【第6話】AFI卒業生とのQ&A(3)
~監督学科 (Directing Course) 卒・落合賢さん~
- Q. AFIに入るまでの経歴と、AFIを目指そうと思ったきっかけは?
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A. 12歳の頃から映画を作り始め、映画監督になる夢を追いかけ、日本の高校を卒業してからすぐ渡米しました。まずニューヨーク大学のサマースクールで映像を学び、そしてUSCの語学学校に一学期間、その後一年半はサンタモニカ・カレッジというコミュニティー・カレッジ(短期大学)で一般教養を学び、USCの映像制作学科に編入しました。
NYUやUSCは映画監督学科というものがなく、映像制作学科ということでテレビから映画、携帯、インターネットのコンテンツなど幅広い分野で、様々な役職の勉強をしました。どのクラスも個性的な先生方が多く、授業はためになるだけでなくとても楽しかったですが、特に脚本、サウンド、美術のクラスで学んだ事はその後の作品に大きな影響を与えました。しかし残念ながら監督専用のクラスはあまり多くないので、監督の勉強は実際の映画制作を通して学びました。
コロンビア大学大学院、USCのピータースターク・プロデューシング学科、AFIの監督学科を受験しましたが、監督専用の学科があるAFIに進学し、監督について集中して一から学び直したいと考えたのが、入学したきっかけです。
- Q. あなたの学科の入学審査プロセスを教えてください。また、その中で大変だったことや工夫した点を教えてください。
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A. 入学審査は、どこの大学や大学院の映像学部と基本的には同じです。履歴書とエッセイと今までの作品を集めたDVD(僕のときは10分以内)が一次、そして二次試験で面接です。
エッセイは日本人が特に弱い部門だと言われています。まず大切なのは、英語でクリエイティブ・ライティングをしている人に見てもらう事。僕の場合は2ヶ月くらいかけてアメリカ人の脚本家に協力してもらい書きました。英語がきちんとしているのはもちろんの事ですが、何百枚と読まなければいけない中でどれだけ個性を出せるかが重要になってきます。
書く内容ですが、僕の友人でUSCのアドミッションに勤めている方に教えていただいたエッセイの内容に求めるものは以下の4点です。
- 映像を通して最終的に何がしたいのかを明確にすること
- 映像作りがコラボレーションであることを理解していること
- 入学出来ようが出来まいが、一生映像に関わっていくという意気込みと情熱
- 物語や具体的な経験を混ぜたストーリーテラーとしての資質
作品のDVDでは、いい作品順にいれていくべきです。一日50本近くのDVDをみなければいけない人たちに、いい印象を残すためには、最初の一分が勝負です。
面接ではまず英語でのコミュニケーション力。 大切なのはたくさん喋ることではなく、短くてもきちんとした英語で正確にしゃべる事です。どんな質問を聞かれても、最終的にはなぜ他の大学ではなくAFIなのかという事をアピールし、その意思を裏付ける理由やきっかけとなった自分のエピソードなどを、物語調に話す事が大切だと思います。
- Q. あなたの学科の2年半のカリキュラムの流れ、また特に感銘を受けたクラスがあれば教えてください。
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A. 監督コースに入学が決まると、入学前に必読書、必見映画のリストが送られます。
プロデューサー学科、監督学科、脚本学科の学生は、サイクル・ワンと呼ばれる最初の短編映画を制作するチームを作るために、始業式の一週間前にミーティングをします。一人二つのアイディアをピッチして、自分がいいと思う人たちやアイディアを中心に三人一組のチームを編成し、脚本を一週間で完成させ、始業式の日に自分たちの作品を編集、美術、撮影学科の学生にピッチします。
六人一組のチームを編成後、毎週一組ずつプロジェクトが進行していき、準備、撮影、編集、批評会が順番にあるので、サイクル・フィルムと呼ばれ、これを一年生の間に三本とります。サイクル・フィルムは映画祭などに出品してはいけないという規則があり、あくまで学校内での練習が目的となっています。
自分が撮影していない時は、他のチームの撮影を手伝うのですが、監督の場合は、クラスメイトの助監督やサウンドなどをして手伝う事が多いです。サイクル・フィルムはあくまで練習で、同学年にどういう才能を持った人間がいるのか、誰と仕事がしやすいのかという事を見極める期間でもあります。
