VIPO

インタビュー

2025.12.02


内閣府に聞く――コンテンツ産業を国家の柱へ。知的財産戦略と「協調と競争の好循環」が導くコンテンツ産業の未来
コンテンツ産業が国の基幹産業として位置づけられた2024年の「新たなクールジャパン戦略」発表から一年経過しました。今年6月に「知的財産推進計画2025~IPトランスフォーメーション~」が策定されました。目標の再確認とともに、現状分析、今後の方向性、具体的な施策が示されました。コンテンツ産業の成長に向けた気運が高まる今、国はどのような政策でその発展を後押ししようとしているのでしょうか。
2025年7月に内閣府 知的財産戦略推進事務局長に着任された 中原裕彦氏にお話を伺いました。(2025年9月30日実施)

 

(以下、敬称略)

 
 

「知的財産推進計画2025」が示すコンテンツ産業の成長と政策の方向性

 
VIPO経営企画部部長 山崎尚樹(以下、山崎)  本日はお忙しい中、ありがとうございます。6月に発表された「知的財産推進計画2025」は、昨年の「新たなクールジャパン戦略」に続いて、コンテンツ分野の目標を明確に示されました。まず、この一年を振り返っての評価と今後の政策方針について、お聞かせいただけますでしょうか。
 
内閣府 知的財産戦略推進事務局長 中原裕彦氏(以下、中原)  こちらこそ、貴重な機会をありがとうございます。皆様のご尽力により、日本のコンテンツ産業は、この10年間で目覚ましい成長を遂げました。2022年に4.7兆円だった海外売上は、2023年には約5.8兆円に達し、ついに半導体や鉄鋼といった我が国を代表する産業を超える規模となりました。
 
 


※出典:「知的財産推進計画2025~IPトランスフォーメーション~」p.80より

 
 
そもそも高市総理がクールジャパン戦略の担当大臣でいらっしゃいました際に、コンテンツ産業を2033年までに20兆円規模へ、さらにクールジャパン戦略全体では50兆円規模へと拡大させるという打ち出しをされました。現在21兆円の自動車産業に匹敵する国家の柱に育てていこうという強い意志の表れです。かなり野心的な目標ですが、直近の実績で既に20%増になっていることから、希望を持ちながら取り組んでいます。
 
この大きな目標達成に向けての政策は多岐にわたります。クリエイターと彼らを支える「専門人材の育成」、「人材のミスマッチの解消」、そしてクリエイターを守るための「取引慣行の適正化」があげられます。ビジネス面からは、中長期で稼げるIPを生み出すような作品製作を支援することや海外へ挑戦できる環境を整備することが重要であると考えられます。
 
知的財産の議論をするときに、よく「協調」と「競争」の適切な維持が大事だという話になります。
日本のクリエイターたちは、それこそ鎖国時代もパンデミック下でも、互いに切磋琢磨し、競うことによって多様で素晴らしい作品を生み出してきました。「ガラパゴス」と揶揄されますが、独自の文化を育んできました。これが、海外に展開するという局面では、協調体制が業界に求められてきます。どの分野でも極めて重要になるのが、「協調」だと思っています。
 
最近の好例が、音楽業界の5団体が一体となって開催した「MUSIC AWARDS JAPAN」です。業界がひとつになることで、日本の音楽の底力を見せた形になりました。他のコンテンツ分野でも同様に「協調」して海外展開を考えていくことができるはずです。
 
財政・税制面での支援もしっかりとやっていきたいと思います。コンテンツ産業は、日々大きなリスクと戦っています。他の産業の取組にたとえれば、毎日毎日の取組が研究開発であると言っても過言ではないかもしれません。可能な限りの支援をしていきたいと考えています。
 
最後に、これまで行ってきた取り組みを継続することも大事です。デジタルアーカイブの整備は、2035年までに規模と予算をヨーロピアーナ*並みにすることを目標に掲げています。海賊版対策もそうですが、継続が力になると思っています。
 
山崎  ありがとうございます。具体的な政策の方向性について、理解いたしました。
 
*ヨーロピアーナ:欧州で進められている文化遺産を対象としたデジタルアーカイブのポータルサイト(https://www.europeana.eu/en


 
 

