VIPO

インタビュー

2024.03.28


内閣府に聞く――「海外展開」がキーとなる新たなクールジャパン戦略とは。 ~日本独自の商慣習や制作手法の見直しとデジタル化・DX化の必要性~
ここ数年の日本のコンテンツ産業の平均成長率は、世界の最低ラインというデータがあり、今こそ本気で取り組むべきタイミングだと言われています。日本の基幹産業であるコンテンツ産業を成長させるため、「クールジャパン」の掲げる「デジタル時代のコンテンツ戦略」の鍵となる海外展開についてそれぞれのコンテンツごとにお話しいただきました。人材育成やロケ誘致に関して政府としてどのように取り組んでいくのか? 内閣府の知的財産戦略推進事務局長の奈須野 太氏にお話しをお伺いしました。

 
 

< 目 次 >

 

日本の基幹産業のひとつであるコンテンツ産業を成長させるために
ゲーム・アニメ・実写・マンガ・音楽それぞれの海外展開について
海外展開をするために足りていない部分は?
 

産業側が求める人材の標準化を示す
アニメの人材教育と労働環境整備が必要
海外展開を視野にいれた番組制作ができない理由
リスキリングは「コスト」ではなく「投資」
国からの補助を受けてリスキリングするための仕組みづくり
 

日本がロケ地になるために今必要なこと
日本は全国に物語がある、撮りたい人が多い国
クールジャパンの新しい施策
 
 

デジタル時代のコンテンツ産業発展のカギとなるのは海外展開

日本の基幹産業のひとつであるコンテンツ産業を成長させるために
 
VIPO専務理事・事務局長 市井三衛(以下、市井)  コンテンツ産業の海外展開に関して、メディアの壁を越える事業展開を見据えた構造転換が不可避であると思いますが、これに向けた行動の具体化の必要性をどのように考えていますか?また、サポート・支援を政府はどのように考えているかを伺わせてください。
 
内閣府 知的財産戦略推進事務局長 奈須野 太氏(以下、奈須野)  世界のコンテンツ産業市場の成長率はGDP成長率よりも大きく上回り、産業界規模で言うと石油化学産業や半導体産業よりも大きくなっています。日本のコンテンツ産業の輸出額も、鉄鋼産業の4.1兆円よりも大きい4.7兆円になっています。半導体産業の4.9兆円よりも少し小さいくらいです。
 
ところが、2021年から2025年の年平均成長率を見ると日本は世界53カ国の中で最低というデータがあります。
世界全体では伸びているコンテンツ産業から日本は取り残されて、せっかくの成長の機会を逃しているのではないかという懸念があります。
 
日本の一人当たりの年間コンテンツ消費額は世界で2番目に大きいため、これまでは日本市場だけで業界の方が満足されていて、海外展開する気持ちがおきなかった部分があると思います。しかし、コンテンツ産業は日本の基幹産業の一つであり、世界の成長を取り込んで、ともに成長していくことが必要だと思います。
 

新たな「クールジャパン戦略」のキーは海外展開と人材育成
 
このような観点から知財事務局では「知的財産推進計画2024」と新たな「クールジャパン戦略」の検討を始めています。特に新たな「クールジャパン戦略」では、コンテンツの海外展開や人材育成を柱として考えています。
 
今、世の中で起きていることは「デジタル化」と「グローバル化」です。
世界全体でデジタルコンテンツが映像・音楽・ゲームなどあらゆる分野で成長をけん引しています。その中でプラットフォーマーのサービスが国内でもシェアを伸ばしていて、既存メディアとの間で競合関係が起きています。日本のコンテンツは国内向けが中心で、日本独自の商慣習や制作方法が海外からの投資や国際共同製作の障害となっている部分がありました。
 
さらにコンテンツ分野では、劣悪な労働環境や性加害のようなコンプライアンス意識に欠ける行為が常に課題となり、産業全体のイメージを損なっています。若い人が働くことを躊躇してしまうような環境で制作されたコンテンツを流通に乗せることは、それ自体が不正の再生産に加担しているとみなされるリスクもあります。
 
