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インタビュー

2017.04.26


文化庁・映画業界が一丸となって行う、若手映画作家育成プロジェクト「ndjc」とは
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次代を担う優れた長編映画監督の発掘と育成を目指して、平成18年より文化庁が実施している人材育成プロジェクト「ndjc」。今回はプロジェクトを統括する文化庁芸術文化調査官とndjc2017のスーパーバイザー、ndjc出身映画監督を迎え、日本映画業界における人材育成の現状や同プロジェクトの体験談、今後の展望について、VIPO事務局長・市井三衛がインタビューしました。

(以下、敬称略)

指導者は全員一流。映画業界の想いがつまった監督人材育成プロジェクト

オリジナリティをもつ映画監督を本気で育てるプログラム

プロの現場で映画を学ぶ意味とは

市井)「ndjc」を立ち上げた、文化庁の背景を教えてください。

 

「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」(文化庁 委託事業)とは

優れた若手映画監督を公募し、本格的な映像製作技術と作家性を磨くために必要な知識や技術を継承するためのワークショップや製作実地研修を実施すると同時に、作品発表の場を提供することで、次代を担う長編映画監督の発掘と育成を目指しています。
公式サイト(https://www.vipo-ndjc.jp/

 

入江)「ndjc」は、文化庁が平成14年に設置した「映画振興に関する懇談会」をきっかけに発足したプロジェクトです。当時の興行収入は、邦画27%・外国映画73%と、圧倒的な差があった時代で、日本映画界全体が危機感を抱いていました。そんな中、日本映画の振興と再生のために4つの重要課題が話し合われ、その一つが人材育成のシステム構築だったわけです。

それから14年あまりたった昨年は、全国映画概況が2000年来で最高額を記録し、興行収入における邦画の割合も65%を占めるなど、まさに映画界の努力が実りを上げた年になりました。しかし、これで日本映画全体が元気になったとは言い切れません。特に次世代の人材育成は依然、業界全体の課題として残っています。

市井)かつてと今で、映画業界の人材育成制度は変わってきているのでしょうか?

入江)1970年代以降、撮影所システムの衰退とともに、人材育成の場が失われました。撮影所システムには、強い師弟関係の中で技術を伝承できる理想的な環境が整っていたのです。それに代わり、現在では映画の大学や教育機関が増えましたが、実際の現場体験とはやはり距離があります。そのギャップを埋めるべく、OJT型の「ndjc」プロジェクトが誕生しました。

市井)「ndjc」に込めた想いやこだわりはどういったものでしょうか?

入江)想いやこだわりは、このプロジェクトの特徴に表れていると思います。まずは”スーパーバイザー制”の採用です。日本映画のレジェンドと呼ぶべきプロデューサーの面々がスーパーバイザーとして全体を統括しています。初代はオフィス・シロウズの佐々木史朗さん、次にアルタミラピクチャーズの桝井省志さん、そして東宝映画の富山省吾さん、昨年からは角川の土川勉さんにお願いしています。土川さんは平成ガメラシリーズも、黒沢清監督の作品も手掛けられた名プロデューサーです。

またワークショップの講師や製作実地研修(映画製作)もプロフェッショナルで固めています。30分の短編ではありますが、プロデューサー、撮影、編集など全てがプロで、技術的にも最高レベルです。監督は本物の制作プロダクションと組んで、予算とスケジュールを管理された現場の中で次々と判断を求められる…という体験は緊張感もありますが、自らがプロへの階段を上る大きな一歩になります。日本の映画界が一丸となって育成を行う点で、他に類のないプログラムだと自負しています。

 

35mmフィルムで映画製作を学ぶメリットとは

入江)また、35mmフィルムで映画を撮るのも特徴です。プロの現場でも今や貴重となった35mmフィルムを使用するというのは、国の事業でないとなかなか成立しない取り組みだと思います。

市井)「ndjc2014」に参加された飯塚監督は、35mmフィルムで新しい発見などありましたか?