指令塔機能の強化と継続性のある組織づくりへの課題

司令塔機能が求められる背景
 
山崎  続いて、コンテンツ産業官民協議会で、知的財産戦略推進事務局が「司令塔機能」を担う形で進めているという記述がありました。現在どのような状況でしょうか。
 
中原  「司令塔機能」が求められている背景には、省庁や関係団体がそれぞれの立場で動いている中で、対応がバラバラだったり、どこに相談すればいいのか窓口が分かりづらかったりすることがありました。結果として、利用者の皆様にご負担をかけてきたと思います。各省や団体にはそれぞれの考えや事情があるので、調整が必要になるのは仕方ない部分もあります。しかし、利用者目線に立ち、より分かりやすく、今後の活動に資する体系を構築することが必要と考えております。
その具体的な第一歩として、現在、各省庁が連携をして進めているのが、各省の支援策を一覧化したポータルサイトの構築と運営です。ユーザーフレンドリーな形にしたいと思っています。そして、これに止まらず、我々事務局が司令塔として、各省における取組を把握しながら先手先手で総合調整機能をしっかり担って対応していきたいと思っています。


 
 

行政の構造的な課題:長期的視点での組織づくり
 
VIPO専務理事・事務局長 市井三衛(以下、市井)  司令塔の組織に関連して、日本の行政が抱える構造的な問題だと感じていることがあります。
 
私がVIPOに着任して十数年経ちますが、その間に各省庁の方と何枚名刺交換したか分かりません。省庁の方々が2、3年という短期間で異動されるので、新しい担当の方に毎年同じ説明を繰り返しています。
 
この点は、コンテンツ業界だけが感じている課題ではないと思いますので、ぜひ、問題解決に取り組んでもらいたいと思います。
韓国のKOCCA(韓国コンテンツ振興院)やKOFIC(韓国映画振興委員会)、フランスのCNC(フランス国立映画センター)などを参考にしつつも、日本独自のモデルを作るべき時期にあると思います。コンテンツ庁の設立がベストだと思いますが。
 
中原  霞が関全体で、人事の短期サイクルの短さは私も痛感しております。私自身、幸いにも経産省時代に知的財産政策で4年、法務省での立法担当で5年、文化庁でも4年と、比較的長く一つの分野にコミットさせていただく機会に恵まれました。その経験から申し上げても、大きな政策を形にするには、やはり2年という短期ではなかなか難しい。一つの分野にこだわりを持って取組める人事体系が必要だと理解しています。
 
一方で、異分野の発想が持ち込まれることで新しい展開が生まれることもあります。専門性を高める「継続性」と、異分野の知見を取り入れる「新規性」、この二つのバランスが人事では鍵だと思います。


 
 

官民の積極的な人事交流で相互理解の促進
 
中原  官民連携の意味からも「官民の人事交流」は、今後さらに活性化させていくべきだと考えています。現場で起きていること、考えていることを我々役所が知り、政策に反映させることはもちろん、役所が行っている慣習には、行政のリジテマシー(正当性)を確保するための重要な意味があることへのご理解を得ることも重要かと思います。
 
市井  現場で起きていること、で言えば、我々が実施しているVIPOアカデミーで、今回コーポレートリーダーコースの参加者7人のうち6人が転職組でした。若手向けのプロジェクトリーダーコースでも、10人中8人が転職経験者。これだけ転職経験者が参加するのは、10年前にVIPOアカデミーが始まって以来のことです。
 
転職する人が増えているという背景もありますが、企業が転職者を研修に出すようになってきているということが大きいです。以前は社内で育ててきた人に研修を受けさせる傾向がありましたが、今は異業種から来た人でも、業界の流儀を学んだり、ネットワークを作ったりするために研修に参加している。企業側も積極的に送り出してくれている。コンテンツ業界も大きく変わってきています。映画からゲーム業界に行ったり、逆に映画会社がゲームの人を採用したり。海外では当たり前のことですが、日本でもようやくそういう流れが出てきたなと感じます。
 