折しも、去年から今年にかけて、大手芸能事務所での性加害やキャスティングの忖度、所属アーティストの海外展開への無関心など、日本のコンテンツ産業の抱える象徴的な問題について、抜本的に解決する可能性が出てきました。
このタイミングはコンテンツ産業の海外展開を軸に、構造改革を遂げて「稼げる産業」にする絶好の機会です。
 
知財事務局はコンテンツ振興の司令塔なので、新たな「クールジャパン戦略」を検討する中でKPIを作り、それに必要な手立てを整理して、担当する役所を指定してPDCAを定期的にフォローアップしていく仕組みを作りたいと思っています。これが関連施策を一体となって推進するための仕組みとその運用の強化です。
 
市井  「知的財産推進計画 2023」のコンテンツ産業の構造転換のところで 「府・省・庁の壁を越えて」という表現をされています。内閣府が司令塔として全体をまとめていくことを概念的には理解できますが、果たしてそんなに簡単にできるのかという大きな疑問があります。そこに関してはいかがでしょうか?
 
奈須野  それが内閣府としての司令塔機能の力の見せどころです。関連省庁なりの政策の方向性もあるので、内閣府が横串を指して交通整理をしていこうと考えています。
 
市井  2023年4月の経団連の提言において“政府は一元的な司令塔機能を設置すべきである。また、司令塔のもと、人材育成から制作支援、海外展開、IP経済圏形成まで、一貫して、かつ重複を排除した形で各種支援を執行可能な実施機関も重要である”と記載されています。
これは、韓国のKOCCA(韓国コンテンツ振興院)のようにひとつの団体があらゆるコンテンツをカバーしていくことの重要性を提言されていると思いますが、今回のコンテンツ戦略WG(ワーキンググループ)において、そのようなことは議論されているのでしょうか?

 
奈須野  内閣府には、海洋・宇宙・科学技術・健康医療など、既にたくさんの「司令塔」があるのです。こうした司令塔は制度上、自前の事業予算を計上できないので、また一つそれが増えたところで実態はあまり変わりません。
 
むしろ重要なことは、司令塔の下で実行する各省庁が司令塔の意向に納得して、それぞれの役所の中で必要な予算を確保することだと思います。各省庁にコンテンツ振興への取り組みをする意識を持ってもらうことが重要かと思っています。
 
市井  今回コンテンツ戦略WG(ワーキンググループ)を作ったのは、そのためですよね。
有識者にも入ってもらって、参加した関係省庁の人に自分事として捉えてもらおうということでしょうか。
 
奈須野  関係省庁に予算の優先順位付けをしてもらい、他の予算を削ってでもコンテンツ振興にまわす覚悟が必要なことを、腹落ちしてもらうためです。
 

ゲーム・アニメ・実写・マンガ・音楽それぞれの海外展開について
 
市井  コンテンツ制作について国内だけ見ずに最初から海外展開を視野にいれて作っていく必要があるということをこれからワーキンググループにて話し合っていくのでしょうか?
 
奈須野  アニメ・ゲーム・マンガなどそれぞれの分野ごとに何が必要になるかのお話をします。
【ゲーム】
ゲーム分野で日本は、家庭用ゲームではそれなりに勝てていますが、世界的に見ると「Steam」などPCをプラットフォームとしたゲームが大きなシェアを占めています。日本も既存のゲームをPC対応にしたり新しいタイトルを作ったりするなど、PC向けに取り組んでいく必要があります。
 
【アニメ】
アニメでは中小の制作プロダクションが多く、多重下請け構造で儲けが出ずに大手の言いなりになっているという議論があります。公正な取引をどのように実現するかが重要な部分だと考えます。
 
アニメを海外展開していくにあたり、ジェンダーや宗教など海外におけるセンシティブマターへの対応、キャラクターをデフォルメすることや、アニメ制作プロセスにおける労働環境が課題になってくると思います。
 
