジアにも巨大なプラットフォーマーが出てきています。シンガポールのGrab(グラブ)や、インドネシアのGOJEK(ゴジェック)です。一昨年去年に両社に行って日本と何がしたいかを聞いたところ、コンテンツが欲しいと言われました。彼らは自分たちのサイバーフィールドのエコシステムの中にどれだけ顧客をロックインできるかが成長のトリガーポイントになります。
 
彼らはゲームとエンターテイメントコンテンツをトリガーポイントとして、そこに入ってきた人をEコマースやモビリティサービスにつなげていくモデルを考えています。
 
Grab(グラブ)やGOJEK(ゴジェック)はモビリティから入っているので少し遅れているんです。
そういう意味ではすごくチャンスで、CJ機構もコンテンツを売り込む窓口としてGOJEK(ゴジェック)に対する出資をしています。そのような出資を入り口にして日本のコンテンツ業界にルートをお誘いしていくことを今後も考えています。これは非常にいいアプローチだと思います。
 

ブロックチェーンやフィンガープリントの技術でデジタル空間におけるコンテンツの適正な利用・流通・分配を正確に可視化
市井  支援に関しては他にもありますか?
 
田中  付け加えますと、作る側のデジタル革命をどうするかだけではなく、配信と利益還元の流通と分配も非常に重要となります。
 
ブロックチェーンやフィンガープリントの技術が新しい地平線を切り開く可能性があります。
今、デジタル空間でYouTubeやニコニコ動画を配信していますが、閲覧数データに基づいて、誰がどのくらい貢献して利益還元をされるのかが重要です。
いくつかフィンガープリントを使った試みがされ始めていますし、ブロックチェーンが入ってくればそれをかなり正確に記録することができます。
 
スマートコントラクトなど、いろいろなものを入れることでデータに基づいた正確な分配もできるようになってきます。このような技術の導入と活用が積極的に進められていくべきだと思っています。
 
デジタル時代における著作権、関連政策の検討をワーキンググループで進めています。その前提としてデジタルコンテンツがビジネスの中でもっと流通しやすい環境がつくれるか、そのためには権利処理がより円滑になるための制度環境整備がありえるのかどうか、フィンガープリントやブロックチェーンがその制度と組み合わさると何ができるのかを立体的に考えながら環境整備をしていきたいです。
 
一番のポイントは権利処理が円滑になることと個人のプレーヤーも含めたクリエイターに利益還元が今よりも適正されることを両立させることです。
 
市井  UGCということですね。
 
田中  UGCも含めてです。n次創作のようなものがより重要性をなしていく中で、もっとやりやすくなり、それに貢献した人に適切な利益が還元されることを両立できる世界が技術によって開けてきています。それにより制度的な前提と運用も含めて改善できるチャンスがあると思うので、それを見つけていきたいと思います。
 
市井  おっしゃる通り、権利処理は確かに大変ですね。J-LODliveで要求されている動画は5分程度のプロモーション動画なのでまだいいのですが、これがフルになるといろいろな権利処理の問題がでてくると改めて分かりました。放送と配信の問題が一番分かりやすいでしょうが、それ以外にもたくさんあることがよく分かりました。
 
田中  そうですね。今タスクフォースで話しているのは、今までは「テレビ番組はテレビ放送で流れる」「音楽はレコードで聞く」と、制作とメディアルートが1:1の既定ルートができていましたが、それが今はクロスになっているのでより権利処理が複雑化してきています。
他のルートで流す前提になってなかったんですよね。従って、その辺をもっと円滑にできるかがデジタル空間でコンテンツの流通量を増やすためには不可避な課題となって来ています。
そのような問題性は議論しています。
 
市井  結果的に売れてみなさんがハッピーならば、昔のやり方に固執する必要もないと思いますが、今持っているものを手放したくない部分もあるんでしょうね。
 
田中  今までは守ることと使いやすくすることがトレードオフだと見られてきたのですが、技術革新の影響もあり、必ずしもトレードオフとは決めつけられない可能性が出てきたと思います。
 
