株式会社アールグレイフィルム 谷口広樹氏インタビュー(後篇)

株式会社アールグレイフィルム 谷口広樹氏インタビュー

株式会社アールグレイフィルム 谷口広樹(たにぐちひろき)

INTERVIEW

VIPOや他セミナーで知り合った韓国人の方には何か相談されましたか?

VIPOのセミナーの場合は作り方を教えてもらいましたし、こういう人にあたってみれば企画に興味を持ってくれるかもしれない、という助言をベテランプロデューサーより頂きました。
セミナーで知り合った方には、現地に行ったときお会いして話を読んで頂いてリアリティがあるかどうかを意見を聞いたり、キャスティング面などでこの人は他のプロジェクトに入っているので厳しいとか教えてもらったりもして、聞くのと聞かないのでは情報量は全然違っていましたね。
「日韓共同制作セミナー」では開催地が伊東というのもあり、韓国側の参加者といっしょに温泉に入りもしていたので、裸の付き合いというのも手伝ってか、やはり一から人脈を探すより、ある会で何時間か一緒に過ごすと連絡しやすいというのがあって、聞きやすかったですね。
人脈は何もないところから作るのは難しいですし、そういう意味ではVIPOや他の団体がされているセミナーやプロジェクトはありがたかったですね。今後もお金をだしてでも再度参加したい、という感じです。

韓国人スタッフは仕事を進める上でいかがでしょうか?

韓国人はオープンで、付き合いやすい気がします。
まだ映画産業が昇り調子になってからそんなに経っていないからかもしれないですし、民族的なものかもしれませんが、僕の経験上こちらから連絡すれば必ず返答があります。韓国人の方から何かやりましょう、みたいなことも言ってくれるところがありますよね。そこはちょっといい加減な部分もあるのですが、入りやすいですね。日本人は「確認確認」ですけど韓国の人は「大丈夫大丈夫」というスタンス。そうはいっても大丈夫じゃなかったことも何回もあるんですけど(笑)
韓国の撮影スタイルでは3-4か月かけて撮ったりして、修正がきくんですよね。そのため、そんなに焦らなくてもそれを修正していけば大丈夫ではないかというスタイルなんです。日本では短期間で撮るので、1度ミスすると終わりみたいなところがあって、韓国とのスタイルの違いもありますが、説明すればわかってくれます。
今回は「力道山」で数名の韓国人スタッフが一緒に現場を経験していたので、のみ込みも早かったですね。韓国側のスタッフは熱心で、こちらにきちんと合わせてくれるというのも助かりました。
今回の韓国側のプロデューサーであるホン・ミンギさんと僕は「力道山」の制作部にいて、もう5年の付き合いになります。彼がいなければ「カフェ・ソウル」はできなかったのはないかと思っています。

日本と韓国の撮影スタイルは他にどう違いましたか?

スタイルが違うので摩擦はあったと思います。日本人なら、この制作費でこの期間なら山のシーンはこういう風にとったら期間も予算もおさまるよね、という意識なんですが、韓国スタッフはとりあえず全部おさえておくというようなやり方なんです。後で編集しようとしても、制作期間も鑑みず青森に行っちゃったり(笑)、「それをやると制作費も期間も超えますよ」といっても「いや、日本の桜を今撮らないといけない、青森に行かないといけない」という調子です。「それはこう見せたらできるんじゃない」と話すんですが、「今撮らないと」とか何とかいって作品ができあがってみると編集でカットされていて、「だから言ったのに」と(笑)なるんです。
日本と韓国のバジェットと期間の違いは大きく、撮影スタイルの違いに大きく影響しています。アメリカと韓国の撮影スタイルというのは近いような気もします。日本の撮影では限定された期間で撮り上げてしまうというのに長けていますね。
「カフェ・ソウル」の撮影自体はスムーズだったとは言えませんが、「力道山」で日韓合作の現場を1回経験していて、どんなことが摩擦や行き違いになるか、というのは見ていたので、何かおこっても「あーあー」予想通りだな、という範囲ではありました。「力道山」のときは日韓合作もまだ少ない時代で、そのときはみんなも慣れない部分も多かったのではないかと思います。