【実写】
実写に関してはデジタル化などで制作費が増えていくので、新しい出資元を探すことが必要になります。その際、プロジェクトをまたいだ経費精算がされると、投資家として踏み込みにくい部分が出てくるので、プロジェクト単位の資金管理を徹底していく必要があると思います。
 
また、国際競争力のあるコンテンツを作るためには、海外の最先端のプレイヤーのノウハウを吸収していくことが重要となります。国際共同製作やロケ誘致の進んだ手法を取り入れていくための努力が必要です。
 
【マンガ】
マンガは、出版社経由のデジタル化配信だけではなく、個人が様々なプラットフォームを使って世の中に作品を出していく動きが広がっているので、この動きに対応しなければなりません。
 
今、マンガはいろいろな流通チャネルやIPの多面展開が広がっています。しかし、作家自身はそれらの交渉ごとには不慣れで、作品作りに集中することを理想としています。最近もマンガのテレビ実写化を巡って痛ましい事件もありました。作家自身が望まない契約交渉をしなくても済むように、外部のプロデューサーが交渉をしたり契約を結んだりする仕組み作りが必要になると思います。
 
【音楽】
昨今はクリエイター自身が音楽を作って配信できるので、そこの成長を阻害する要因を取り除いていく必要があると思います。
 
また、日本の著作権法には国際条約上認められている、商業用レコードを用いて、店舗等が公の場で利用する場合の権利(いわゆるレコード演奏・伝達権)が規定されておらず、海外において日本の商業用レコードを店舗等が公の場で利用する場合の報酬が日本のアーティストやレコード製作者に入らない仕組みになっています。これではたとえ海外において日本の商業用レコードを店舗等が公の場で利用してもお金が入ってこないので、実演家及びレコード製作者への望ましい対価還元の在り方について考えていくことが必要だと思います。
 
それから、音楽は他の産業と違って統計が不足し、海外展開をしているかどうかの実態が分からない部分があります。これでは政策の効果を客観的に測定、検証できないので、国民の税金を使った支援はできません。今後は統計を整備していく必要があるので、VIPOさんには期待をしています。
 

出典:新たなクールジャパン戦略にむけた検討状況資料から

 
市井  今、お話されたそれぞれの領域のキーポイントは今までも課題として取り上げられていたと思いますが、それでも海外展開ができていなかった問題を国としてはどのように変えようとしているのか、イメージはお持ちですか?
 
奈須野  海外売り上げのKPIを5つのセグメントごとに設定し、それを実現・達成するためにはどのような制度改革をどの省庁が担当するのかを決めて、それに必要な予算確保をするなど、政策の評価軸をきちんと作っていくことだと思います。
 

海外展開をするために足りていない部分は?
 
市井  大枠は理解しました。
先述のPCゲームの話では現存のゲームをPC化するというシンプルな話でしたが、個社は収支が合わないとやらないと思います。そこはサポートするのでしょうか?
 
奈須野  PC化への再設計や仕様変更をするために必要な知識・技術を教えたりプログラムを作ったりすることが必要になると思います。
 
市井  WG(ワーキンググループ)等でそれぞれの課題に対して、具体的にどうするかを話し合っていこうと考えているのでしょうか?
 
奈須野  まずはKPIを定めてそれに必要な手立てをリストアップしていくことになるのではないでしょうか?
 
市井  解決方法は一つではないと言うことですよね。
変えないといけないことは俯瞰して見ると分かりますが、今変わっていないこの現状をどうしたらいいと思いますか?具体的な施策はありますか?
 
奈須野  カギは海外展開です。ゴールや目指す姿を関係者が共有することで、それぞれ達成するためにやるべきことを考えられると思います。
 
VIPO事務局次長 槙田寿文(以下、槙田)  分野ごとに課題は違いますよね。ゲームでしたら実際にPCで需要のあるゲームと既存のコンソールで人気があるゲームは必ずしも同じというわけではないと思います。
 
奈須野  そこも議論する必要があると思います。
 

 
槙田  ドラマは韓流にずっと負けているとよく言われます。先日渡韓してドラマを管轄している韓国コンテンツ振興院(KOCCA)と映画を管轄している韓国映画振興委員会(KOFIC)でいろいろなお話を聞いてきました。
 