飯塚)35mmフィルムはデジタルと違ってお金がかかるので、撮影におけるメリハリのつけ方やワンカットに対する感覚は、フィルムでの撮影前と後でだいぶかわりました。

 

オリジナル脚本で勝負する


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入江)近年は日本映画の占める興行収入の割合が増えた反面、ヒット作は小説や漫画など原作を元にした映画化が多く、オリジナルの作品が生まれにくいことはもう一つの課題です。

土川)作品には商業性と作家性の二面がありますが、今、日本のメジャーの作品は商業性を重んじる傾向にあり、有名原作の小説やコミックを多く扱っています。それがオリジナル脚本の減少を招いていると言えます。

入江)「ndjc」では、オリジナルの脚本を書いて応募し、自らのアイデアで映画製作に臨んでユニークな世界観を生み出していくことも重要なテーマとなっています。その上でプロと意見を戦わせながら、広く観客に受け入れられるよう商業映画の観点を身につけたり、あるいは自身のオリジナルな世界観を強固なものにすることが求められます。

土川)参加監督には「何を映画で表現したいんだ?」を問うようにしています。そこが最も重要です。

飯塚)オリジナル脚本だと、映画を撮影するときに解釈の余地は自分にあるので、より説得力のある映像が撮れると思います。

 

「ndjc」に参加して、得られた経験


市井)飯塚監督はなぜ参加しようと思ったのですか?

飯塚)先輩が参加して、その作品も見ていたので、「ndjc」については知っていました。プロに囲まれて、脚本も第一線で活躍している人からご指導いただけるということで、自主映画の次のステップに、挑戦してみようと応募しました。

市井) 共通テーマで5分の作品を製作するという、ワークショップはどうでしたか?

飯塚)オーディションなので緊迫した雰囲気だったことは覚えています。音楽や、スタッフの数、時間などいろいろな制約がある中で、与えられたテーマをいかに解釈して映像化するかは楽しかったです。

土川)シナリオや過去作品だけ見て選ぶよりも、共通テーマで一人ひとりが何をどのように撮るか目の前で見ることができるので、我々にとってもその人の監督としての将来性を判断できるよい基準になります。

市井)脚本指導はいかがでしたか?

飯塚)それまで第一線で活躍している方と本打ちをやったことがなかったので新鮮でした。スピード感や、突っ込まれることに対して言い返すことができないほどの相手なので、素直になることができました。プロと作り上げたこの経験は自信につながりましたし、何を言われても落ち込まない強さや、結果的に何とかなるという前向きな姿勢も身に付きました。

土川)素直に聞くタイプ、こだわりを貫くタイプ様々な監督がいますが、いずれにせよ他人の言うことに聞く耳をもっていないとダメだと思います。他者と議論したうえで自分の中で消化し、プラスの方向に持って行けるかどうか。多くの人が関わる商業映画で必要となる経験ができるのも、「ndjc」のよいところです。

 

「ndjc」がつなぐ、これからの映画界



入江)1970年代後半以降は自主映画界や学生映画界からプロの監督が生まれるようになって、その中から日本アカデミー賞をとる若手が生まれる時代になりました。ちょうど今年はndjc出身の中野量太監督が『湯を沸かすほどの熱い愛』で優秀監督賞を受賞しています。自主映画ならではの自由な発想や、既成概念にとらわれない強烈な個性を期待しています。

一方で、フリーの助監督さんの中にも多くの優秀な人材がいて、そんな若手が現場の経験を積みながら、監督になるためのステップとして自らのシナリオで応募してくれるようになりました。個性や経験の異なるタイプが集まり、「ndjc」は今非常に面白い状況になっています。

市井)飯塚監督も5月に『ポエトリーエンジェル』の全国ロードショーが決定しているように、近年の「ndjc」出身監督による商業映画デビューは目を見張るものがあります。卒業生同士のネットワークなどはあるのでしょうか?

飯塚)同期はもちろん先輩方とも繋がっていて、情報交換をしています。また『チキンズダイナマイト』(※2「ndjc2014」の飯塚監督作品)を製作する際にお世話になった制作スタッフさんや俳優さんとの繋がりもあって、新作『ポエトリーエンジェル』を撮影することができました。

市井)またndjcの活動の一環として、日本映画製作者連盟が開催している、脚本家の登竜門である城戸賞の受賞者とOBも含めた「ndjc」監督との交流会も行っています。プロデューサー陣も集まるので、こういう場でネットワークを広げてもらい、次回作につなげてもらえると嬉しいです。

 

飯塚監督の次回作、テーマは「詩のボクシング」

市井)飯塚監督の新作『ポエトリーエンジェル』を試写で見させていただきました。登場人物の心の機微を繊細に表現している中にウィットもちりばめられており、90分飽きさせない優れた映画だったと思います。