市井  みんながハッピーになる方向にむけて、議論と整備を進めていくしかないですね。
 

トライ&エラーを繰り返してAIの助けを借りて問題を解決
田中  そのためには技術をトライする人に対する応援が極めて重要です。コンテンツの分野により解決しやすいものと、より複雑な技術的な課題を抱えているものがあります。
 
人工知能の助けが必要となってくるので多くのトライ&エラーがなされると自動的に複雑な問題も統計的に処理されていく可能性があります。そういう意味では、VIPOさんでやっている技術チャレンジャーに対する支援は今までのコンテンツのマーケットの構造自体を変える可能性を導き出す非常に重要なトライアルになっていると思います。
 
市井  おっしゃる通りです。ブロックチェーンに関しては去年、今年とJ-LODの支援対象になっていますが、壮大な計画を立てた人がなかなかうまくいかず、それよりは今やっている作業をブロックチェーンにして簡素化することが結果的には成功しています。
 
本来は田中さんがおっしゃったような大きな絵を書いた人たちをサポートできると変革が出てくると思いますが、まだそこまでは至っていないのが現状ですね。
 
田中  これも国際的な競争になってくるかもしれませんね。
 
市井  そうなってくると少し違うのかもしれませんね。
 

ジャパンサーチ正式版を公開後、その現状

ジャパンサーチ正式版公開で、キーとなるのはつなぎ役
槙田  ジャパンサーチの正式版が公開されました。毎年議題に上っているのがVIPOもはじめて民間として認められた「つなぎ役」の支援策です。毎年知財の計画には載ってはいるのですが、なかなか具体的にはなっていない状況ですので、そこの部分をお聞かせいただけますか。
 
田中  ジャパンサーチが正式版となって、スタートラインにようやく立てた感じです。今後はつなぎ役の役割をどのように明確化していくかと、支援の在り方を検討していくことが重要な課題だと話しています。
 
今のところは分野ごとにメインのつなぎ役になる連携機関を約25機関定めさせていただき、VIPOさんにはメディア芸術分野の担当になっていただいています。書籍等分野であれば国立国会図書館などと決めてやっているのですが、VIPOさんは先ほど言った技術的な部分のトライアルのサポートもしてもらっているので、技術的な問題のサポートをするためのパートナーのあり方についても知見を提供いただきたいと思います。
 
連携機関が負うべき役割は大きいです。技術的な面でのサポートも期待されています。これは技術的にノウハウが蓄積されてないとできない話です。それに加えて著作権等の整理があるので、リーガルな処理も必要です。その辺についてもう少し明確化しながら、合わせてどのような支援をするか議論していきます。
 
槙田  つなぎ役の大半は1つの分野を1つの機関だけで束ねてないんですよね。そこの定義を明確化していかないとつなぎ役の役割と支援の議論が深まらないのではないかという気がしています。
 
田中  つなぎ役をしている関係機関がたくさんあるので、具体的にどこまで、何をしていかなければならないのかの頭合わせをしていくことが一つの課題だと思っています。今後の会議体で継続して検討していく予定です。

図 デジタルアーカイブの共有と活用のために
(「第2次中間取りまとめ」[実務者検討委員会、平成31年4月]より)

 
槙田  メディア芸術作品の所蔵情報を拠点化するお話が前からありますが、そちらはいかがでしょうか?
 
田中  メディア芸術関係のアーカイブに関しては昨年文化庁が、過年度より開発版を経て、新たにメディア芸術データベースのベータ版(※)を公開しました。まずはその強化をしていくことが喫緊の課題だと思っています。まだまだメタデータの拡充やAPIの連携強化をしなければいけませんが、現状、約67万件のマンガ、アニメーション、ゲーム、メディアアートの情報が既に登録されていて国内で国立国会図書館、ブランゲ文庫、明治大学米沢嘉博記念図書館、熊本など地方の図書館も含め、8か所ほど連携をしてきています。
さらにサービス強化のための技術的連携が必要です。
 
関係省庁としては、まずはメディア芸術データベースを強化していく話になっています。
※メディア芸術データベース:平成27年から令和元年にかけて「開発版」を公開。
 

ロケ撮影環境の改善策として大きく変わったロケ誘致に関して

ロケ撮影の円滑な実施のためのガイドラインを公表
 

 
槙田  インバウンドにつながる施策のロケ誘致については、この状況下でどのようにお考えでしょうか?
 