こういった業界の動きを含めて、省庁の方々が現場を理解することによって官民の「協調」がうまく回るようになると期待しています。
 
VIPO事務局次長 槙田寿文(以下、槙田)  韓国は、金大中さんの時代から映画政策がしっかり続いていて、制度という土台があるから、政権が変わっても一定の枠の中で安定しています。
今、VIPOが各省庁から受託している実証事業も、官民でハイブリッドに進めていることでうまくいっていると思います。ただ、人が変われば終わってしまう可能性があります。それを資産としてきちんと残していくためにも、制度と運用の両面で官民が連携していくことは、すごく重要なんじゃないかなと思っています。


 
 

IPトランスフォーメーションと産業を活性化させる税制優遇への期待

 
山崎  次に、 「知的財産推進計画2025」の大きな柱として「IPトランスフォーメーション」が掲げられました。企業の無形固定資産の価値を深掘りしていこうというものですね。この大きな流れの中で、コンテンツ分野に特化した「タックスインセンティブ(税制優遇)」の検討はどのように進んでいるのでしょうか。
 
 


※出典:「知的財産推進計画2025~IPトランスフォーメーション~」p.12より

 
 
中原  「IPトランスフォーメーション」の根底にあるのは、無形資産をきちんと「資産」として可視化して資産計上し、その価値を投資家に対して明確に説明する。それによって正しく評価してもらい、さらなる投資を呼び込む、という好循環を生み出すことにあります。
 
コンテンツ産業が常に抱えている、作品が成功するのかという大きなリスクを国としてどう支えるかが課題です。支援に向けて過去の税制や他国で導入されている様々な税額控除の仕組みを改めて研究しました。そのうえで、賃上げと連動した設備投資促進の枠組みの中に、コンテンツ制作への投資も含めるという位置づけで、現在経産省が、税務当局と調整を進めています。あるいは既存の制度で利用できるものがあるか含めて、総合的に見ながら取り組んでいます。
 
市井  具体的にどういうことが考えられますか。
 
中原  具体的には、制作に投資した費用の一部を税額控除するといった仕組みが海外には存在することを念頭に置きながら、研究開発税制を活用したり、産業構造の高付加価値化のための大胆な設備投資に関する税制措置等を講じ、事業者のキャッシュフローを支援することが考えられます。
 
槙田  「加速償却」を、目的に応じて使い分けるということでうまく産業側を刺激することができると思いますので、ぜひ考えていただけたらありがたいなと思います。
 
実は「ふるさと納税」の返礼品は、「タックスクレジットの譲渡」と似た発想ですよね。寄付によって得た税金の控除というメリットを、別の価値(返礼品)に転換しているわけですから。日本でも、導入の素地ができているかなと思います。産業を活性化させる税制を期待しています。


 
 

地方創生と包括的ロケ誘致の実施に向けて

多角的な政府支援で支えるロケ誘致政策と「聖地巡礼」に見る経済効果
 
山崎  地方創生とロケ誘致について伺います。単なるロケ地の提供に留まらず、VFXやポストプロダクションといった後工程まで含めた、より包括的な誘致の取り組み状況はいかがでしょうか。また、産業振興という観点から、新たな視点はございますか。
 
中原  ロケ誘致に関しましては、VIPOとフィルムコミッションの皆様のご尽力に感謝しております。
ロケ誘致は、日本の制作関係者が世界各国の制作手法や効率的なワークやフローに直接触れることで、グローバル市場に適応した制作環境を確保していくという意味でも、非常に大きな意義を持つ支援ということを理解しております。
 
内閣府は、誘致を円滑に進めるためのノウハウをまとめたハンドブックなどを作成・公表しています。経産省は「JLOX+補助金」の予算確保やフィルムコミッションを検証する制度を設け、文化庁でも国立映画アーカイブがロケーションデータベースの作成支援と、多角的に実施ししています。
 
ロケ誘致が持つ別の大きな可能性が、アニメや映画の舞台となった場所を訪れる「聖地巡礼」です。調査によれば、2017年には141万人の外国人が聖地巡礼目的で来日し、グッズ販売だけで382億円の経済効果があったとされています。潜在需要をさらに引き出すべく、「コンテンツと地方創生の好循環プラン」を策定しました。これは、コンテンツを起点とし、アニメなどのゆかりの地の食や伝統文化などの地域資源を最大限活用した、地域一体となった取組を加速し、コンテンツ産業と地域経済の活性化の好循環につなげていく取組です。
 