共通していたことはストーリーや脚本の開発にすごく力を入れていることでした。日本のようにキャスティング先行な形とは全然違っていたので、おもしろい作品ができるのだろうなという納得感が得られました。
 
そのため国として、選ばれた人たちにメンターを付けて教育をしっかりしていることと、脚本にリアリティを持たせるために法医学や警察などその道のプロが徹底的に知識を教えていたことには驚かされました。
 
奈須野  それは面白いですね。
 
槙田  実際の知識を徹底的に教え込む教育メソッドが確立していて、アプローチも日本とは違いました。
ドラマ製作で有名なスタジオでは、しっかりと脚本家を育成して、その脚本家が自分のスタジオのためだけに脚本を書くのではなく他のスタジオや制作会社へ行くこともOKとしているんです。その辺が日本とは違いますよね。
 
奈須野  日本のドラマでも役所などが出てくることがありますが、実態と相当違うと感じることがあります。
 
槙田  その場の空気感が分からないと書けないのは当たり前の話なのに、それが日本ではできていないと思いました。
 
奈須野  それはやったほうがいいですね。難しい話ではないですもんね。
 

価値の根源たる人材の発掘・育成に本気で取り組む

産業側が求める人材の標準化を示す
 
市井  クリエイターのサポート・マネジメント、制作、交渉するプロデューサー、どの人材も足りていないので育成しなければならないと思っていますが、国としてはどのようにやっていくつもりでしょうか?
 
奈須野  コンテンツ戦略WG(ワーキンググループ)を設けて検討しています。その中で産業界側から求める人材像が教育機関に浸透しておらず、需給のミスマッチが生じているとの指摘があります。一方で教育機関からは、産業界がどのような人材を求めているのか分からないと言われるなど、対立するような意見も出ています。
 
ゲーム、アニメ、実写それぞれのエントリーレベルでどのくらいのスキルをもつ人材が求められているのか、産業界側できちんと標準化されていないことに原因があると思います。
 
例えば、IT業界にはITスキル標準があり、エントリーレベルでどのような技能が求められるかある程度標準化されています。求められる人材のスタンダードが決まっている中で、ITパスポート試験で達成度を評価することが自分でもできる仕組みが整えられています。標準化と評価の仕組みが整っているので、教育機関がそれを教えて学生もそれを目指すサイクルが出来ています。
 
コンテンツ分野はITほど精緻にできないかもしれませんが、それぞれの分野ごとにエントリーレベルでどのようなスキルが必要なのかある程度、定式化していくことが必要だと思います。
 
市井  NETFLIXがアニメーターを育成する塾やバンダイナムコピクチャーズがアニメーターを育成するなど、この4~5年で個社でも積極的に取り組んでいますよね。
学校できちんと教育されてこないので、自分たちで教育をした中で何名か優秀な人材を雇用・業務委託するという、出口が明確な動きです。なぜ、ここがもう少し整備されないのでしょうか?
 
韓国のケースだと、ニーズをつかみ実際に働いている人を108時間のプログラムで教育し直して戻ってきてもらうリスキリングの仕組みがすごく流動的に学校と業界の間で回っているのですが、どうして日本はうまくいかないのでしょうか?
 
奈須野  確かに難しいことではないはずですが、どうしてでしょうね?
 
市井  108時間のプログラムなどがあれば、それを活用すればいいと思いますがどうでしょうか。
 
奈須野  各社が横連携をしていないからでしょうね。エントリーレベルでどのような人材がほしいかのイメージの共有がないのかと思います。共有があれば、要望なども出しやすいかと思いますが、バラバラだと教育機関側もどうしていいか分からないと思います。
 
市井  エントリーレベルを標準化した上で、教育機関側に任せて、それ以降のレベルは各社が教育するかたちになれば良いと思います。
 
槙田  ゲーム業界は、今ならばUnreal Engineのようなものを使えるようにラインを引いて、あとは各社入社後に方向性を教育すればいいので、技術オリエンテッドがしやすいと思います。
 