株式会社アールグレイフィルム 谷口広樹氏インタビュー現場の雰囲気についてお聞かせ下さい。

主演の斎藤工さんが男性女性問わず人気者でした。非常にフランクな方で最後も色紙にお別れの寄せ書きをみんなが書いたりしていて離れ難い感じでしたね。現場としてはそれなりに大変でしたが斎藤さんにいて頂いてよかったです。
技術的な部分で現場を引っ張るのが武監督で、ムードメーカーは斎藤さんでした。
僕は調整役だったので、韓国側のプロデューサーのホン・ミンギさんと、どんなに現場がもめても僕たちだけは仲のいいままでいようね、といっていました。僕とホンさんは付き合いが長く。スタッフ同士がぶつかったとしても、プロデューサー同士がもめないでおけば何とか現場の平静も保たれるだろうと。
カメラマンと監督、照明と監督などスタイルが元々違う者同士の現場ですから、例えば日本側は暗めに撮って、韓国側は明るめに撮るなどという違いも含め、意見がぶつかることもありましたが、最終的に説明すれば韓国側のスタッフが合わせてくれて、撮影が進んでいきました。

次回作など次の展開を教えて下さい。

VIPOの日韓共同制作セミナーに出したプロジェクトなんですが、「カフェ・ソウル」の共同プロデューサーであるホン・ミンギさんと某監督と進めている企画があります。企画はそちらが前ですが予算規模の問題で先に「カフェ・ソウル」が成立しました。予算規模は「カフェ・ソウル」の約10倍となります。今は第1稿が終わって現在出資者を集めているところです。韓国でも知名度がある作品の監督なので感触としては悪くはないです。
また、もう1本「カフェ・ソウル」ぐらいの規模の作品を、これをモデルケースにして日韓合作でやりたいと思います。また、今月クランクインする邦画も弊社プロデュース作品として控えています。

御自身のやりがいを一番感じる点は?

やはり日本と海外の合作の企画にやりがいを感じます。語学と、興味の方向性において自分の特徴を活かせる気がしますから。
“自分の案が映画になる”というのも、これ以上ない嬉しさを感じます。調整は大変でしんどい思いもありますが、自分の出したプロットがシナリオになって作品になる、というのが一番が楽しみですよ。

映画業界に入るきっかけになった作品や監督は?

1960年代の日本映画、戦後にでてくる黒澤明監督の次の時代の今村昌平監督、森崎東監督、熊井啓監督、また山田洋次監督などの作品が好きですね。
映画が面白いのは作品に時代の空気が残っているところです。人物の後ろに映っている家や街並みを観るのが好きなんです。フィクションなんだけどノンフィクション、セットなんですけどその辺で撮ったりしている60年代の風景とかを観ていて記録としておもしろいな、と思ったんです。
「カフェ・ソウル」も映画として残していけば20年後ぐらいに観た人が2000年初頭のソウルの街並みってこうだったんだとか、作り手が考えていたことなどわかってくれるのではないかと。人物の後ろに写っている凝縮された時代の空気が残るのはおもしろいかな、と思っています。

株式会社アールグレイフィルム 谷口広樹氏インタビュー

「カフェ・ソウル」初日(渋谷シアターTSUTAYA)の斎藤工さん、武正晴監督による舞台挨拶。斎藤さん「2週間の撮影中、ドキュメンタリーのようで、コミュニケーションがとても取れていた」、武監督「「韓国スタッフが多かったが最後は1つになった」とのこと

一番好きな作品は何ですか?