槙田  そのプランで掲げられている「コンテンツ地方創生拠点」を200か所選定するという目標ですが、地域の取組が継続して機能することが重要だと感じます。というのも、例えば、観光振興のために全国に作られたDMO(観光地域づくり法人)の多くが、結局は看板を掲げただけで実質的に機能していないという現実があるからです。もとになっているアメリカのDMOは、それこそ名前通りデスティネーション・マネジメントとして機能していて、観光とフィルムコミッションをつなげて地域経営に主体的に関与しています。ところが、日本でも、と始めたところ、手を挙げる自治体が続出したものの、フィルムコミッションとの連携が全くされていないまま形骸化してしまった。観光産業に携わる方々のコンテンツ業界への理解も重要であると感じます。各地域の取組について、誰が責任を持って推進するのか、その主体を明確にすることが絶対に必要だと思っています。
 
中原  本プランにおいては、コンテンツ産業に還元される仕組みを構築していきたいと思います。

 
 

海外が指摘するロケ誘致支援の弱点と改善の模索
 
市井  ロケ誘致に話を戻しますと、海外のスタジオから指摘されるのが、日本の支援制度の2つの課題です。一つは、支援が単年度予算であるため、複数年にまたがるプロジェクトに見合わないこと。もう一つは、支援金額が、他の国々と比べて見劣りすることです。この点について、改善に向けた具体的な動きはあるのでしょうか。
 
中原  その課題は我々も重々承知して、頑張っているところではあります。しかしながら「単年度主義」というのが行政の基本的な原則です。「基金」はその原則の例外的な仕組みです。補正予算で一時的に出たお金を、単年度の枠を超えて数年にわたって使えるようにしています。これは、単年度主義を守りつつ、柔軟に対応するために創設された手法です。
 
3年で数億円支援されるという意味では、助成金は海外のスタジオにとっても信頼できる支援としてとらえて貰えるようになったのではないでしょうか。
 
槙田  複数年継続して運営されたら、信頼の可能性は当然高くなると思います。
 
VFXを含むポストプロダクションなどスタジオ工程を含めた誘致の状況をお伺いしたい。
最近、世界ではバーチャルプロダクション(VP)がどんどん普及していて、映画やCMの制作現場で当たり前のように使われるようになってきています。日本でも東映、角川、東宝などがVPオペレーションの導入を進めていますが、海外に比べるとまだスピードはゆっくりです。
韓国、カナダ、オーストラリア、イギリスなどでは、ロケ誘致の競争力を高めるために、VPやVFXの施設を整備して、ワンストップで撮影からポストプロダクションまで対応できる体制を作っています。技術レベルの向上やデジタル人材の育成にもつながっています。
 
中原  令和6年度に文化庁と経産省が120億円の基金を作って、その中で東京芸術大学で「アニメ映画産学官リサーチセンター」を立ち上げました。
このセンターでは、南カリフォルニア大学やコロンビア大学、フランスのゴブランなどと連携して、教育プログラムを一緒に作りながら、新しい技術に対応できるクリエイターやプロデューサーの育成に取り組み始めています。ソフト面で人材を育てていこうという動きです。
 
一方で、大規模なスタジオが足りないという課題には、経産省でも支援の方法を検討しているところです。ただ、まずは民間の側から具体的な動きが出てこないと進めづらいというのが現状なので、今後民間からお話しが出てくることに期待したいというところです。


 
 

人材のミスマッチ解消と世界で戦えるビジネス人材の育成

「人材のミスマッチ」解消と「スキルの見える化」の進捗
 
山崎  次は、人材育成の分野で2点伺います。一つ目が、ビジネス人材も含めた人材育成の領域をどのように考えているのか、です。二つ目は、計画にも書かれている「スキルの見える化」です。各コンテンツ分野で必要とされるスキルの可視化について、進捗状況はいかがでしょうか。
 