アニメは制作プロダクションによって、求めているスキルやテイストが違ますよね。
3D化が進んでいるので技術的なラインはある程度ありますが、ゲームとアニメの技術者がかなりかぶってきていますよね。そうなると給与水準が高いゲーム業界に人材がとられてしまい、技術オリエンテッド面でいうとアニメはいい人材を採用しづらく、競争に負けてしまいます。
 
しかしアニメにはそこではないクリエイティブな部分がありますよね。それは教育できませんよね。
 
市井  そこのエントリーレべルをどこまで設定するかですよね。クリエイティブになると無理かもしれませんが、アニメーターの人材の定義自体を自分たちでしようとする意識がもともとないのかもしれません。どういう人材でどの職種が必要だという整理ができていると、学校に対する要求もできると思います。
 
奈須野  私は以前経産省の産業人材政策室で、産業界の人材育成の担当をしていましたが、アニメとゲームは求職者の間でもすごく人気があるのに、実際に何をしてもらったらいいのかが分からず、「これ」といったものが提供できていないのが実情でした。
 

アニメの人材教育と労働環境整備が必要
 
槙田  アニメは入社後の低賃金長時間労働で疲弊して辞めていってしまう方もいます。長時間労働は多少改善されているようですが、おしなべて低賃金であるところは変わらないようです。
 
奈須野  低賃金で酷使する中で、それに耐えて場数を踏んで生き残る人だけが残っている状況です。
 
槙田  奈須野事務局長が先ほどアニメはコンテンツ産業の基幹産業のひとつだとおっしゃいましたが、社会的にはそのような認知がまだ充分にされていないのではないでしょうか。
 
基幹産業なりの処し方が本来必要ですが、今はそうなっていなのが現状です。ひとつひとつは小規模な会社の集まりなので、基幹産業と言われても「町場の中小企業」という意識になりがちだと思います。
 
「小さなプロダクションを3~4つ集めてそれなりの規模にすれば生産性も増していい」というありがちな議論もありますが、そこはクリエイティビティの担保などとのバランスだと思います。
でもそれをしていかないと、待遇も労働環境も改善されないとも感じます。会社を束ねて、クリエイターへの待遇ときちんとした環境を提供できる経営者が必要ですし、経営者のトレーニングも本来は必要だと思います。
 
奈須野  エントリーの先ですよね。そこからレベルアップしていく人材育成ですね。
 
槙田  優秀なアニメーターの才能が活かしきれるような人が経営者としているべきだと思います。
 
市井  アニメ制作の経営者はすごく大変だと思います。
自分たちでアニメを作っていると、常に従業員に仕事を与えるために小さな仕事も請けてしまい、教育をしている暇などありません。今は教育と経営のバランスが難しい構造になっています。
 
私たちもJLOPなどアニメの海外展開の支援をする中で、アニメ業界をずっとサポートしているつもりですが実際アニメーターは「裕福にはなっていない」と言われます。
ということは、どこかで中抜きされているということです。
 

海外展開を視野にいれた番組制作ができない理由
 
市井  JLOPを始めたばかりの頃(約2013~14年)、テレビ番組の海外展開に関して人によって言われることが違いました。経営者から見れば、当時売上や利益が非常にわずかであった海外展開はある意味どうでもいいことであり、一方海外展開の担当者からしたらすごく重要なことなので、やりたいことがたくさんあるんです。
 
国内向けに制作をしているので、そのままでは海外へは出せません。しかし、海外展開を意識して最初から作っていれば、変更や注意が必要な点について準備をしておけます。その準備をしていないので、あとから変更しなければならない点が多くあり費用などの面から実施のハードルがあがってしまうわけです。
 
槙田  テレビアニメに関してはテレビ局の問題で、総務省も対応しなければいけない問題ではないでしょうか。制作環境が一番厳しいのはテレビアニメと聞いています。1話あたりの制作費はずいぶん上がってきたようですが、それでもまだ足りないと聞いています。
 