「にっぽん昆虫記」という今村昌平監督、左幸子さん主演の1960年代の作品です。
左幸子さんが好きで会いにいったこともあります。それほど好きでした。
「にっぽん昆虫記」では高度成長を迎えるまでの農村の生活、身ひとつで生きる戦後の日本の女性の半生か一生が描かれています。時代の移り変わりに合わせてしなやか且つたくましく生きる左幸子さんの演技はよかったですね。
たまたま講演会が日本大学の芸術学部でありまして、主催の人に連絡先を教えてもらいました。左幸子さんに電話をして「ファンなんですけど一度お会いできませんか」とお聞きしましたら、応じてくれたんです。左さんの出演作品で「飢餓海峡」という映画が好きで、当時どうだったかと話をお聞きしたりもしました。
僕がお会いしたときは、もうご高齢でオファーが減っているわけですよね。女優さんて、人気があるときは付き人がいっぱい付いてちやほやされるけれども20代30代になると人気も衰えて、そこからどうやって生き残っていくか、というのがあり、おかあさん役をやったり、そして最後は忘れさられていってしまうかもしれないという悲哀みたいなものを、学生のときにその人から直に聞いたのは大きかったですね。映画に出ているときはすごく華やかなのに、女優さんの一生ってこういうさびしさもあるのかな、と。
また、左幸子さんは土臭い女優で田舎の女性をやるといい味をだすんですが、実生活では結構お金持ちの娘さんだったりするというギャップは面白いな、家庭環境を元々持った人が演技でだす土臭さもあるんだな、演じていたのだな、とわかって興味深かったですね。

今後やってみたいプロジェクトについてお聞かせ下さい。

日中韓合作の作品です。戦後に華僑が出資して作った新聞が大阪にあって、朝日新聞、毎日新聞が敗戦国の新聞としてGHQに統制されてしまう中、リベラルな紙面を展開していました。言論の自由がない時に華僑=中国は戦勝国、だったのでいろいろな情報を米軍から引き寄せたり、海外にも華僑が入るのでそこから情報を得て一世風靡をしたんです。
そこでは韓国人、日本人、中国人もいっしょに働いていて、公正な言論の確立を目指して一時期非常に活気があったメディアだったようです。その新聞についていつかは作品にしたいです。作品にするとなると中国の俳優さんがでてきたりして、お金がかかると思うので簡単ではないとは思っていますが。
その後のその新聞社に勤めていた人たちって結局朝鮮戦争があったり、中国の内戦があったりそれぞれがみんなばらばらになっていくんです。実際に取材したらけっこうその後が悲惨でした。悲喜こもごもも含め映像化したいです。

VIPOに期待することはありますか?

セミナーを通じてもいろんな人を紹介して頂けたというのが1番大きかったので、それを今後もやって頂けたらと思います。VIPOさんのセミナーによって人脈を得たこと、韓国の映画制作に関わる人たちにアドバイスを戴いたことは貴重な機会となりよかったと思っています。
活動を紹介して頂けるのも嬉しいですね。
また、合作っていうのはそんなに難しいことではないんだよ、ということを伝えていって頂けたらと思います。僕の場合は映画業界への入りが合作だったのでそんなに難しいとは思っていなかったので、予算規模に対しては出資者集めは若干難しいかもしれないという認識はありましたが、何かもう少し工夫したらスムーズにいくのではないかと思っていました。合作作品は他の国でも上映ができる可能性が広がりますし、「カフェ・ソウル」も他の国での上映も考えています。海外で「おもしろいね、観たよ」と言われたらすごく嬉しいです。
合作の現場では映画づくりを通して互いの国や考え方を確認しあうとか、発見も必ずあるはずなので、これからも考え方の違いを確認、発見、理解しあいつつよりよいものを作っていきたいです。僕自身合作の現場ではトラブルも含めいろいろありつつも、そういう理解も含めて楽しんではいます。
人同士、気が合う合わないはあると思いますが、気が合わないとしても日本人と韓国人はまだ気が合う方だと思います(笑)。他の国間ではもっと違う部分がいっぱいあるでしょうし、共同作業をする上で日本人と韓国人はよりよい相手ではないでしょうか。

(取材・文 広報室 小林真名実)


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