中原  人材育成の大きな課題が「人材のミスマッチ」だと考えています。たとえばクリエイターは必ずしもビジネス展開に長けてはいないし、ビジネス側の人もコンテンツのライセンス契約での勝負どころを理解しているとは限らない。
VIPOさんが実施されているように、海外展開の成功には、オープンイノベーションやライセンス契約のポイントなどを、ビジネスの視点で理解できる人材を育てることがとても重要です。そのうえで芸文振(独立行政法人日本芸術文化振興会)さんが育成しているクリエイターとマッチして動く仕組みが必要だと思っています。
 
「スキルの見える化」については、文化庁が中心となってアニメやゲーム、映像制作の分野で「スキル標準」の策定を行っています。今回の補正予算の中の産学官が連携して行う育成プログラムを作るためには、まず「スキル標準」を明確にすることが大事で、ITスキル標準のような成功事例も参考になります。こうした標準があると、行政として支援しやすくなりますし、マクロ的なデータも取りやすくなると思います。

 
 

韓国の集中支援vs日本の文化的価値の育成
 
VIPO グローバル展開事業部部長 森下美香(以下、森下)  先日韓国でKOCCAの人材育成担当の方と話す機会がありました。
韓国の支援の仕方で印象的だったのは、「ここだ!」と思った分野には一気に投資する潔さです。
今、韓国ではドラマシリーズが稼ぎ頭なので、脚本家の支援に絞っていて、しかもその支援内容が「生活費の支援」だとはっきり言っていました。
ウェブトゥーンが出てきた頃も、30人くらいを一つの施設に住まわせて、生活費を気にせず制作に集中できる環境を整えていたそうです。まるで現代版トキワ荘ですね。
 
こういった集中投資型の支援は、極端すぎるところもありますが、学ぶところがあるなと感じました。これに関してはどう思われますか?
 
中原  韓国の、目標に対して一点突破で突き進む展開ができるところは、正直に言って羨ましく思う部分もあります。一方で、日本は「横並びの平等」の考えが根強く、クリエイターへの対価還元仕組みを考えるときにも分配問題でスタックしがちです。もう少し社会全体が大胆に動けるようになってほしいな、という気持ちがあります。
 
森下  ちょっと乱暴だとも感じるくらい韓国のスピード感はすごいなと思います。競争が激しい社会なので、そういう厳しさも受け入れられています。日本の横並びの空気感は、新しい動きを止めてしまっている部分もあるなと、海外に行くたびに感じます。
 
中原  韓国のコンテンツ産業を見に行ったクリエイターの方が、「IT産業のようですね」と言っていました。ポートフォリオを組んで、売れそうにないものはすぐに手放すような、ビジネスとしての割り切りがすごい。
米国の高名なタレントを有する会社に韓国企業が出資しているという話もあって、そういう戦略で世界に進出しているのだと感じます。
 
人材育成の観点で見ると、日本の音楽は複雑なコード進行を使っている、漫画には一つ一つのコマに伏線があって読者が深読みする楽しさがある、といったような文化的な特性は、日本ならではの魅力であり、しっかりと育てていくべき方向性だと感じています。

 
 

海外展開に対応する組織と人材の課題
 
森下  日本は決裁権がない人が海外の場に出て来ていることも韓国で指摘されました。社内稟議に時間がかかりすぎるために、韓国側が待てずに、結局ダメになるケースが多々あると。日本の社会構造の問題であり、ビジネス人材の育成につながる話でもあります。
 
中原  これはコンテンツのみならず、ですね。企業のガバナンス、つまり「経営」と「執行」の分離で、権限を現場に渡して、結果で評価するという仕組みが欧米では進んでいます。
一方日本では、稟議で最後まで進めていくスタイルで、決定に時間がかかるうちに、チャンスが削がれてしまうことがあります。その結果、リスクも利益も少ない案件ばかりになってしまう。
 
たとえばROE(自己資本利益率)やROA(総資産利益率)を見ても、日本の上場企業は平均でも中央値でも欧米に負けています。日本は分布が一箇所にギュッと集まっていて、極端に高いところも低いところも少ない。
欧米は幅広い分布で、失敗する企業もあるけど、大成功する企業もある。リスクを取るバリアンスが広いですね。
日本もそういう分布に変えていく必要があると思います。失敗も増えるかもしれないが、それを「コスト」として受け入れて、大きな成功を目指す。それが本来の成長戦略だと思います。
 