世の中の流れが変わり、プラットフォームが変わって世界中で日本のテレビアニメが配信されるようになってきました。それによってテレビ局やIPフォルダが潤ってきている部分の還元が現場にされているのかは良く分かりません。
 
適正規模の中で適正な能力を持つ人がやっていくことが産業としては健全な姿だと思います。
それができる産業構造に持って行くべきだと思います。
 
総務省が発表している、伸びている日本のテレビ輸出のほとんどはアニメですよね。ドラマの輸出は20~30億円くらいしかありません。
 
韓国のスタジオドラゴンは1社で400~500億円輸出しているので、日本全体でも韓国の製作会社1社の10%以下しかないことになります。
 
テレビ局の経営者も海外展開に関して言及し始めていますが、それに応じた人員配置や経営資源の配分が求められていると思います。
 
市井  10年前よりは当然よくなっていると思いますが、かなりゆっくりですよね。
海外展開に関しては俯瞰すると、先ほど言われたとおりですが、実際個社に動いてもらうとなると難しいと感じますよね。
 

リスキリングは「コスト」ではなく「投資」
 
市井  VIPOアカデミーでは、リスキリングよりもう少しレベルアップしたコーポレートリーダーの育成コースなどを実施していますが、その講座で社員が学ばせようという意識がある会社と全く興味を持たない会社とで大きく2分化されています。リスキリングに関しても日本はとても遅れていますね。
 
先日(2024年2月)、技術者を会員として多く抱える映画テレビ技術協会と一緒に、先進している韓国のバーチャルプロダクションに関してのセミナーの参加者を募集しました。技術者の方々の応募はありましたが、クリエイターやプロデューサーの方々の応募がとても少ないんです。クリエイターやプロデューサーがもう少し技術よりのことを理解しようというマインドが大切だと思います。
 
槙田  海外では新しい技術への意識は高いですね。監督でもプロデューサーでもバーチャルプロダクションに対する理解があります。これは自分のクリエイティビティを満たすためには絶対に必要なことという理解があるのだと思います。
 
日本のプロデューサーや作品制作に関わる人達がそこに対して10年後ものすごい差になってくるのではないかと危惧しています。バーチャルプロダクションが持つ意味の一つにCO2削減があります。
ロケだとお弁当や交通機関などいろいろな資源を使いますが、バーチャルだとその部分のCO2が削減できるんですよね。私も最初とても小さな話にしか思えていなかったのですが、関係者の方と話すと、どうもそれが潮流となってきていると。CMのクライアント(企業)からすると、自分の企業がCO2削減を意識して、そこに貢献できていることはSDGsを推進していることになります。
 
ヨーロッパでもそれが当然になってきていて、日本のクライアント(企業)もそこに気が付き始めていますし、政府としても推進すべきと感じます。
 
奈須野  リスキリングに関しては、育成された人材を企業で抱え込むのではなくて、新しいスキル・知見・経験を使って別の分野へ送り出していくなど、人材の流動性とセットで進めないと意義が乏しいと思います。
 
市井  リスキリングして転職してしまう可能性が高まると、企業としては実施しづらいですよね。
 
奈須野  人材育成は「コスト」ではなく「投資」と把握してもらうことと、かかった費用についての透明化をする必要があると思います。
 
国家公務員では、海外留学後5年の間に転職した場合はかかった費用を国に返還するよう法律で定められています。多くの民間企業もそれに準拠して、海外留学後の一定期間内に転職した場合には費用を会社に返還する契約を結び、多くの場合は実質的に転職した先がその負担をしています。
 
リスキリングに関しても、その費用を企業が負担した場合において、修了後一定期間以内の転職は費用返還させることにして、これを転職先が負担するなどのルールを作っていかないといけないと思います。
 
市井  「上司の背中を見せて学ばせる」というような面も含め、まだまだブラックに近い育成環境が残っていると思いますので、転職することはある程度覚悟した上で、国際競争力を維持するために必要なことは、きちんとトレーニングすべきであると思います。
 