『ポエトリーエンジェル』作品紹介


梅農家の家業を手伝いながらも日々くすぶって過ごす妄想好きな青年。ある悩みを抱え、友人を作らずにボクシングのトレーニングに励む女子高生。2人は※2 “詩のボクシング”やその仲間たちと出会い、それぞれに成長していく。

※2 詩のボクシング…ボクシングリングに見立てたステージ上で、二人の朗読ボクサーがオリジナルの詩を声に出して表現し、どちらの言葉が聞き手の心に届いたかを判定して勝敗が決まる声と言葉の格闘技。競技が誕生してから今年で20周年を迎える。5月20日(土)テアトル新宿ほか全国ロードショー。


飯塚)ありがとうございます。今後も『ポエトリーエンジェル』のようなオリジナル脚本の映画を撮りたいと思っています。自分の世界をうまく入れ込みながら商業作品として評価されるような監督になりたいです。

市井)新作に対する想いは?

飯塚)ちょうど僕が映画を好きになったころ、『ウォーターボーイズ』が大ヒットしていました。マイナーなスポーツを映画で広めたことに、(映画ってこういう力もあるんだ)と感動したんです。エンターテイメント性のある映画は好きでしたし、僕もいつかああいう作品を撮ってみたいなという想いがありました。そこで今回は、実際にリングの上で詩を読みあう「詩のボクシング」をテーマにし、高校生に会うなど取材を重ねました。さわやかな作品になっているのでぜひ多くの人に見てほしいです。

 

映画監督を目指す、ネクストステップに

市井)2017年度も4月21日より「ndjc」の作家募集を開始しました。それぞれの立場でこんな人にトライしてほしいという想いを語っていただければと思います。

入江)オリジナル脚本が一つのポイントになるので、個性的で斬新な、プロも驚くようなアイデアを持ったシナリオで応募してほしいですね。一流のスタッフが集まる中、35mmフィルムで撮影できるなど、最高の製作環境を整えてお待ちしています。

飯塚)僕は自主映画出身なので彼らに向けたメッセージになりますが、自主仲間で終わるのではなく、こういった機会に一歩踏み込んで、ぜひトライしてほしいと思っています。やってみないとわからないことがたくさんあると、参加して感じました。プロの中で揉まれながら、辛くても楽しい世界がここにはあります。

土川)応募する脚本は、うまくなくてもいいんです。熱く語っているかどうかが基準。映画というのはひとりで作るものではなくて、現場はプロが支えるので、とにかく「こんな作品を作りたい」という熱い思いがある人に応募してほしいと思っています。

ndjc2017の参加作家募集の詳細はこちら

 

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入江 良郎
文化庁 芸術文化課 芸術文化調査官
  • 早稲田大学大学院文学研究科修士課程(演劇映像学)修了。1995年より東京国立近代美術館フィルムセンター研究員として上映、展示、映画フィルムと映画関連資料の収集、保存等の事業運営に携わる。同センター主任研究員、日本映像学会理事などを経て、2015年に文化庁文化部芸術文化課芸術文化調査官に就任。映画およびメディア芸術の振興事業に携わる。2017年4月より東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員。
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土川 勉
ndjc2017スーパーバイザー / SKIPシティ国際Dシネマ映画祭ディレクター
  • 1989年「Aサインデイズ」(崔洋一監督)でプロデューサーデビュー。その後、大映と角川映画にて製作畑一筋に44作品のプロデューサーを担当。主な作品は「CURE」(1997年黒沢清監督)、「回路」(1999年黒沢清監督・カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞)、「ガメラ」、「ガメラ2」、「ガメラ3」(1995年、1996年、1999年金子修介監督)、「DEAD OR ALIVE犯罪者」(1999年三池崇史監督)、「沈まぬ太陽」(2009年若松節朗監督・第33回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞)など。現在はSKIPシティ国際Dシネマ映画祭ディレクター
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飯塚 俊光
映画監督
  • 1981年神奈川県生まれ。ニューシネマワークショップで映画制作を学ぶ。2012年、伊参スタジオ映画祭にて『独裁者、古賀。』がシナリオ大賞を受賞。同作を映画化し、福岡インディペンデント映画祭2014、PFFアワード2014、第8回田辺・弁慶映画祭など様々な映画祭で高く評価され、2015年7月より劇場公開される。2016年には、ndjc2014監督が再集結したオムニバス映画『スクラップスクラッパー』が公開、2017年5月20日(土)からは、田辺・弁慶映画祭第10回記念映画『ポエトリーエンジェル』が公開される。

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