田中  ロケ誘致に関して、国内外の映像関係者が円滑にロケ撮影を出来る環境を整えるためのガイドラインを公表させていただいたところです。
 
「現場での許認可等が円滑に受けられるか」がガイドラインを出すときの重要なポイントでした。関係省庁に問題意識を共有してもらったこともあり、今までにはない柔軟な対応方針を規制官庁からは示していただいたガイドラインになっていると思っています。
 
例えば仮に申請どおりのやり方でロケが難しいとなった場合にも代案を提示していただく、ロケ撮影と言っても1か所でやるわけではなく、管轄などをまたぐ複数の場所で行うことがあるのでそれぞれの規制現場で違った判断をされないために、管轄を管理している本部がそれぞれの管轄の部署を調整するなどです。
 
ある警察本部では、関係のある警察署を呼んで調整会議を行ってくれました。それも事例として載せて、横並びをとっていくことが期待できる内容となっています。
 
問題は現場でこのガイドライン通りにやってもらえるかどうかです。そのために、周知についてもかなりエネルギーをかけようと思っています。それぞれの省庁から現場への周知をかけて、もし違った対応があれば知財事務局に伝えてもらって担当省庁と事態解決を図ることもガイドラインに書かせてもらっています。まずはこれを実行していくことですね。
 
槙田  3年前に映画関係者が「難しい」ではなく「できない」と頭から思い込んでいたことが、「できない」ではなくて「場所によって難しい部分をクリアさえすればやれる」と、みなさんの認識が変わってきました。あとは、地方や場所に対する理解も深まって、柔軟性が出てきたと思います。
 
田中  まさにロケ撮影を実際にやられる映像関係者と規制官庁の間に入るのがフィルムコミッションです。中継ぎをするフィルムコミッションのサービスを高度化する期待も非常に大きいです。おそらくロケ撮影はひとつの県でやるのではなく、複数の場所でやって行くことが増えると思うので、ある程度地域ごとのフィルムコミッションが連携してサービスに対応しないといけません。
 
その中で先行的なフィルムコミッションのノウハウとサービスモデルが他の地域のフィルムコミッションに波及していくプロセスが大切だと思います。フィルムコミッションの連携強化はジャパン・フィルムコミッションにやっていただいていますが、そこはひとつの大きな課題です。
 
槙田  ただ、海外からノウハウを持ってくると規模の大きな話になってくると思うので、違う対応が求められると私たちも認識はしています。そこはジャパン・フィルムコミッションとVIPOで連携をとってやっています。
 
田中  よろしくお願いします。
 

海外の人たちの日本に対する価値観がインバウンドの起点となる
 

 
槙田  withコロナの時代がしばらく続くとは思いますが、コロナ後のインバウンドに対して中期的なお考えを持っていますか?
 
田中  インバウンドを含んだクールジャパン全体の戦略についてどんな環境変化が起きているのか分析把握をしなければならないと思っています。「海外の方たちの価値観がどう変わってきたのか」日本をどう見ているか、日本の何に興味があるか以前に、移動することや接触に対しての意識を把握しなければと思っています。
 
それを起点として、さまざまなクールジャパンに関連する「食」や「エンターテイメント」などの商品や、楽しみ方について、見方が変わったのかどうかを知ることが重要となります。いい面も悪い面も分析しなくてなりませんね。
 
インバウンドは戻ると思いますが、難しいのは日本の努力だけでは、どうにもならないことです。コロナ感染の対応が欧米とアジアではあまりにも違うので、そこがなかなか見通せないという部分があります。
 