槙田  その辺の判断、韓国は早いですよね。パッと作ってパッと辞めて。スクラップ&ビルドのPDCAのサイクルがむちゃくちゃ早い。その中で大きく当たるものが出てくることがある。
 
中原  私のもう一つのライフワークで「規制のサンドボックス」というものをやっています。要は、「まずやってみましょう!」という考え方で、実際に試してみて、その結果をもとにルールを考えようという取り組みで、新しい挑戦を支援しようとしています。
もっとも、韓国のように事業化のフェーズで大胆に政策を展開できるのは、羨ましいと思うこともあります。特にコンテンツ支援の税制などは多彩で面白い。
 
市井  韓国は国内マーケットが小さいから、最初から海外を狙うという発想が根本にあると言われますが、最近は日本企業も海外市場に目を向け始めています。海外で成功するための新しい発想を学ぼうという人も増えてきていますので、VIPOはそういったチャレンジを支えるサポートをしていきたいですね。
それから、海外で評価されているものを、国内にアピールしていくことも重要です。『国宝』のようなヒット作だけでなく、実はほかにも評価されている作品はあるので、マスコミに取り上げてもらえるようしっかりプロモーションしていきたいです。


 
 

AIとの共存:生成AIの活用とクリエイターへの対価還元

 
山崎  最後に、AIの議論は広範で尽きませんが、AI活用のポイントについて、政府の考えや取り組みをお伺いします。
 
中原  AIの話では、クリエイターの皆さんから公式にご意見をいただいています。すでに使っておられる方も多く、クリエイターへの対価還元と、制作プロセスの効率化をどう両立させるかが重要だと思っています。
今は、新しい対価還元の仕組みと、AIがどう利活用されていくかを勉強しているところで、文化庁においては新しいデータベースを作る事業に3億円の予算要求をしたりもしています。
 
いずれにしても、「法・技術・契約」の三位一体で考えることが大事だと思っています。海外の動きも追いながら、しっかり整合性を取りながら、クリエイターの創造力や現場の生産力のビルドアップにつながるよう努力していきたいと考えています。
 
槙田  海外とは何か具体的に連携していますか?
 
中原  文化庁時代からWIPO(世界知的所有権機関)とは情報共有をしています。現場の課題をまとめた「問題点キット」のようなものをWIPOで作って、それを各国で共有しようという取り組みもしています。今後どう展開していくかがポイントです。
 
槙田  実は現実の方がずっと先に進んでいるので、本音と立て前と全然違うと思うのですが。
 
中原  政府全体では、我が国を「世界で最もAIを開発・利用しやすい国」にしようという方向で取取組がなされています。
 
「広島AIプロセス」の最大の目標は「人間の力を最大限に発揮する」ことで、AIに使われるような状況にはしないというのが基本方針です。制度設計も、技術や契約も含めて、クリエイターの創造性を最大限に活かせるように考えていくべきと考えます。
生成された作品にはAIを活用せずにつくられたものと同様の著作権ルールが適用されるので、たとえAIで簡単に作ったとしても、それを公開する人が責任を持つことになります。
 
今のところ、AIが簡単に代替できるという状況ではなく、むしろ、「使いにくい」と言われることもありますが、それは当然です。だって、簡単に著作権侵害がなされたら困るじゃないですか。文化庁審議官の立場からは、「使いにくい」というのは、著作権の仕組みがちゃんと機能しているという側面もあるのだろうと思っています。
 
共存するという観点からいくと、AIを海賊版探知に使う技術実証を文化庁がやっています。これは海外からもかなり興味を持たれています。


 
 

エピローグ:「協調」と「競争」の好循環で海外展開を支える――コンテンツ産業の未来に向けて

業界の連携強化:「協調と競争の好循環」で海外展開の成功を目指す
 
市井  冒頭でありましたが、やはり「協調」と「競争」をどう並立させるかというのが大事だなと思いました。
 
有識者会議に出ると、映画の領域だけでも本当に意見が様々で、国としては「何をすればいいの?」 となってしまう。CEIPA(カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会)が「海外展開」という共通の切り口でまとまれたように、他のジャンルも意見をまとめていくことが、課題だと思っています。
もう1点、我々は、映画以外のコンテンツジャンルを扱っていますが、違うジャンルでも同じような課題を抱えているケースが多いです。それが、それぞれの業界で個別の問題とされている。
官民でコンテンツ産業全体をまとめていくことと、個別のジャンルの事情にも向き合っていくこと、両方とも大事で、そのバランスをどう取っていくのか。それについてアドバイスがあればぜひ教えていただきたいです。
 