実践のサイクル・フィルムとは別に、映画史のクラス、現代映画鑑賞のクラス、批評のクラスは共通してありますが、監督学科では演技のクラス、監督のクラスがあります。演技のクラスでは、監督達が実際に演技の勉強をします。先生によっても違いますが、僕の代ではアメリカで主流となっている演技方法のうちの一つ、マイズナー・テクニックという演技法を学びました。監督として役者がどういう過程を通して演技をしているのかを知るきっかけになり、演技指導をするのに大きく影響を受けました。
監督のクラスでは、毎週様々な監督の技法を学ぶわけですが、基本的に監督としてどうすればキャストやクルーに自分のビジョンを円滑に伝えられるのかという事に焦点を当てられています。例えば、この映画を通して伝えたい物語、テーマ、メッセージは何なのか、このシーンは映画全体を通してどのような役割を持つのか、この感情を引き出すためにはどのようなショットが一番効果的なのかなど、キャストやクルーとのコミュニケーションに必要な文法と言語を掘り下げて研究していきます。
一年生の終わりには、卒業制作用の脚本の提出期間があります。学生が書いた脚本であれば誰でも提出できるのですが、監督と脚本家とプロデューサーは二本まで提出できます。教授陣による厳正な審査の結果、約30本前後が選ばれます。グリーンライト(注:製作へのゴーサイン の意)された脚本をもとに六人一組のチームが編成されますが、非常に過酷な競争になる場合も多々あり、運が悪かったり、一年生時での評判が悪かったりすると、組みたくないチームと組まなければいけない事もあり、非常に辛い一年を過ごすことになります。
また毎年二年生になる際に、三本のサイクル・フィルムをもとにした審査があり、退学になる場合があります。特に監督への評価は厳しく、作品が悪ければ監督のせいとなり、責任をとらされます。僕の学年では、わけあって30名の監督がいたのですが、そのうち4名が二年生に上がれず退学となりました(学校のカリキュラム上、留年は出来ません)。
そのため僕の学年では、26名の監督、28本のプロジェクトとなったため、僕を含め二人だけ、二本の卒業制作を監督できました。毎年必ず出る退学者の数によって、監督できる本数は異なります。基本的には一本監督すれば卒業出来ます。
監督学科にとって二年生時に最優先することは、いい卒業制作を完成させることなので、クラス自体はほとんどなくなり、プロジェクト毎につくメンターとの打ち合わせがメインになってきます。この時のメンターはだいたいハリウッドで活躍している、もしくはしていたプロデューサーがつく場合が多いです。脚本の書き直し、撮影の準備、チーム内での喧嘩など幅広く世話をしてくれます。
卒業制作にあたり一番の難関は、制作資金の調達です。学校から一万二千ドルが支給され、最高六万五千ドルまで集めていいのですが、平均約四万ドル程度のお金が必要になってきます。日本ではお金を持ってくる人がプロデューサーのクレジットをもらいますが、AFIでは制作資金の調達はチーム全員の責任です。ただ短編映画を作って映画祭に出品し、一番得をするのは監督であるため、監督がメインとなって資金を調達しなければいけない場合が多いです。僕の場合、二本監督したため、合計十万ドル近くの制作資金の大部分を集めてこなければなりませんでした。
ただたくさんの企業や友人、知人を周り、何百回となく映画について英語でプレゼンをするという資金調達の過程で学ぶ事も多く、AFIを出た後の自分にとって一番役に立ったスキルだと思います。名もない映画制作者にとって、傲慢すぎず謙虚すぎない自己アピール、簡潔かつ明瞭な企画の説明などは日本やアメリカに関係なくプレゼンに必要不可欠なスキルで、その後も色々と役に立ちました。
卒業制作の流れですが、28本もプロジェクトがあるので、学校側が勝手に割り当てる制作スケジュールに沿って完成させなければいけません。従って準備期間は3ヶ月から1年近くとそれぞれ異なります。撮影期間は一律で6日間+追加撮影の一日です。本撮影が終わった後、一ヶ月間の仮編集期間があります。仮編集版の作品を一年生に上映し、アンケートに記入してもらい、何がよかったか、悪かったかを聞きます。またフォーカスグループと呼ばれるランダムで選択された8人くらいの学生と具体的な質疑応答のディスカッションがあり、それを参考に追加撮影の内容を考慮します。追加撮影の後、だいたい2ヶ月前後の本編集、音響、作曲、サウンドミックスの期間があり、完成作品を提出します。
完成作品を提出すれば卒業は出来るのですが、任意で1000本くらいのDVDを作り、映画祭に出品します。DVDを作って適当な映画祭に応募して終わりというのがほとんどで、9割の作品がなんの脚光も浴びずに終わってしまっています。学校ではあまり教えてくれない配給や映画祭の応募戦略といったものを独学で学び実践している人としていない人の差がここで大きくでます。短編映画がたくさんの映画祭に入選したからといって、直接長編映画の出資につながる事はほぼありませんが、中には長編映画の脚本と一緒に映画祭を周り、エージェントや出資者を見つけた人も多々います。