クールジャパン全体の中でインバウンドがはたしてきた役割は非常に大きいと思います。コンテンツが先導役となって色々なモノをつなぎ合わせてきました。そのバランスがここ4~5年でインバウンドにトリガーポイントが寄った形で出ていました。その回復も期待しますが、価値観が変わってきている以上、今までとは違う前提を置いておく必要があります。そうなると、コンテンツがはたしている役割はまた大きくなると思います。
 
槙田  コロナのリスクとチャンスのお話が冒頭にありましたが、一つの事例として私たちが行っている海外の日本映画祭を、今年からNYにある非営利団体と組んでやりはじめることになりました。
その団体は独自に毎年NYの文化レベルの高いお客様が中心に来ている映画祭をやっていますが、コロナ禍の中、今年はオンラインで開催したところ、アメリカ全50州のうち45州からお客様が見に来られて一気に周知されました。
日本映画を見たい人がNYだけではなくて全米にそれなりにいて、オンラインがいいチャンスになりました。VIPOと組む映画祭も、コロナが収束したとしてもハイブリッドで開催したいという話になりました。NYや近所のコアなお客様にはリアルに来ていただいて、それ以外の地域の日本映画ファンやこれまで日本映画に興味はあるけど、触れる機会がなかった方々にはハイブリッドで開催するお話をしています。
そこにチャンスがあると思いました。
 
田中  そう思います。
 
槙田  海外の色々な人と一緒にやることが効率的にコンテンツの需要を世界に図っていくために重要だと考えています。
 

日本にある海外コンテンツから、海外向けのコンテンツ制作を学ぶ
田中  昔は海外コンテンツといえば、アメリカと韓国で、ときどきBBCだったのですが、今はトルコやタイなど、他国のコンテンツに触れる機会が増えました。韓国より先にトルコのほうがコンテンツの海外戦略は成功していたと話も聞きます。タイのレベルも相当高くなってきているそうです。
海外にとっても自国以外の者に対する関心がものすごく深まっているはずで、デジタル=ボーダレスなので、取り組めば相当なチャンスが広がっていると深く、一消費者としても感じます。
 
市井  それだけ発信しやすくなっていますが、反面、コンペティションが激しくなってきていますね。
 
田中  海外の嗜好に合わせたものを作るという常識をどれだけ共有できるか勝負になって来ていると思います。
 
市井  J-LOD①はローカライズプロモーションで日本に発信していることを条件にしていましたが、その条件を外してもいいかもしれないと経産省さんとは話しています
 
田中  ありえると思います。
 
市井  トルコなどでリメイクも多く、リメイクもJ-LODの支援対象に含まれていますので、日本での発信が未定で、海外向けに製作されたものを支援対象に含めて良いのではないかと考えています。制作費は、補助金の対象にならないのですが、プロモーションは対象になります。J-LOD補助金事業も8年目に入った今、毎年少しずつ対象事業や対象費用を変えて、より適切に皆さんが世界進出するためのサポートを実施するよう心掛けています。
コロナ禍でインバウンドにすぐに繋がらないかもしれませんが、長い目で見て、結果的にここで頑張っておいて良かったという時期にしたいと思います。
 
田中  まだ日本にはそれができる実力があると思います。それにトライし続けることが大事なので、ラストチャンスです。
 
市井  そうは言っても、ゲーム以外のコンテンツは、かなり厳しい状況なので、国内の事業が苦しい中で海外に向けた話をしても・・という声もあります。ただ、将来を見据えて、今までの流れを止めないためにも、ここは続けるべきだと考えますので、我々も支援を止めないようにすることがすごく大切だと思います。
 
今日はいろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

 


 
 

田中茂明 Shigeaki TANAKA
知的財産戦略推進事務局長

  • 87年(昭62)慶大経卒、同年通商産業省(現経済産業省)入省。
    2006年通商政策局北東アジア課長、2008年商務情報政策局サービス政策課長、2010年製造産業局自動車課長、2012年内閣官房内閣参事官(日本経済再生総合事務局)、2017年官房審議官(競争力担当)、2018年経済産業省大臣官房総括審議官。東京都出身。

 
 


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