国からの補助を受けてリスキリングするための仕組みづくり
 
槙田  韓国で映画を担当している韓国映像振興院では、リスキリングを年間400人、1回108時間を種目別に実施しています。業界の底上げやクオリティをキープするために常に新しい技術や新しいやり方を学んでいます。
 
囲い込むのではなく、流動性が生まれるのは大いに良いことだと思いますし、そのようなことが日本の業界には必要なことだと思います。
 
本来は映適(日本映画制作適正化機構 )のようなところがその部分を担えばいいと思います。
 
市井  どこでお金が使われているかが不透明だと難しいですが、見える化・透明化されれば国からの補助もされやすいですよね。
 
奈須野  一番難しいのはOJTのような、賃金をもらいながら勉強をすることです。そうなるとどこまでがトレーニングでどこからが仕事かが分からないので、お金を出しづらくなってしまいます。
 
お金の流れと使い道を透明化することは、政府から支援を受ける側としても必要ですよね。
 
市井  そういう制度をきちんと作らないとダメですよね。
 
槙田  映適(日本映画制作適正化機構 )の議論が始まったころ、人材育成のトレーニングをVIPOに協力してほしいという話がありましたが、なかなか原資がありませんでした。
 
VIPOは様々な事業を通じて制作プロダクションとの関係も構築していますし、現場でのスタッフ育成のノウハウもある程度はあるのでお役に立てるのかなと思っていました。韓国映像振興院(KOFIC)を訪れて「リスキリングはやっぱり必要だ」と再認識をしたところでした。
 
ぜひ業界全体でそのような仕組みができればいいと思います。
 

「ロケ誘致」がもたらす多面的な利点を考える

日本がロケ地になるために今必要なこと
 
市井  日本へのロケ誘致を継続的に実現するためのキーポイントは何でしょうか?
 
奈須野  これまでロケ誘致を海外と競争するにはインセンティブが重要だと言いながら、その意義を社会的に説明しづらかったことがあり、ロケ誘致をするメリットを納税者へ明らかにしていく必要がありました。
 
そこで内閣府では、2019年以降6作品を誘致して得られた雇用の創出とインバウンド効果の調査事業を実施して、支援額4億円に対する経済効果の内訳を出しました。結果は制作で使用した118億円、観光を除く経済波及効果が110億円、6作品で2000人の雇用創出効果があったことが分かりました。
 
この成果を踏まえて、昨年より経産省で海外の映画製作会社が日本で実地するロケに対して1件あたり最大10億円を補助する事業を開始し、第一号にインド映画が採択されて札幌や小樽で撮影を行いました。
 
さらなるロケ撮影の許認可手続きや関係者の理解を高めていくため、2月からロケ撮影の環境改善の実務者懇談会を開催しています。
 
懇談会では映像制作者、フィルムコミッション、関係省庁、地方自治体が参加して議論しています。道路使用や在留資格をはじめとする許認可手続きの迅速化、ロケ地情報の海外発信、人材育成や就労環境の改善、日本にはまだ足りていない大規模スタジオの構想を、担当省庁を決めて実行へ移そうと思っています。
 
懇談会の議論を踏まえロケのガイドラインも必要に応じて変更していく予定です。
 
市井  今の制度ですと、日本でロケをすることが決まっている作品に対してサポートすることになりますよね。日本でロケをするかどうか迷っている作品に対して、迷っている段階で補助金をコミットしないと他国へ行ってしまう可能性があります。
 
2~3年後のために今コミットできる仕組みが理想だと思いますが、そこはどう考えていますか?
 
奈須野  現状の単年度予算でも、進捗に応じて毎年申請すれば複数年にわたり受給できますが、補正予算で措置した場合、翌年度に予算が確保される保証はありません。そうすると理想は基金化です。例えば5年分の予算を積んで一定の見込みを示していくことができますから。
 