- Q. あなたの学科のクラスメイトについて教えてください。
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A. 僕の代では監督学科の半分が留学生でした。ヨーロッパから5、6人、アジアから3、4人、その他の地域から4、5人で、あとはアメリカ人という構成でした。キャリアも様々で、自国ですでに長編を監督しある程度実績のある人から、僕のように短編映画しか撮ったことのない人、またテレビやドキュメンタリーなど他の分野からフィクションの映画監督を志している人もいました。
これは先輩から聞いた話なので、数字の信憑性は定かではありませんが、28人の監督中、生涯で一度でも長編映画を監督出来る人は3、4人、その中でスタジオなどの大きな映画を監督出来る人は1人いるかいないかだそうです。少ない数字に見えますが、他の学校と比べて確率的には相当に高いです。
卒業後もう3年近くになりますが劇場で公開される長編映画を作っているという人はまだおらず、テレビ、プロモ、CMやウェブなどの監督をしている人が3、4割くらいで、半数以上が監督をする事をあきらめて他の仕事についています。特に留学生の人はビザがとれなくて自国に帰るケースが多いようです。
- Q. AFIでの2年半を100点満点で採点すると?
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A. 70点くらいだと思います。大学院で学んだ事は非常に多かったですし、卒業制作も結果はまずまずでしたが、もっと大学院を有効に使うことはできたと思います。改善点をあげるとすれば、一年時に本腰をいれて卒業制作の脚本に取り組んでいればよかったという反省と、卒業までに長編映画の脚本を最低二本書き上げていればよかったと反省しています。
- Q. あなたのAFI卒業後のキャリアは?
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A. 卒業後は二本の卒業制作が入選した映画祭周りをしながら、長編映画の脚本執筆、またプロモ、CM、短編映画の監督をしています。これからは完成した長編映画の脚本を制作に漕ぎ着けられるよう、日本やアメリカで出資者を探しています。最終的には映画監督として日本と世界の架け橋になるような国際的な映画を監督していきたいと思っています。
- Q. AFIならびに米国のフィルム・スクールを目指す人へのアドバイスやメッセージをお願いします。
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A. 日本でもアメリカでも映画制作者のほとんどが映画学校を出ていないというのが現状ですが、いい映画制作者になるために学校に行くことが必要というわけではないと思います。僕の学年にも現場の方がいいと言って学校をやめていく人が多々いましたが、学校という環境の中で「勉強する」という事が自分に向いていると思う方でなければ時間と費用がもったいないと思います。
ただアメリカは映画を学問として突き詰めて研究していて、世界中から優秀な人たちが集まってくる場所なので、留学したいのであればアメリカのフィルム・スクールに行くべきだと思います。アメリカという映画の本場で培う技術、ハリウッドのトップの人たちとのネットワークなどは日本だけでなく世界的に通用する映画制作者になるためには必要なものかもしれません。
飽和状態の日本のマーケット事情を打破するため、アメリカと日本の映画制作の共通点や相違点を見出し、それをもとに海外で通用する国際的な日本映画を製作し、映画を通して日本文化を海外に発信する事が日本人映画製作者のこれからの課題だと思います。これからもっとたくさんの日本人が世界で活躍していくためには、言葉の壁、人種の壁、資金力の壁など乗り越えなければいけない壁がたくさんあります。だからこそ同じ志しを持つ日本人が出来るだけ協力し合って世界中に強固なネットワークを作っていくことが大切になってくると思います。
落合 賢(おちあい けん)
1983年生まれ。東京の高校を卒業後、単身渡米。サンタモニカ・カレッジ、ニューヨーク大学を経て、南カルフォルニア大学映像制作学科を卒業。監督専攻で28人中最年少でAFIに入学。卒業制作を二本監督できる二人に選ばれる。卒業後、フリーで日本やアメリカで監督をしている。過去の作品は合計100以上の国際映画祭に入選し、全米監督協会審査員特別賞、国土交通大臣賞、東京都知事賞などを含む20以上の賞を受賞。