中原  「協調と競争の好循環」を考えたときに、今は「競争」になりがちなところを、もう少し「協調」に重きを置いていくべきじゃないかと思います。CEIPAがそうだったように、他の分野でも「海外展開」という共通の目標を掲げることが、最も効果的なのではないでしょうか。
 
クリエイター同士が切磋琢磨すること自体は悪いことじゃないし、意見が分かれることも自然なことだと思っています。むしろ、日本の「いい意味でのガラパゴス」が、あってもいいんじゃないかと個人的には思っています。それを海外展開という局面に持っていって、コンテンツ業界として一つの公共財を作っていこうよという考え方が、問題解決の近道になるんじゃないかなと思います。
 
例えば、ある小説家の作品の権利が、各出版社に分散していて、海外の事業者が映像化したい時に、交渉窓口がバラバラで話が進まない、というケースが実際にあります。これは非常にもったいない。業界全体の利益に繋がる海外展開を意識して、少しずつでも整理していくことで、展開の仕方がもっと柔軟になっていくと思います。

 
 

ニーズに応じたVIPO支援の再設計
 
市井  それを実行するためには、大手企業と中小企業の体力差という現実があります。大手は自社で海外展開できますが、多くの中小企業にはその余力がありません。なので、VIPOは、例えばゲームでいえばインディーズのサポートをしていますが、果たしてそれは本当に正解なのかな、という疑問も持っています。
 
中原  大手企業も大きなリスクを背負って世界に出ています。ですから、大手には世界市場でより大きく稼いでもらうための支援をすることでしょうか。一方で、中小企業やインディーズには、新たな才能やIPを生み出すための支援になるのかと思います。
あとは今、融合分野があるとはいえ、いきなり全分野でどーんとやってしまうのではなく、まずは分野ごとに考えてみて、その先で一つのIPを横展開するって考えていくのも一つの道筋かなと思います。
 
市井  おっしゃるとおりですね。大企業へのサポート、中小へのサポート、さらに一つのIPでの多面展開のサポートという三種の切り口をどう考えていくかということですね。
最後に宿題をいただいたみたいな感じで(笑)。
 
貴重な時間をありがとうございました。
 
中原  やはり海外展開での「協調」という視点から、国内のプレイヤーがどう団結していけるかが、これからのポイントになると思っています。
そういった観点から行商団的にいろいろ見ていかれたらなと思いますので、引き続き協力をお願いいたします。
 
市井  こちらこそ、よろしくお願いいたします。

 
 

中原裕彦氏 Hirohiko NAKAHARA
知的財産戦略推進事務局長

  • 職歴:
  • 平成 3年 4月

    通産省入省

  •   10年 7月

    同 産業政策局産業組織課補佐

  •   11年11月

    同 機械情報産業局産業機械課補佐

  •   12年10月

    法務省民事局付

  •   14年 7月

    中小企業庁長官官房政策調整 課 補佐

  •   15年 6月

    法務省民事局付

  •   18年 6月

    経産省 経済 産業政策局経済産業政策課補佐

  •   19年 5月

    同〃 産業組織課知的財産政策室長

  •   23年 7月

    同〃〃 課長

  •   25年 1月

    内閣府規制改革室参事官

  •   26年 7月

    経産省経済産業政策局産業組織課長

  •   27年10月

    内閣官房一億総活躍推進室参事官

  •   28年 6月

    同〃 日本経済再生総合事務局参事官

  • 令和元年 7月

    経産省官房審議官(経済社会政策担当)

  •    3年 7月

    文化庁審議官

  •    5年 7月

    内閣審議官(命)文部科学戦略官(命)文化戦略官

  •    7年 7月

    内閣府知的財産戦略推進事務局長

  • ~現在に至る


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