市井  実績を積んだ上で、そのような方向を目指すべきということですよね。
 
奈須野  毎年使った実績を積んで5年分まとめられる流れになればいいですよね。
 
槙田  基金にしていただけると、使った分だけキャッシュバックして返せるのでマイナスはないと思います。リスクフリーなので意味は十分あると思います。そういったことを民間側からもアナウンスしていかないといけません。ロケ誘致やロケーションデータベースに関して、最近新聞が取り上げてくださることが多くなってきています。その度に地方の首長がFCを呼び出して、ロケ誘致への関心を示してくれているようです。そういう意味の雰囲気はかなり盛り上がっていると思います。
 
奈須野  ロケを支援して撮影に来ていただいて、何億円ものお金を落として作られた映画が上映されたことで観光客やインバウンド増加の経済効果を得て、結果的にその消費税と法人税がプラスになる実績を積み重ねることで、まとめて何年分の基金にできるというような、健全な循環にしたいです。そのためのプロモートをしていく必要がありますね。
 

日本は全国に物語がある、撮りたい人が多い国
 
市井  ロケ誘致の件で、マイナスの部分はありますか?
 
奈須野  渋谷のスクランブル交差点など、よく知られた観光地を使いたがる人が多いので、そうなるとロケを受ける側も何度も対応することになってしまいます。新しいところを開拓してロケ先を分散してもらい、ロケ誘致の効果が広く行き渡るようにしてもらいたいと思っています。
 
槙田  単純にもっとロケのしやすい環境と、住民の方の気持ちも含めた受け入れ態勢が整えばその心配は全くいらないと思います。なぜならば日本は世界に比べて物語が圧倒的に多い国なんです。天草や高崎などに、今も案件として撮影要望が来ているので、ロケ地の一極集中の心配はそんなにいらないと思っています。
 
今より良い受け入れ体制が整えば、日本中いろいろな場所にロケ隊がやってくると思います。
 
ロケ誘致だけでなく、スタジオについても、我が自治体で作ってもいいよという首長がさんが現れるといいんですけどね。
 

クールジャパンの新しい施策
 
奈須野  海外展開の体制拠点の整備について、WGでも各国の市場動向や個人情報の規制に関して各社で情報収集を行っていますが、中小企業などには負担が重く、必要な情報が得られていないという指摘がありました。
 
海外では、例えば人種や宗教、政治、ジェンダーの扱いなど、その国固有の「敏感問題」を分かっていないとビジネスは失敗します。このようなことは世界中にあるので、その情報を把握したうえで海外展開することがとても重要だと思います。
 
世界中にあるジェトロ(独立行政法人日本貿易振興機構)にコンテンツの担当者を配置して、その担当者を通じて海外展開へのアドバイスをし始めようと思っているので、その仕組みの活用も念頭においてもらえればと思います。
 
市井  私たちはそれを具体的に活用する方法を考えないといけませんよね。
 
槙田  新たなクールジャパン戦略の肝はどこになりますか?
 
奈須野  従来のクールジャパン戦略の柱はインバウンド目標を掲げた観光振興や食・食文化等にありましたが、今後はコンテンツの海外展開も取り上げていきます。インバウンド拡大を止めるわけではありませんが、柱にコンテンツが加わり、アニメやゲームなどそれぞれにKPIを立てていきます。
 
日本発のコンテンツが海外展開していくことで、日本へ対する関心が高まり、新たなコンテンツが売れていきます。そこで日本に関心を持った方々が、いわゆる「聖地巡礼」で訪れる循環もあります。コンテンツとインバウンドのいい循環ができればいいと思います。

 

 
 

奈須野 太氏 Futoshi NASUNO
知的財産戦略推進事務局長

  • 経歴:
    1990年 東京大学卒 同年4月通商産業省入省
    2007年 産業技術環境局 技術振興課長
    2009年 経済産業政策局 産業組織課長
    2011年 原子力損害賠償支援機構 執行役員
    2012年 経済産業政策局 参事官(産業人材政策担当)
    2014年 産業技術環境局 環境政策課長
    2017年 産業技術環境局 総務課長
    2018年 中小企業庁 経営支援部長
    2019年 中小企業庁 事業環境部長
    2020年 中小企業庁次長
    2021年 産業技術環境局長
    2022年 内閣府科学技術イノベーション推進事務局統括官
    ~現在に至る


 
 


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